~序章(プロローグ)~
静岡市のとある郊外にある山田中学校が、この話の舞台となる。
吹奏楽部は、運動部でいうところの「中体連」のような大会が、夏に「静岡県吹奏楽連盟コンクール」という形で行われている。静岡県を東部、中部、西部と分けて地区毎に競い、その代表が県大会に進出する。その県大会で代表に選ばれて晴れて東海大会となり、その先に全国大会が控えているという構造である。
また、コンクールは規定が厳しく設定されており、50名以下のA編成。30名以下のB編成。それ以下のC編成とあり、B編成は東海大会まで出場でき、C編成は地区大会のみ。また、A編成は指定の課題曲があり、課題曲と自由曲で制限時間内に、準備、演奏を行うこととなる。課題曲は、毎年いくつかあり、それを選ぶのだが、どうしても同じ曲を演奏する学校があり、比較されやすいプレッシャーがある。逆に自由曲も、オリジナルで譜面を書けるわけもなく、どこかが演奏した吹奏楽のための譜面を元に練習する。そこにも流行りがあり、何を演奏しても良いはずなのに、何校か同じ曲を演奏することも多く、コンクールの順番前後して同じ曲だったという偶然も、よくあることだ。
最近の例では、島根県のとある中学校は、小編成(25名以下)の部門で、わずか5名で出場し、最優秀賞(1位)で中国大会出場を決めている。必ずしも、編成の規模が絶対条件ではないものの、楽器の持ち替えは許されているが、管楽器の性質上、たくさんの楽器から音が重なり合って出た時の迫力は、素晴らしいものを感じるであろう。
コンクールは、いろいろな角度からの審査があるが、最終的な結果は得点ではなくて「金賞」「銀賞」「銅賞」の3賞での発表となる。特に優れていると、特別賞がつくこともある。そして、各大会の「金賞」の中から「代表」が選抜され、次のコマに進めるというシステムになっている。
俗に言う「だめ金」とは、「金賞なれど、代表にあらず」次の大会にコマを送れない残念な賞である。でも、「金賞」は「金賞」。「銀賞」ではない。それはそれで素晴らしいものである。が、次の大会を目指して日夜練習をしてきた、吹部員にとって、「だめ金」は、非常に悔しい賞であるようだ。
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中学校における部活動というのは、教育の一環という面が強く、中学生全員がいずれかの部活動に属さなけらばならないという学校が多いようだ。とは言うものの、小学校までは、限られたスポーツや、授業の延長線上の趣味のサークルの様なものしかなかったのが、一気にいろいろな運動部、文化部等に広がり、選択肢は豊富である。小学校を卒業すると、「何部に入る?」というのが、子どもたちの一番の関心ごとの様だ。
当然のごとく、お兄ちゃん、お姉ちゃんがいる子が中心となり、中学のいろいろな部活の噂話が出回ったり、早くも青田刈りの様に、先輩たちが遊びがてら、何人かに声をかけたりしている。中学校入学直前の春休みは、そんな夢あり不安あり。桜のつぼみのごとく、徐々に膨らんでいくのである。
静岡市の中学校は、原則ふたつの小学校の学区でひとつの中学校の学区となっている。全く交流の無い隣の小学校の卒業生といえば、そうでもない。例えば、幼稚園、保育園が一緒だったが、学区によって違う小学校になっちゃったケースも、よくあり、その昔のお友達との再会もまた、愉しみの一つの様である。特に、保育園が同じだった子供たちは、一緒に素っ裸で遊びまわった、まさに「裸の付き合い」で、それぞれ考え方が違ったり、進む方向性が違っても、なぜか分かりあえる「親友」のようだ。思いっきりケンカして、思いっきり助け合って、思いっきり悪ふざけをし、思いっきり怒られ、また、思いっきり遊び出す。この子たちにしか分からない、何かが引き寄せあっているようだ。
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さて、子どもたちの部活動は、担任の先生によって運営されている。私学はともかく、通常の市立中学校は、全ての教員がどこかの部活の顧問をやることになっている。教員の数=部活の数ではないので、場合によっては、顧問、副顧問と、たくさんの教員がいる部活もあれば、全くその部活の内容を知らない教師が顧問になるという、生徒も教員も不幸な部活も、ないわけではない。それ以外でも、仮にその方面で有名な顧問がいたとしても、生徒が集まらなければ、休部、廃部もありうる中で、人気の無い部活、例えば柔道部などは、多くの中学校で「伝統はあれど、存続の危機」に直面しているらしい。
教職員の異動は、毎年4月1日付で、市の教育委員会によって決まっている。それ以外でも、女性教員の産休や、病気療養等で、期の途中で担任が変わることもある。その教師が仮に、クラスの担任であったり、部活の顧問であったりすれば、仕方がないと言えばそれまでだが、生徒の身になれば、正に青天の霹靂。今まで築いてきた人間関係が一気に崩れることになり、まだ年端もいかない子どもたちにとっては大変動揺するのも、うなずけよう。
毎年のように、4月に教員の異動が発表される。という事は、3年単位で活動している部活動としてみれば、いままでのやり方が急に変わるという一大事変である。進級してクラス替えをして、教員も変わるという話とは訳が違う。練習方法や、解釈の仕方、癖、得手不得手、全てが振り出しに戻る。それが結果的に良かったか、悪かったかは、その場では判断できない。が、確実に何かが変わる。
中学校という段階では、まだ子どもたちの縦のつながり、又は地域社会とのつながりが密ではない。従って、本当の意味での伝統校というのがあまりないと思う。学区制なので、その地域特有の雰囲気はあると思う。例えば、農家が多いとか、工場が多いとか、マンションが多いとか。街中であるとか、田舎なのか。大規模で大勢の学友がいるか、クラスもろくにない小編成なのか。それとは別に、教師、生徒、保護者等にそれぞれに別の要素があり、複雑に絡まって一つの集団を形成している。そのひとつが大きく変わることで、いとも簡単に「伝統」が覆されることも、また事実である。
それでも、野球が強いとこはやはり強いし、バスケットが強いところは、やはりバスケットが強い。これがどんな理由にせよ、崩れることは教師、生徒、保護者、いずれも大事件である。
そして、この物語が始まっていく。
かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。
※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。