アンコンも終わり、2月になると、3月に予定してる「定期演奏会」と、その前哨戦となる、「コンサートシリーズ冬」に向けての、本格的な合奏練習がメインとなってくる。
ほんの10カ月前に、生まれて初めて楽器に触った1年生も、このころになると、楽譜を見て、初見でなんとか吹くことができるぐらいになっていた。おそるおそる吹いていた以前とは想像もつかないぐらいに、音を前に出そうと吹いている。間違っても、音が外れても、まずは音を前に出す。アンコンの成果か、音がずれると後でちゃんと揃えてくる。人の音が聞こえるようになっていて、また、ずれた具合で元に戻せるようになっている。こうなってくると、合奏が楽しくなってくる。いろんな曲が吹きたくなるし、いろんな演出がしたくなる。
やっと、音楽が「楽しい」と感じられるようになってきたのである。
2月の初め、田町商業高校の定期演奏会が行われた。田町商業高校は、静岡でも1,2を誇る伝統の吹奏楽団を続けている。そして、吹奏楽編成だけでなく、マーチングにも力を入れている商業高校である。西の田町、東の江尻といわれる程の、吹奏楽では有名な高校である。その定期演奏会となると素晴らしいという定評があり、機会があれば聴きに行きたい定演の一つである。
美奈は、その日は午前練で終わりだったので、都合を付けて家族と見に行くこととした。やっと、人の演奏に興味が出て、音、演出、そして、自分達の定演の参考になればと「勉強」という気持ちであった。山田中学校の定期演奏会は、第一部は、夏のコンクールの課題曲など、クラッシック的な合奏。第2部は、顧問の手が全く入らなく、生徒だけで曲目、演出を決めるという伝統を守っている。当然、2部の為にやりたい曲探しでもあり、細かな演出のヒントを多く見つけたかった。
しかし、1年の仲間に「一緒に見に行こう」と声をかけても、何人かが興味をもったものの、結局遊びに行くとか買物に行くとか、定演に一緒に行く子はいなかった。無理もない。アンコンが終わってから、コンサートシリーズ、定演(1部)の為の練習が入り、土曜は毎週1日練。日曜も午前練が入っている。せっかくの日曜の午後。遊びたい気持ちはやまやまである。まともに1日休みな日曜日は、月に1回ある程度であった。せっかくの休みだから、他校の演奏を聴きにいけると、思えるにはまだちょっと早かったのかもしれない。
市民文化会館油絵350-min
静岡市民文化会館大ホール。さすがに広い。2階席を合わせっると、1,968名収容である。お隣の中ホールは1,170名。浜松のアクトシティーを除けば、最大級のホールである。いつかここで満員にして演奏会をやってみたいなぁと、何となく憧れるホールである。ただ、設計が古く、音響的にもあまりよいとは言えず、静岡市内では、清水マリナート大ホール(1,513名)が、吹奏楽始め、音楽イベントで使われる事が多い。美奈たちも、清水マリナートBRASSカップに出場して、そこは経験済である。ちなみに、この年の定期演奏会は、お隣の中ホールで行う予定である。
さすが、西の田町と言われるだけあり、開演前にすでに長蛇の列。だいぶ早く来たつもりであったが、4人列の4周り目であった。開場と同時に2階席へと走った。理由は、マーチングがあるのでステージ全体を見渡せる上階の方が迫力があるからである。田町商業高校は、通常は12月に定期演奏会を行う。この年は学校行事の都合か、2月になってしまった。その為、3年生は就職活動や検定受験等があり、当日も来られない生徒もいるようであった。それでも100名近くの大編成である。
第1部はクラッシック系。課題曲も演奏された。開演直後という事もあるか、緊張もあるか多少音がまばらであったが、しばらくすると演奏ものってきて、大ホール満員の聴衆が息をのむかの如く聴き入っていた。これが高校生の音だ。こういう音が出せるようになるんだと、次の目標が見えたようであった。オーボエも2本出ていた。これだけの人数がいても、ちゃんとオーボエの音が聞き分けられる。美奈には「音」がちゃんと見えているのだ。
第2部は一転マーチングであった。田町商業高校は高校野球が盛んである。したがって当然応援団が入場。いきなり校歌を歌い出す。よく見れば、応援団はほとんどが女子生徒である。女子生徒が学ランを着て、胸を大きく広げて、腕を大きく振り上げて、マイクなしの肉声で、ホール全体に声をかける。左袖には学校旗をピシッと持ち上げている。これも女子生徒である。女子生徒の応援団、馬鹿にできない。下手な最近のもやしっ子の男子応援団など比較できるものではなかった。そして男っぽい迫力を突然真っ赤な可憐な衣装のマーチング隊が入場し、会場内は一気に歓声の渦となる。ほぼ金管だけであるが、1列で動いたりクロスですれ違ったりと、格好良い。木管の子たちは、どうやらバトンをやっているようだ。でも、これも本格的である。とても演奏の練習の合間にやったというレベルではない。
そして第3部はポップス系である。第1部は制服。第2部はマーチングの制服。そして、第3部は部Tと呼ばれる部活統一のTシャツで、顧問の先生もフランクにTシャツ姿である。ここからが、やはり生徒主導の演出であろう。漫才コンビの様な司会者が出てきて、面白おかしく司会進行していく。この、なんともいえない「わざとらしさ」がおかしくてしょうがない。曲はみんなが誰でも知っている曲の連続。で、おそらく3年生と思われる各パートからソロが次々と立つ。全員がソロができるぐらいの完成度である。ソロが終われば、拍手、歓声。次のメロディが聞こえないくらいに開場が沸き起こる。
お客は全て学校関係者かと思えばそうでもなさそうである。ご高齢の人も結構いる。みんな楽しそうである。第1部、第2部のまじめな会場と全く異なり、ここまで盛り上がる演奏会を、それまで見たことが無かった。
演出もさておき、美奈は譜面台のシートを観察した。第1部は真っ黒のシートであったが、第3部はパートごと色が違うデザインであった。ステップやダンスなども、パートごと同じ動きをする。美奈にとって、このような楽しい演奏会は初めてであり、自分達がやろうとしている定演に参考になるであろう収穫はたくさんあった。
* * *
そして、定演の第2部の構成をみんなで考える傍ら、目下の目標は、山田地区福祉センターとの共催事業、「コンサートシリーズ・冬」を迎えることとなる。
美奈たち1年生にとって、10月の「ふれあいコンサート」以来3度目4カ月ぶりのホールである。第1部は、アンサンブルコンクールの為に練習した曲を演奏した。1年生も、惜しくもアンコンに出れなかった2年生も、また、アンコンに出場したメンバーも、ふれあいコンサート終了後、練習を開始したアンコンの曲の最終発表会である。アンコンオーディションから3カ月。先輩たちを応援したアンコンからも2カ月経過している。もう、間違わない。自分の曲になっているはずである。
シーズン1コンサート冬アンサンブル350-min
久しぶりの、アンサンブル編成。吹奏楽大編成と違い少し緊張する。しかし3か月前のオーディションの時の緊張とは違う気持であった。美奈、花愛たち木管七重奏「恋とはどんなものかしら」は、カルガモの赤ちゃんが、恐る恐る池に飛び込むシーンではなく、ちゃんと「初恋」を夢見る乙女の心境を歌っているようだった。もちろん、まだ技量が乏しく、感情的な表現などできてはいない。でも、まるでそこが、まだ恋心を知らない「乙女」のようであり実に初々しい、そしてちゃんとしたメロディーであった。応援に来た美奈の両親も、花愛の両親も、目に涙が浮かんでいた。
さて、ここでいくつかの大きな変化が確実に起きていた。1年生がこれだけ上達しているということは、2年生はもっと成長しているのであった。フルートの女子3人は、それぞれ楽器を回しながら吹くようになり、音の強弱、音のスピード感をコントロールしていた。
クラリネットの男子は、体は小さいのだが、動きは体以上な動きをし、音をコントロールしている。ビブラートも入り、明らかに抜きん出ている。歌うのではなく、唄っている。背が低いが、体をのけぞらせて、天井に向けるがごとく演奏する。音の抜けがよく弱い肺活量を物ともせず立派な音量である。あれっ、こんな子いたかなと思うぐらいの、明らかに今までと違う「音」を奏でていた。テナーサックスの女子は、ソプラノサックスも掛け持ち、肺活量を活かした、空気の振動を感じさせる低音から、ホール内に駆け巡る高音まで、音の渦巻きを作っているようであった。
スーパースターの誕生であった。これが中学2年かと思わせる、ソロ奏者をイメージするようであった。もちろん、それでもまだ中学生。完ぺきではない。フィンガリングが遅れることもまれにある。しかし、多少のミスなど問題ではない、酔いしれる「音」を出せるようになっていたのであった。
* * *
第2部は「アルセナール」から始まった。山田中学吹奏楽部のテーマソングのごとく、あらゆるところで演奏される。アルセナールが吹けなければ、「大中吹部」ではない。しかし、今の2年生がかつて1年だった時の初めてのアルセナールは、お世辞にも「曲」とは言えないもので、「ヤルセナール」と言われたという。マーチを思わせるようなファンファーレから、木管、金管へのメロディーの受け渡し、ユニゾンで閉め小気味良いシンバルに乗せて全体のユニゾンへと主題をいろいろな音色で受け渡していき、最後はファンファーレで盛り上がる。非常に元気が出る曲である。「やるせない」とは言わせない。
シーズン1コンサート冬350-min
「インヴィクタ序曲」は、派手なトランペットのオープニングの直後、スネアドラムの早いテンポに導かれ、メロディが木管のハーモニーに乗せて入ってくる。新しいファンファーレをトロンボーンとホルンが吹くと同時に、次のメロディへ移る。木管とトランペットのハーモニーが終わると、冒頭のホルンとスネアドラムが戻ってきて、最後のファンファーレへと駆け上がる。ホルンが全体的に支配して、木管、金管、パーカスを上手くつないでいるテンポがよく、且つ音のハーモニーが美しい曲である。
3曲目は、「未来予想図Ⅱ」は、ドリーム・カム・トゥルーの名曲である。やさいいオープニングから、サックス木管へとメロディーを上手く弾きながら、変調が多く難しい主題をきちんと唱っていく。誰もが歌詞も知っていて、頭の中でまさに歌いながら聴ける曲である。マーチの様なテンポの速い曲が続いた後、しっとりと聴かせる曲で会場はますます引き寄せられていく。こんな演出も、演奏に自信がついてきたからこそできる流れである。マーチなどは勢いと音の大きさである程度ごまかしが効く。しかし、バラードは、1音こけると 台無しとなる。演奏は慎重になり、音に自信がなく音を探すと、ハーモニーが崩れる。
4曲目は「ミッキーマウスマーチ」である。言わずと知れたディズニーの名曲のメドレーである。これを吹かない吹奏楽部もないだろう。定番中の定番。子どもから、大人、高齢者まで誰もが知っているだけに、ミスも痛い。これこそノーミスが求められる、意外と緊張する曲でもある。そして曲が始まれば、自然と体が動き笑顔になるマーチである。パーカッションの正確なリズムにメロディーの管楽器がのり、ついつい早くなりがちな気持ちを抑えての演奏である。
この「コンサートシリーズ・冬」は、9月から始まった新しい2年生と1年生の編成の基礎練習の集大成という位置づけであろうか。3年主導の「夏コン」が終わり世代交代となり、2年はどうやって1年をまとめていくか悩み、1年は「曲」を吹くという実践に移り、もめたり、慰めあったり、怒られたり、喜んだり、そして、やっと「曲」を「演奏する」という領域が見えてきた、そんなコンサートであった。
さて、ここからである。
ここから、定期演奏会という一大イベントを完成させ、本当の意味で3年生を送り出し、そしてこのメンバーで「夏コン」に挑むのである。
かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。
※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。