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第08話

アンコンに挑戦

 「アンコン」とは、静岡県管打楽器アンサンブルコンテストの事で、「夏コン」が大編成としてのコンクールだとしたら、こちらは小編成アンサンブルという演奏単位でのコンテストである。夏の「夏コン」、冬の「アンコン」。吹部生の2大イベントである。
 山田中学校は、今年から、全吹部員でアンコン出場のオーディションを行う事となった。それは、上手い下手というよりも、アンサンブルという演奏形式に慣れてもらいたい事や、度胸を付けていくという意味合いが大きい。みんなの見ている前での演奏は、結構度胸がいる。その中で、選抜されればそれは自信にもなるし、また、選抜されなくても、なるほど、自分はこんなところが足りなかったと、理解しやすい。また、保護者にもオープンにすることで、誰と誰がどうして組まれて、なんで選ばれたかが、はっきりするからである。「なんでうちの子が選ばれなかったんですか?」と、真剣に文句を言ってくる保護者もいるらしい。また1年生だけでアンサンブルを組んでも、下手なことは分かっている。無理だからまだやらないのではなく、挑戦し経験することに趣を置いているからだ。

アンコン木管七重奏1350-min

 美奈は、木管七重奏でモーツァルト作曲「歌劇フィガロの結婚」より「恋とはどんなものかしら」を吹くこととなった。もちろん、1年生だけで組み、フルート、オーボエ、クラリネット2本、バリトンサックス、アルトサックス、テナーサックスの7管で挑戦した。アルトサックスは、クラリネットから楽器替えをした、花愛である。

 「恋とはどんなものかしら」は、モーツァルトらしいかわいらしい曲だが、誠実で純粋なイメージの曲である。ストーリーは、全くま逆のキャラクタの様だが、曲はまさに始めたばかりの吹奏楽のアンサンブルにふさわしい曲である。フルート、オーボエ、クラリネットが美しくからみ、まさに「木管楽器」を感じる作品である。

 アンコンの組み合わせは、基本的には2年生、1年生を分けて組み合わせている。この時点で1年生がオーディションを通過することはないと想像はつく。オーディションを通過することよりも、ソロに近い形で、一人ひとりが責任を持った演奏をするという事を経験するには、有効な演奏形式である。ミスは隠せない。また、みんなが合わなければ、合奏にもならない。
 大人数の編成だと、一人ごまかしても分からない。なんとかなっちゃう。しかし小編成だと隠しようがない。このプレッシャーに打ち勝つには練習しかない。ひたすら個人練習。そして合奏練習。そして横には先輩の姿はない。先輩は2年で組む木管五重奏を演奏する。先輩についていくことはできない。自分で演奏するしかない。不安と緊張は今までと別次元である。指が動かない。音が出ない。分かっていても指が固まる。逆に勝手に指が違うキーを押す。そこに神経を使うと音が外れる。

 そして、オーディション当日。保護者の鑑賞がゆるされ、美奈の両親も初めて学校に見に来た。嬉しいような恥ずかしいような。準備をしたり他の部員と話したりしているところも初めて両親に見られている。妙にハイテンションになってきた。

 プログラムは、最初と中程に2年を中心とした上手い編成を入れ、前後に1年生を混ぜ、最後取り、大取と、上手いチームを入れていく。これだと聴く方も演奏を楽しむことが出来る。演奏を組むとは、単に並べるのではなく、起承転結をいれて、聴衆を飽きさせず、奏者も十分心構えが出来るように配慮することが大切である。このあたりは、顧問の三田のセンスという処か。

 1)木管五重奏        ディベルティメントより第1楽章       ハイドン    作曲
 2)金管八重奏A       ピーコック・ブルー             福田洋介    作曲
 3)フルート四重奏      コロラトゥーラ               八木沢教司   作曲
 4)打楽器八重奏       ソナチネ                  金田真一    作曲
 5)金管八重奏B       「王様と小人」序曲             辻 峰拓    作曲
 6)木管七重奏        恋とはどんなものかしら           モーツァルト  作曲
 7)金管四重奏        三つの舞曲                 ジュルヴェーズ 作曲
 8)クラリネット八重奏    「プスタ」よりⅠ              ヴァン・デル・ロースト 作曲
 9)サクソフォン四重奏    サクソフォン四重奏曲より第3楽章・第4楽章  ジャンジャン  作曲

 いよいよ、自分たちの番となった。譜面台をきちっと合わせ、綺麗に弧の字になるように並び深く椅子に座り指揮者の指示を待つ。指揮者が眼で合図をし、指揮棒を上げた瞬間、思い切り息を吸い込み、演奏がスタートした。

 そこは、1年のアンコン。はじめて歩き出したカルガモの赤ちゃんが、恐る恐る池に飛び込むシーンを彷彿させる演奏であった。ちょっと躓き、道を間違え、それでもなんとか歩いていく。ふぅー、なんとか演奏が終わったね。と、聴く方が気を遣うが両親たちは目に涙を浮かべる、そんな演奏であった。

 他の部員たちは合計で9チームに分かれ、それぞれ演奏をした。そして、それは全部員と保護者、そして3人の採点者が聴くこととなる。全員が聴く中でちゃんとした公平な選抜ができるように配慮されていた。

アンコン木管七重奏350-min

 採点者は、以前山田中学吹部を東海大会出場常連校にした時の顧問、そして今の顧問の三田と親しい、ホルン奏者の3人だった。1年生にすると自分たちの演奏が初めて他人の評価を受けることとなる。評価は全ての演奏が終わったところで、まとめて一人一人から「総評」としてコメントがされる。具体的な結果は、保護者の帰った後の反省会の場で顧問から伝えられた。

 元顧問の先生はきびいい評価だった。さすがに「黄金期」を支えた先生であった。まず返事の仕方、声の出し方から指導が入った。演奏の準備と片づけの方法に指導が入った。その指摘をした際の返事が弱く、また指導が入った。全体に緊張感がないと指導された。
「自分のことを言われていると思って人の話を聞きなさい!」
「…..」
「返事はっ!」
「…はい….」
「聞こえないっ!」
「はい」
「小さいっ!」
「はいっ!」
「1年生!誰か人の事じゃない、あなたのことを言ってるのよっ!」
「はいっ!」
「2年生!なんでちゃんとピシッとできないの!」
「はい」
「返事が小さい!」
「はいっ!」
 タラタラと動いている、もっとピシッと全てに神経を巡らせなさいと指導された。具体的な曲の評価というより、演奏を迎える姿勢に指導が入った。

 この時期に、この指導は良いと思う。何となく始まって、お祭りの的な演奏会で楽しい事だけで引っ張ってきてしまった。でも、これでは「夏コン」は戦えない。2年生は責任感を持ってリードして、1年はもっと自覚をして動けと。顧問の三田がいくら言っても、他校の先生から強く言われる方が心に刺さった。こんな緊張感は持ったことが無かった。

 元顧問がオーボエ。三田がユーフォ。もう一人がホルン。それぞれ楽器によって指導方法が異なるが、総じて同じことを言ったのが音の出し方。自信がなく恐る恐る出す音は、出だしが小さく、中ほどが大きく、最後は息が続かずまた小さくなる。
「ぶ・ぼぉぉぉ~ん」
それじゃだめだと思いっきり吹くと、最初は音が外れ、最後は力んで吹くので最後の音がピッと高くなる。
「ぶ・ぼぉぉぉ~おん」
これでもだめだと。吹きだしから最後まで、一定の同じ音を出すように。
「ぼぉぉぉぉ―――っ」
それを意識して吹くという事だった。そしてそれができるのは、自信を持てるように練習をすることでしかなかった。

 アンコン出場者もそれ以外の部員も、そのままアンコンの曲を練習することとなった。昨年は、アンコンが終わればそれでその曲は終了であった。今年は、2月のコンサートに再度演奏することとした。中途半端な演奏で終わらず、1年生もちゃんとコンサートに耐えられる演奏をできるように練習を重ねること。大編成の合奏よりも、一人ひとりの責任や技術向上が不可欠なアンサンブル練習は、練習の効果を本人も周りも分かりやすい。自分で自分を意識して、他の奏者との合奏も相手が見えるから呼吸を合わせやすい。良い練習だと思った。

               *    *    *

 アンコン中部地区大会は、焼津市民文化会館大ホールで行われ、山田中学校からは4チームが出場した。12月下旬、世間ではクリスマスとか年末とか何かとときめく時期であるが、吹部にとってはそれどころではない。

 打楽器八重奏「ソナチネ」は、バスドラを重視した曲で、メロディとリズムという感じの曲ではなく、リズムにもメロディーがのっている、スピード感の強い曲である。ラストの、フォルテッシモからのエンディングの駆け上がりは、まさに息をつく暇がない、打楽器ならではの醍醐味である。2年生中心のメンバーで、地区大会は銀賞受賞であった。

 サクソフォン四重奏「サクソフォン四重奏曲」より第3・第4楽章は、ソプラノサックス、アルトサックス、テナーサックス、バリトン4人の力量と気持ちが一つにならないと曲にならない、アンサンブルでは、難しいが、決まると気持ちの良い曲である。2年生で構成され、ソプラノサックス担当の子は、普段はテナーサックスを担当している。息量が安定していて、低音域から高音域まで気持ちの良い音が奏でられるように成長していた。
 中部地区大会金賞受賞。県大会出場となったのは、なるほど、うなずけるものであった。

 木管五重奏「ディヴェルティメント」より第1楽章は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンで構成されていた。ホルン?ホルンは、本来金管楽器である。が、低くて丸い音が金管よりむしろ木管と合う事で、木管グループに入ることもある。もっとも木管に近い金管というところであろう。ハイドンらしいオープニングで、ユニゾンから、それぞれのソロ、ディオ、トリオ、と重なっていいき、またユニゾンに戻るという大きなスケールのフレーズが特徴である。オーボエは、美奈の大好きな先輩で、2年生の優しくもみんなをまとめていこうとする心と曲目がぴったりであった。おしくも銅賞受賞であった。

 クラリネット八重奏「ブスタ」ジプシー舞曲は、Esクラ、b♭クラ4本、アルトクラ、バスクラ2本で組み、小刻みのリズムと、同一管でのハーモニーの厚さが心地よい。リズムが速いので、フィンガリングや、早弾きトリルが満載で、演奏していても聞いていても、踊りたくなる楽しい曲である。1年と2年の混成で、銀賞をいただいた。

 山田中学は、伝統的に金管が弱いらしい。それとは別なのか、フルート、クラリネット、ソプラノサックスに、メキメキと上達してきた2年生たちがいた。中学生とは恐ろしいもので、1年前は吹くことがやっとだったのだが、覚えが早いというか素直なセンスというか、1年を経るとこんなにも上達するのかというほど上手くなる。それは全員のレベルが上がってくる。その中でも、数名の子たちがコツをつかんだのか、自分の音を唄うようになってきた。奏でるのではなく、唄っている。
 もちろん、金管だってパーカスだって負けているわけにはいかない。どうやら、アンコンでお互いの心に火が付いたようだ。このころを境に、今までの何となく演奏から、「おやっ、変ったね」という演奏へ変貌していくのであった。一人ひとりの自覚ができ、お互いが化学反応を起こし始めた。そのきっかけが、アンコンの練習だったのだろう。

 年末年始は、アンコン県大会出場チームは、とても休めたものではなかったが、他の部員にとっては、久しぶりの休みがあり、正月らしい雰囲気を味わう事はできた。美奈は思いっきり見たいテレビを見て、寝て、休みを愉しんだ。吹奏楽の事はひとまず頭の隅から消えていた。
 いっぽう、花愛は先輩たちの素晴らしい演奏が心に刻まれ、なんとか、かっこ良い先輩の様な演奏をしたいという思いに基礎練習を欠かさなかった。先輩たちは県大会出場である。当然、来年は自分が県大会、いや、東海大会に行きたいと思っていた。
 そう、東海大会は、このアンコンにもある。どちらでも構わない。県大会の壁を突破したい。その思いを1年生は心に記した。

 アンコン県大会出場メンバー以外は、コンサートシリーズの演奏曲の練習を始めるのであった。第1部は、アンコンの曲。第2部は新しい曲を覚えることとなる。

 アンコン県大会は、1月下旬、清水マリナート大ホールで行われ、山田中学校からは、サクソフォン四重奏「サクソフォン四重奏曲」より第3・第4楽章で出場し、銀賞を受賞した。

 そしてそのまま、2月中旬のコンサートシリーズに向けて、久しぶりに全部員で同じ曲を練習するという事となる。しかしそれは従来の練習風景と一つ違う雰囲気であった。2年生も1年生も、吹部生としての自覚を持った練習風景と変わっていったのである。

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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