top of page

第02話

最初の演奏会

 山田中学校は、地域の福祉センターと共催して、「福祉コンサートシリーズ」として、毎年6月下旬に演奏会を実施している。新入部員にとっては、まだ担当も決まっていない段階で、演奏することは難しい。それでも、先輩たちが日夜練習している曲を耳に、ひたすら音出し練習を続けるのであった。
 楽器担当選考は、まず顧問の前で、決まった簡単なフレーズを該当する楽器で吹いて、合否が決まる。合格すると楽譜が与えられて、初めて「曲」を吹くことが許される。上手い下手というレベルでなく、ちゃんとした「音」が出るか出ないか。まず第一段階である。

 それまでの楽器と言えば、ピアノにせよ、鍵盤ハーモニカ、リコーダーにせよ、誰でも「音」が出るように作られている。「音」を出すことに戸惑いは無く、ただひたすら吹いて指を動かせばよい。楽譜通りに指が動けば「曲」になっている。小学生まではこれで良かった。
 しかし、金管にせよ木管にせよ、ただ吹くだけでは「音」にならない。唇とマウスピースとの関係。唇とリードとの関係。息の入れ方、唇の開き方、舌の使い方。息の止め方。一番最初の「コツ」が解らない。ここばかりは、いくら他人が「唇をこうして、息をこう吹いて、唇をこうする」と言っても、理解できるものではない。ここが吹奏楽器の「吹く」の難しさである。多くの人は、ここで挫折する。「すー」「ふー」しか出ないのである。

 フルートでいうのであれば、コーラの瓶の口に斜めから息を吹き入れると、「ぼぉぉぉ」という音が出る。ちょっと唇の角度を変えると出ない。この絶妙な角度、息の量がかみ合った時、「ぼぉぉぉ」と「音」になる。この原理で、管頭部だけ使ってリッププレートに軽く唇をあてて、穴に息を斜めに吹き込む。ある角度、ある息量で「音」が出てくる。
 金管だと、マウスピースだけで「ぶぅぅぅ」と音が出るか、出ないかがポイント。ここで「ぶぅぅぅ」と出ても、管を付けると音にならない。瀕死の象の最後の悲鳴「ぶひゃひひーん」から、喘鳴「ずーずずずー」にかわり、「ぷすっ.....」と息絶える。
 木管だと、リードがちゃんと振動するか。オーボエの場合は、「カラスのだみ声」が出るとよい。「ぎゃぁぁぁぁ!」。でも「びぃびびびー」という音だと、リードが割れているかもしれない。
 この表現は、一度でも音が出た人には理解できるが、何をやっても「すー」「ふー」しか出ない人には、まったくもって意味不明である。

マリゴストラッサトリルキーイラスト350-min

 ひとりふたりと顧問の合格が出て、楽譜を与えられる同級生が増えていく。オーボエ希望の美奈は、内心焦っていた。まずをもって、2枚リードに悩まされ、「音」にたどり着かない。楽器選択のもう一つの難関。それは、そもそもその楽器が「吹ける」のかどうか。こればかりは、本人の努力というより、「偶然」なのかもしれない。

 美奈は、金管は全く音が出なかった。フルートも、一瞬「ぼぉ」と出るようだが、続かない。その意味では、オーボエが「ぼぉぉぉ」と出やすかった。また、偶然にも「ぼぉぉぉ」と出た低音の響きが好きだった。だからオーボエを選んだ。
 しかし、いざ「音出し」「フレーズ」となると、出てこない。吹いているけど、出てこない。どこかが悪いんだ。それは分かるが、どこが悪いかが解らない。
 さらに悪いことに、顧問はユーフォ吹き。金管は上手いらしいが、オーボエは吹けない。毎週顔を出す楽器屋さんの営業のお姉さんは、元クラリネット奏者。何となく参考になるけど、ちょっと違う。「たぶん、リードのせいかも」と、1個3,500円のリードを片手に、にこにこ話をしてくる。
 同級生も、オーボエ志向は今のところ美奈一人。もう一人、2枚リードのファゴット狙いの子もいるようだが、同じ2枚リードでも、使い勝手はだいぶ違うようだ。誰に聞けばよいかも解らない。ひたすら吹きこむが、「音にならない」。また一人、合格者がでる。周りはだんだん、メロディーを吹きだしている。自分には「楽譜」すら無い。イライラが募っていった。
 
 新しいクラスメート、担任の先生、新しい環境になじめないのではないが、上手に振る舞えないことにいら立ちが助長し、家に帰って、家族に当たることもあった。でも、家族が悪いわけでもなく、クラスメートが悪いわけでもない。そんなことは解っている。ただ、収まりが悪いのであろう。

 偶然か、音らしい音が出た。なんでその音が出たか、できるだけ同じ環境を再現してみる。何度か試すと、「音」の出る確率が上がってくる。そこがポイントだと気がつく。
 なるほど、ちょっとした違いが「音」か、「雑音」かの違いを生んでいる。そのポイントがつかめると、「音出し」ができるようになる。いつの間にか、おなじ「音」が出るようになってきた。むしろ、なんで今まで「音」にならなかったが分からないほど、普通に「音」が出せるようになってきた。

 3回目の選抜試験で、なんとか、楽譜がもらえた。気がつけば、演奏会の間近であった。

               *    *    *

 山田中学校吹奏楽部は、この4月に新しい顧問を迎えることとなった。理由は定かではない。3年前まで、県大会金賞常連校で、2年連続東海大会出場という輝かしい「過去」を思い出せないほど、レベルは低下していた。県大会にかろうじて出場するも、銀賞どまり。あまりの人気の陰りに、A編成の維持に必要な、50名の部員の確保もやっとの状況であった。
 新しく就任した、県吹奏楽連盟の理事でもある三田は、「こんなんではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく」と宣言したという噂が流れるほど、熱心に取り組み始めた。三田は、自身はユーフォ奏者であるが、金管全般で指導ができるようだ。また、3年前までの山田中吹奏楽部顧問とも、県吹連の役員として交流があり、そんな関係もあったかもしれない。とはいえ、三田自身も草薙中学で吹奏楽部の顧問をやっていたので、今度は、草薙中学校の吹部が大慌てしていることだろう。

 中学校のレベルは、誰もが初めて楽器に出会い、ゼロから練習を始める。また、多くが学区制を取っているため、住んでいたところの中学に通う事となり、たまたま吹奏楽が上手な子がいたとか、バスケットが上手い子がいたというレベルで、学校や地域が違って大きな差はあるものではない。伝統とか過去の賞とかほとんど影響することではなく、どうやって教えるか、どのようにイメージさせるか、顧問の影響力が大きいと思う。ましてや、経験のある教師もいれば、まったくもって経験がない教師もいる。楽器演奏はかなり専門的知識、経験が必要だが、それがある教師の数も限定されてしまう。市教育委員会が、何を根拠にどんな理由で教師の異動を考えているかは、我々の知るところではない。が、運命のいたずらか、顧問の異動は、舞台か奈落かを分ける大きな要因である。

 山田中学の新3年生、新2年生は、今までと全く感覚の違う新しい顧問を迎え、練習の仕方、曲目の選び方、全てにおいて異なり、戸惑っていた。どちらが良いか悪いかの問題ではなく、異なるという事を体で理解するには、多少の時間が必要であった。そんな中で、新1年生は、最初からこれが当たり前のスタイルであり、何も疑問を感じず、ただ、指導されるに任せて突き進んでいった。

 6月初旬に清水マリナートにおいて、マリナートブラスカップという演奏会がある。これは、吹奏楽をもっと多くの人に知ってもらい、また、吹奏楽部員たちの目標になればということで開催されるようになって今年で4回目を迎えた。出場枠の基本は、前年の「夏コン」県大会出場校のA編、B編の中学校と、高校吹部である。ただ、各校とも、昨年のチームではない新たなチームで競う事となる。特に中学の場合は、昨年の3年生がいなく、1年生はまだ何も吹けないという中で、新3年、新2年で演奏する。その新2年生は昨年の「夏コン」では演奏をしていない。昨年上手かったから今年も上手いとは限らない。でも、このメンバーで今年の「夏コン」を競うという前哨戦でもある。全ての吹部が参加できるのではないというこのブラスカップに出れるという事は名誉の事だが、恥ずかしい結果は取りたくはない。

 山田中学吹部は、前年レベルが落ちたと言われても、県大会出場を果たしているので、出場資格があった。というか、山田中学は県大会には連続出場をしているので、マリナートブラスカップが開催された時から既に毎回出場資格はあった。ただ、顧問の方針で出場しなかっただけである。新しく顧問になった三田は、少しでも大勢の人の前で演奏する経験を積ませたいという事で、出場することとしたようだ。演奏曲は、この年の「夏コン」自由曲で「風紋(原曲版)」を演奏した。素晴らしいことに「初出場」で「優秀賞」を取った。しかし、それは2年、3年の先輩たちの成果。1年がひたすら「音出し」の練習に励む別の音楽室で毎日何度も練習している曲であった。1年は楽器出しの手伝いをしたあとは、清水マリナート大ホールの客席で、他校の演奏を聴き何かを感じ取るという課題を遂行していた。何が良いか悪いかもわからないまま、それでも中部地区を代表する「曲」に魅了していた。

 新顧問の三田の初快挙とでも言うべきか。顧問変更で戸惑う、新2年生、新3年生をまとめ上げて、一つの方向へぐいッと引っ張り上げた結果であろう。「風紋(原曲版)」という曲も、ちょっと難しい曲であるが、それゆえに達成感を味わえるようで、多くの吹部でよく演奏されている。でも、ここ数年の山田中学では、こういう選曲ではなく、もっと一般的な流行した曲が多かった。一般受けはするけれど、吹部同士のレベルの競い合いという点では感動が少ない。この選曲のセンスは従来にないものであり、また、それを2カ月で仕上げる指導と、それについていける部員を育て、それに部員たちも素直に従って努力をしてきた結果である。

 まずは結果を出した。顧問が変わるとは、こういう事である。そして、かつての「黄金期」復活に向けて期待が高まるのであった。

               *    *    *

 新1年生の吹部としての最初の演奏会、「福祉コンサート」は、全員で、準備、楽器の運び出し、片づけをすることと、演奏会の第1部で合唱、第2部で曲に合わせてダンスを披露し盛り上げることであった。
 演奏会は、通常2部形式を取り、第1部は、コンクールに出るための曲を中心としたクラッシック等のしっかりとした演奏会。スタートは言わずと知れた「アルセナール」。山田中吹奏楽部のテーマ曲である。爽快なファンファーレで始まり、次は今年の「夏コン」の課題曲「マーチ・スカイブルー」と、自由曲「風紋(原曲版)」であった。そして第1部のフィナーレは、「花が咲く」。これは東北大震災の復興を願いNHK震災復興プロジェクトのテーマソングであり、これを2,3年生の吹奏楽演奏をバックに、新1年生が合唱するという新しい演奏とした。
 第2部は一転して、ポップス、サンバ、歌謡曲など演奏者、お客さん、ホールの全ての人が楽しめるように演出するのが恒例である。とりあえず「笑点のテーマ」で笑いをとり会場を盛り上げる。そして「ガッチャマン」で、昔を懐かしむ保護者たちを引きつける。そして「ウォルタイム・ライン」ディズニードレーで子供たちを引きつけて、「Choo Choo TRAIN」で同世代の若い女の子を引きつける。会場の全員が盛り上がる選曲である。
 次は、「妖怪ウォッチコレクション」であった。美奈たちはこの曲に併せてダンスをすることとなる。そして演奏会のフィナーレは「風になりたい」であった。
 演奏される曲は、2年生、3年生が昨年1年間で練習してきた曲がほとんどであった。それでも、新任顧問の三田は、「風紋(原曲版)」と、「花が咲く」をいれて、新しい山田中吹奏楽部の方向を示そうとした。それは、ここ数年の山田中吹奏楽部は、黄金期の後顧問がいなく教頭先生がとりあえず担当し、その後2年連続女性教諭が担当したものの2年連続出産休業となり、なんと3年連続顧問が替わるという事態であった。かつての黄金期とそれにまつわる黒歴史をかかえ、なんとか部員確保維持したいという思いが強かったのか、練習してきた曲は楽しく踊れる曲ばかりであった。それはそれで悪くはないが、中学生というこの時期、もっと基礎技術を高めるべきであると、顧問の三田は考えている。ダンスも、演奏を盛り上げるという要素では重要であるが、それがメインではない。さらに、やるからには、ちゃんとステップを踏ませたいが、果たしてそれが「吹奏楽部」といえるのか。それまでのこの子たちの演奏や、何をやってきたかヒアリングをして、この山田中吹奏楽部に足りないことが、はっきりしてきたのである。今回の第2部は仕方が無い。生徒たちがやりたい曲を選べば良い。が、第1部は違う。わずか数ヶ月ではあるが、これが新しい山田中学校の吹奏楽部だという方向性を示したかった。

 しかし、「ぼぉぉ」としか音が出せない新入部員に、演奏は無理だろう。演奏だけが演奏会ではない。準備も、片付けも、お客さんを盛り上げることも、演奏者にエールを送ることも、全てが部活としての「演奏会」である。
これは楽器で将来食べていこうと考える人にとっては、限りなく「無駄な時間」かもしれない。しかし、ここに集う「部活としての演奏者」にとって、一番大切なことは、「楽しいこと」と思う。そして、「ソロ」とは違う、全体を考えたチームワーク。特に、先輩後輩、同僚とのコミュニケーションの構築、チームワークの確立などが「部活」として一番重要なことだと思う。
 また、小学生、子どもと呼ばれる世代から、大人への階段を上がる、最初のステップ。外側との関係を築くこと。健全な心の成長を促す、絶好のチャンスでもある。

 吹奏楽部は、体育会系文化部と言われる。厳しい練習、厳しい縦社会、厳しいチームワーク。その対価として、少しのことではへこたれない根性と、相手を魅了させる「音を奏でる」事が出来るようになるのであろう。
 その第一歩は、ダンスを完璧に覚え、笑顔で指先まで力を入れて、最後までしっかりと踊り、観客、演奏者を盛り上げること。であった。

 演奏会の練習で、何度も、楽器の運び出しをする。まさに体力勝負である。走る。重い物を持って階段の登り降り。複数で持つティンパニーやマリンバは、声をかけて全員で持ち上げる。狭い舞台の上で、短時間で椅子や楽器を出し入れする。もたもたしていると、他の人とぶつかる。大切な楽器を落としたり傷つけることはできない。しかし、まださほど楽器の大切さが分からない。うっかりぶつけたりして、先輩や先生に怒鳴られる。座らされて思いっきり怒られる。涙が出る。でも、その涙は、次第に楽器への愛情へ変わっていく。

 そして、みんなで踊る。一生懸命汗を流す。辛くても笑顔で踊る。

 演奏会当日は、初めて父兄以外の一般の観客がいることに驚いた。挨拶をすることに尻込みをした。緊張というより、声を出すのが怖くすら感じた。誰かが、蚊の鳴くような声で「こんにちは」と声を出した。はっとして、「こんにちは」と声を出すも、とぎれとぎれで、声にならなかった。ダンスの位置について、踊るまでのわずかな時間、足は小刻みにふるえだし、指先に力が入らない。緊張していることに初めて気がつく。

 そして、いざ、ダンスの瞬間。

 体が先に動き出す。みんなの動きも見えてくる。「楽しい」。初めて「楽しい」と感じた。音が、リズムが、息遣いが。みんなでそろった動きが、演奏にピタッと合った瞬間が、そしてお客さんが手拍子で応えてくれたことが。
 自分が笑顔であることに気が付き、お客さんも笑顔で、友達も笑顔で、会場全体が一瞬同じ笑顔に包まれた時、「吹部に入って良かった!」と初めて感じることができた。
 演奏が終わって、「ありがとうございました」の挨拶は、大きな声で、笑顔でタイミングもピシッと合っていた。拍手が鳴りやまない。しばらくこのまま余韻に浸っていたいが、急いで撤収しなければ、次の曲の邪魔になる。
 ぱっと走って退場するも、笑いが止まらない。会場を出た瞬間、「きゃぁっ」おもわず声が出てしまった。副顧問の先生に「静かに!」と注意され、すぐに落ち着くも心は躍っていた。

 先輩たちの演奏が終わり、先輩たちを外で迎え「お疲れさまでした」と、自然に声が出た。会場を出て帰路に就くお客様に「ありがとうございました」と、自然に声が出ていた。とにかく、楽しかった。嬉しかった。

 そして、いよいよ、楽譜を基に、「音」から「曲」へと、練習の主軸が変わっていくのであった。

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

bottom of page