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第07話

ステージデビュー

 山田中学校は、学区の山田福祉センターと共催して、いろいろな行事を行っている。中学生の福祉活動等社会参加を進める一環である。その中で10月に社会福祉協議会と共に「地域ふれあいバザー」を開催している。バザーの収益金を地域福祉活動に役立たせるため、山田中学の生徒、父兄は、バザー以外にも部活動練習公開や屋台を出店したり、楽しみながら活動する、ちょっとした「秋祭り」の様相である。今年は、屋台のほかにも吹奏楽演奏会を企画した。題して「フェスタ山田ふれあいコンサート」。

 山田福祉センターホールを使っての演奏会である。この場所は他にも2回、定期的に演奏会会場として利用している。音響はとても良いとはいえず、またステージも狭く、全部員がステージに入らず客席の一部に展開をするので、手狭ではあるが、その分観客と近い一体となった演奏が期待できる良さもある。山田中学校の体育館は建立が古くステージも無く、明らかにキャパ不足である。その点、山田福祉センターは山田中学校と構造上直結しており、ブリッジを通って直接楽器等を搬入できるメリットもあり、吹部の演奏会は、たいていこのホールを使っていた。6月のコンサートシリーズの演奏会でダンスをしたのも、このホールであった。

コンサートシリーズ1350-i

 美奈たち1年生にとって、正真正銘の初めての演奏会。デビューである。覚えなければならない曲は5曲。選曲はいくつかの候補の中から、みんなで選んだ。とにかく知らない曲ではなく、大人から子供までみんなが知っている曲。そこが基準だった。まず、演奏を楽しいと思わないと続けられない。その為には、自分たちが知っていて、好きな曲である必要がある。
 「ミッキーマウス・マーチ」ディズニー、「がむしゃら行進曲」関ジャニ、「夏色」ゆず、「未来」コブクロ、「銀河鉄道999」ゴダイゴ、であった。「がむしゃら行進曲」は、まさに演奏したい曲だった。そこは女子中学生である。

 毎日、ユーチューブを見たりして、何度も聞き口ずさむ。楽譜を見てイメージして、指を動かす。すらすら指が動かせるようになってから、楽器を持ってユーチューブに合わせて吹いてみる。間違えたり、音が出なかったり。でも、とにかく突き進む。最後まで演奏する。出来なかったところを、何度か吹いてみる。また、最初から、ユーチューブに合わせて吹く。本来ならば、楽譜だけでイメージするものだろうが、まだ、イメージの基になるものが無い。ユーチューブを聴いて覚えるのは、ある意味良い方法だと思う。

 1年生にとって初舞台であるのと同時に、2年生との初めての合奏。初めての合同練習となる。基礎練習をして、パート練習。1年生だけのパート練習ではなく、2年生からぴしぴし指導が入る。ただ、先輩たちは優しかった。演奏に関して教えることはちゃんと教えてくれるが、演奏以外では遊びの話、時には恋愛の話、誕生日にはちょっとしたプレゼントをもらった。使いやすい音楽関係の文具などを教えてくれた。パートごとの教本を教えてくれた。教わった通りに楽器屋に行くと、確かに売っていた。こういった話は、今まで誰からも教わらなかった。やはり、そこが先輩だった。
 ただ、美奈のオーボエの教本は売っていなかった。2店回ったが無かった。クラリネットや、フルートなど、他の楽器は書棚に並んでいる。でもオーボエは無い。やはりマイナーな楽器なのだろうか。そうだ、そんな時は、父だ。ネットが大好きな父なら、捜してくれるだろう。美奈は父にお願いをしてみた。
 さすが、ネット大好きな父である。すぐに見つけて、「ポチッ」と即買い。2日もすれば「教本」が届いた。ネットはこんな時、強い味方である。どんなマイナーなものでも簡単に入手できる。教本を元に、基礎練習を重ねていった。とにかく「曲」を覚えることも大切だが、ちゃんとした「音」を安定して出せて、「音」を連ねて「曲」にする指の練習をしなければならない。

 既に引退をした3年生はわずか9名。これが、低迷を続けた過去の評価そのものであった。2年生は盛り返して36名の部員を確保したがA編成50名以下になんとか組みこめたというのが実情であった。そして、今年、新1年生が34名が入部して、総勢79名となっていた。かつての黄金期は、100名を常に超えていたのだが、それでも進入部員を増やそうと地道な活動が功を奏してきたのであろう。
 しかしながら、数はともかく、演奏のレベルはお世辞にも「上手い」とは言えるものではなかった。顧問の三田が配任され、周りでは「吹部の三田とへっぽこ隊」とささやかれていたのであった。2年生にとって新しい顧問に慣れ、あわただしく「夏コン」を終え、3年生がいなくなり、新1年生が合奏に加わってくる。今度は自分たちが「先輩」と呼ばれる立場になる事を自覚した。
 最初は指導の仕方も上手くいかなかった。勢い強く言って泣かせてしまったり、それを恐れて言わないでいると、顧問から指導が入り、自分たちが泣くことになる。しかし、そんなことを繰り返していくうちに、指導の仕方も上手くなり、また教える以上はもっと上手くなくてはと、自分の練習にも身が入る。知らず知らずに上達していくのであった。

 美奈たち1年生は入部してから夏までの、どこに目標があるのかすら見当もつかなかった頃と違い、具体的な目標があり、また、知らず知らず力が付いてきて、そこそこのメロディーを吹くことができてくると、練習も面白く感じてきた。昨日より今日。今日より明日。だんだんと吹けなかったものが、吹けるようになる。まずは、基礎練習。そして、先輩たちとのパート練習。時には、全員での合奏練習となっていく。だんだんと曲全体が繋がっていく。先輩たちは、ぐいぐいとメロディーを引っ張っていく。1年生は遅れじと、なんとか指を動かし、息を吹き込む。少々指を間違えても、「びーっ!」って変な音が出ても、気にしない。とにかく最後まで演奏しきる。そして、駄目だったとこを後で何度も練習する。
 音符を追って、次は何の音かな、今の音は良かったかな、と考えながら吹くのも良いが、今は、頭ん中に全てを入れて、曲のイメージを作り、唄うように吹く。カラオケで歌っているイメージで、吹く。あれっ、他の人と音が合わないと思った時、楽譜を確認する。なるほど、指を間違えた。指が遠くに飛ぶ時よりも、隣のキーを押す時の方が間違いやすい。今まで使わない指の筋肉。思うように指が動かない。ピロピロピロと、指の練習をしてみる。
指に神経が集中すると、音が出なくなる。唇とリードの関係は非常にシビアで、常に一定の音を吹き込まなければならない。が、気が付くと、小さくなっていく。また勢い力んで息を吹きこむ。それは、音の強弱だけでなく、微妙な音の高低を作り、「ぶぉー」と、吹くところ、「ふブおおぉぉん」と、一定にならない。唇に神経を集中させると、指が動かない。何度もやり直すことでしかない。理屈ではなく、慣れることが大切なのだろう。練習した回数がそのまま上手さの指標になる。そう信じて、何度も吹き直すしかなかった。

              *    *    *

 そして、コンサート当日。ダンスをした前回から4カ月。今度は演奏をするのである。先輩が横にいるとはいえ、指揮者の真ん前に座り、コンサートは始まった。会場の関係で、客席がすぐ目の前である。父がじっと見ているのがよくわかる。後ろに母も見ている。友達のお母さんも見える。美奈は恥ずかしかった。父は女心が解らないようである。そんなにじっと見ないでほしい。あっ、手を振っている。そんなことしなくても、分かってるのに!恥ずかしいから、止めて!そんなことを思った時、妙な緊張がほぐれ、指揮台に立つ顧問の三田の指先の指揮棒がはっきりと見えた。
 演奏はとにかく、がむしゃらだった。いくつも指を間違えた。息が続かないことも何度もあった。でも、横の先輩がちゃんとリードしてくれる。先輩となら何でも演奏ができる。他のパートの音も良くわかるようになった。それだけ慣れてきたのだと思う。そして、みんなで「合奏」していることを実感するのであった。先輩たちのソロが続く。でも、感激して聴いていられない。数を数えて、つぎの自分のパートの演奏開始のタイミングを測っていた。
途中でのミスは結構ごまかせるが、最初の1音は結構きびしい。オーボエは、音が小さいのでさほど目立たないが、金管のペットやボーンの音はずしは、けっこうやばいらしい。思いっきり緊張して、思いっきり力んで出た音が「ぶひー!」。気持ちはわかるが、はっきり言ってずっこける。お笑い芸人のコントになってしまう。失笑されてしまう。それがまた緊張を招く。
 
最後の曲「銀河鉄道999」が終わった。お客さんの拍手が鳴りやまない。嬉しかった。とにかく「終わった!」という達成感が、体中を駆け回っていた。顧問の三田が、照れながら、「まさかのアンコールを戴いて、嬉しいのですが、準備をしていなかったので、吹ける曲がありません。先程演奏した「夏色」をもう一度演奏して、アンコールとさせて下さい」と、お辞儀をした。また、それが良かったのか、拍手が盛り上がった。
そして、本当の最後の曲を演奏して、一斉に起立。「ありがとうございました!」いつもより、リハーサルより、大きな声が出た。ピシッと決まった。

1年生は、初めての演奏会を終えた。また、2年生は、改めてこのメンバーで、「夏コン」に向かっていくんだと確認した。新たなメンバーで、「夏コン」に向けて走っていく。そのスタートを切った瞬間であった。


コンサート終了と同時に、吹奏楽部の冬の一大イベント、アンサンブルコンテストの準備に突入した。

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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