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第03話

遠い北海道で

 ストーリーはいきなり、遠い北海道に飛ぶ。

 北海道のオホーツク側に遠軽町という町がある。旭川より東に位置し、流氷で有名な紋別の西側にある町である。札幌発網走行きの特急「オホーツク」が進行方向を変える「スイッチバック」を行う駅として、鉄道マニアや旅行好きには知られた、小さな町である。「縁がある」。たまたま町名のごろ合わせとは言え、道民、旅行者、地元民、交通の要所という事もあり、何かと「縁」深い町である。

 気温30℃超の「夏日」は、わずか10日程度で、一気に冬に向かい、真冬は-25℃を越え、吐息や髪の毛まで凍りつくことで知られている。しかし、この寒暖の差が豊かな作物を育て、ジャガイモ、玉葱などの野菜や、牛乳、乳製品など豊富な農産物と、大森林より生み出される、木材および木材加工製品の一大拠点でもある。

 町のシンボルは、「瞰望岩(がんぼういわ)」と呼ばれる岩山で、遠軽駅のすぐ裏にそびえ、遠軽町民の心の支えになっているようだ。故郷を離れるため遠軽駅から最後に眺めた「瞰望岩」、また、帰郷した際、遠軽駅のホームで最初に望む「瞰望岩」。涙ににじむ瞰望岩。「何見てんだよ!」と怒鳴ってみた瞰望岩。あるいは、「がんばるぞー!」と叫んでみた瞰望岩。遠軽町民の心にはいつも瞰望岩の面影がある。

 遠軽町の町はずれの西町に、一人の勝気な小学生がいた。名は優子といい、両親は心優しくとの願いで付けたのだが、大自然相手にのびのびと走り回ったり、時には近所の男の子を泣かせたり、元気とハッタリが取り柄の様な女の子であった。
 優子の両親は共稼ぎであったが、おばあちゃんと同居していた。おばちゃんは果物屋をやっていて、もう、ろくにお客もこないけど、お店を守ることが生きがいだった。優子は、お菓子を買ったことがない。いつもお店の物をチョロっといただいていた。暑い夏は、地下の倉庫の冷蔵庫から、自動販売機に入れるはずのコーラを飲んだ。おばあちゃんも、そんなことはとっくにわかっていた。でも、いつも、にこにこ見守ってくれていた。たまに、両親に怒られると、お店に逃げ込み、おばあちゃんの傍にいた。優子は、おばあちゃん子だった。

 勝気な性格と肺活量が気に入られたのか、コルネットを与えられて、小学生マーチングバンドに入隊させられたのが、小学校4年生であった。優子も、春と夏にある音楽パレードの金管楽器がとてもかっこ良いと思っていて、飛びついたのであった。
 しかし、なかなか音が出ない。出てもメロディーにならない。要するに、あまり上手くならなかったようだ。それでも、広い大空の下で、腹の底から息を吹き、コルネットを演奏することは、とても気持ちがよかった。近くの湧別川という川の土手に登って、思い切り吹くのが好きだった。

 小学校6年生になり、運動会のマーチングでは、なんと、ドリルリーダ-をやらされることとなった。どうやら、上手く吹けないので外されたらしい。それでも、隣町の北見市まで行って、ドリルリーダの研修を受けて、みっちりと練習に励んだ。隣町といっても、車で2時間。日曜日は、毎週のように連れて行かれ、びっしりと練習をした。

 そんな小学校6年の最後のアンサンブルコンクールは、朝練習、夜練習、休日練習を重ねて、地区大会見事に金賞を取ることができた。もちろんコルネットで出場し、金管八重奏。曲はヘンデルの「水上の音楽」であった。結果は、金賞なれど全道大会には行けずの「だめ金」であったが、「もう、下手とは言わせない!」内心、うれしくて仕方がなかった。

 そして、この年、西町中学校へ進学することとなった。

               *    *    *

 西町中学校入学式の時に、町のブラスバンドのドリルリーダーであったため、学校の教師、先輩、父兄みんなの知るところであり、その日に吹部勧誘を受け、優子もまんざらではなく、その日のうちにその気になって練習に参入した。人に褒められみんなが知っていて、ちょっといい気になって吹奏楽部の扉を叩いてみた!

 吹奏楽部が、体育会系文化部と言われる所以を、すぐに知ることとなる。

 小学校までの「こども」としてみんなが見守ってくれる環境ではなく、「大人」に育てていく環境。厳しい上下関係。挨拶等の礼儀作法。歩き方、移動の仕方、楽器の持ち方、話の聞き方、もののたずね方、お辞儀の仕方…..
 楽器を吹く練習することが「部活」ではなく、練習をする前に、覚えなければならないことがたくさんあった。
 生まれて初めて楽器を触ったという、他の新入部員の方がすぐになじんでいった。下手に他の組織をしらなければ、「初めからこれが普通」であった。しかし、優子は小学校ブラスバンドにいた経験が、逆に新しい組織、考え方になじめなかった。なんで先輩に怒られているかが分からない。なんで、こんな返事をしなければならないかが解らない。でも、返事をしなければまた怒られる。何を言われても、「はいっ!」と大きな声で答えなければ、「聞いてるのか!」とまた怒鳴られる。
 演奏のことで言われるのならば、まだわかる。でも、なんでこんなことまで言われなければならないのか。顧問の先生の声が小さく、聞こえなくなってきた。目頭が熱くなる。でも、何だかわからないけど、みんなに合わせて「はいっ!」と、声だけは出した。

 家に帰り、腹が立ち、怒鳴り散らしてみた。落ちてるごみを、思いっきりけってみた。柱に向かって、手を上げて見た。布団にくるんで、人知れず泣いてみた。心がだんだん落ち着いてきて、トランペットを布団の中で吹いてみた。ペットの音が泣いていた。
 布団から飛び出し、思いっきり吹いてみた。

トラピストン水彩-min

 「うるさーい!」
妹から怒鳴られた。
おばあちゃんから、「外でやんなさい」と怒られた。
 家を出て、走って土手を登り、夕日が沈もうとしている湧別川のほとりで、ペットを吹いてみた。思いっきり音が外れた。でも、構わず大きな音で吹いてみた。
好きなメロディーになり、だんだん曲になっていく。
やはり、私は吹奏楽が好きだ!

 優子は、改めて心に誓った。
「吹部、がんばるぞ!」

               *    *    *

 毎朝、7時には家を出た。幸い西町中学校は、家から歩いて5分だったので、すぐ着いた。通学路は瞰望岩のすぐ下を通っていた。毎朝、瞰望岩に挨拶をした。「(瞰望岩)、おはようございます!」深々と礼をした。そして、ぱっと走って校門へ向かった。
 朝一番に職員室に行き、鍵を借り、音楽準備室に入る。
 いつもはたくさんの先輩がいて怖いイメージの部屋が、優しく迎え入れてくれる。部屋に向かって「おはようございます!」と、また深々と礼をした。朝の優しい木漏れ日が壁に映り、木々の影が「おはよう!」と答えてくれているように感じた。
 優子は、この瞬間が、大好きだった。

 7時50分まで、一人で練習をした。この時間だと、誰もまだ学校に来ない。一人きりの練習ができた。窓を閉め切って、思い切り吹いた。誰からも、文句も指摘もない。自分とペットと、音楽室だけの楽しい会話ができた。優子は、1日の中で、この時間が一番好きだった。
昼休みは、お昼御飯を早々に済ませて、音楽室へ。
 授業が終われば、友達とのお話もそこそこに、音楽室へ。部活として、みんなと練習をした。ロングトーン、パート練、合奏。いつものメニューをこなしていく。

 同級の1年生は、初めて楽器に触れた子が多かった。音出しに躍起になっている傍ら、すでに曲を吹く練習もした。でも、基本練習は、みんなと一緒にやった。ちゃんとした「音」を繰り返して出す。ちゃんと「音」が出ないと、そのあとの練習がずっと、上手くいかない。自分で納得がいかない。だから、他の1年生と一緒に、基本練習はしっかりとやった。
 野球部でいうところの、キャッチボールや素振りといったところであろうか。

 そして、最初の演奏会は春の運動会。他の1年生は、まだちゃんと演奏できない中、優子はしっかりと合奏に参加していた。
 1年前の小学校の運動会は、吹かせてもらえなかった。ちょっとそんなことを思い出してみた。でも、今は違う。吹かせてもらえない同級の部員がいる中で、大きな音で吹くことができた。

 運動会が終われば、夏コンに向けての特訓が始まる。
 小学生とは言え、アンコンで地区大会金賞を取れたことは、優子の自信の源であった。演奏だけは、誰にも負けない。先輩にだって、絶対に負けない。
そう、言い聞かせて、練習を積み重ねる毎日であった。

 全国には、たくさんの吹奏楽部がある。そして、たくさんのドラマがある。
そして、同じ夢を見て、同じ方向に進みだしていくのであった。

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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