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第12話

定期演奏会

 初めての定期演奏会は、静岡市民文化会館中ホールであった。もともとは、AOIホールを予約していたのだが、静岡市民文化会館中ホールのキャンセルが出たため、急きょ変更をした。静岡音楽館AOIホールは、パイプオルガンがある音響環境のよい音楽向きのホールであるが、中ホールで618名収容である。対して静岡市民文化会館中ホールは、古いので音響的にはあまりよくないが、1,170名収容である。中学校クラスはよくAOIIホールを利用するが、高校吹奏楽部だと静岡市民文化会館中ホール以上を使うことが多い。それだけ集客できるということでもある。吹奏楽自体は、屋内演奏が主で管楽器が中心でもあるので、ホールが狭いと、よほど音響環境がよくないと響いてまるでお風呂場のようになってしまう。体育館などで演奏すると、お風呂場の演奏会となってしまう。顧問の三田の考えは「中学生といえども、できるだけ大きな会場で演奏することに慣れてもらいたい」とのことであった。吹奏楽器は力一杯勢いで吹く。大きな会場いっぱいの観客がこちらを聞いているとなると、かなり緊張する。この空気感に慣れてもらいたい。その中で、ソロでも平気でふければ本物である。また夏コンも焼津文化センター大ホール(1,310名収容)で行う。広いステージ広い客席。反射板と客席空間にこだまする音。そして、まぶしすぎるライト。暗い客席。そしてビッとあたるスポットライト。強力なライトで、空気中の細かなダストが光の筋となって、また、まるで薄い霧のように漂っている。この環境に慣れること。ここで演奏するんだと。

シーズン1定演透明イラスト350-min

 たまたま空きが出たということだが、これにより中学校の定期演奏会としては、本格的な場所が確保できた。おそらく静岡市内の中学校吹奏楽部の演奏会としては、かなり珍しいことと思う。しかし3月の平日であった。静岡市で大編成の吹奏楽の演奏会ができるホールとなると、静岡市民文化会館大ホール(1,968名)、中ホール(1,170名)、清水マリナート大ホール(1,513名)、グランシップ中ホール(951席)である。中規模であればAOIホール(618名)、焼津文化センター小ホール(600名)、ユーフォニアホール(462名)などもあるが、山田中学校、2、1年生55名の合奏となると、やはり広い場所が良い。
 とはいうものの、ホールの会場予約は、ほぼ抽選で行われる。平日はまぁなんとかなるが、土日祝日となると、抽選でしか取れない。それも、くじが回ってくる前に早々埋まってしまう事も良くあるようだ。平日開催も、やむなしというところである。
 しかし、場所としては、古い事もあり多少音響が悪いことを除けば、本格的なホールで経験を踏むという点で有効である。
 美奈たち1年生にとっては、アンコンが終わりコンサートシリーズが終わり、1年生としての集大成。それが定期演奏会である。3年生でも、早々進級を決めた先輩も数名演奏に参加してもらえた。定期演奏会の第2部は、基本生徒が主体となって演奏曲や、衣装、ストーリーを決めていく。顧問は第1部のみで、第1部は、来年の「夏コン」の準備として、課題曲、自由曲を取り入れて構成していた。

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 そして、定期演奏会が始まった。第1部は、顧問の三田主導のクラシカルステージであり、演奏は1年生と2年生。第1曲目は当然「アルセナール」である。この曲は、ベルギーの作曲家ヤン・ヴァン・デル・ローストによる吹奏楽編成の行進曲で、また山田中学校吹奏楽部定番の曲で、顧問の三田が赴任する前から続いている伝統の曲であり、入学式、卒業式、運動会など、数々の学校行事に必ず演奏される誰もが好きなテーマソングのような存在である。軽快なファンファーレは、これから始まる演奏会を盛り上げるには十分なもので、また、木管楽器の音色をかなり重視したもので、木管楽器、金管楽器、パーカッションの見事な連携が、まさに吹奏楽部であることを意識させてくれる。逆を返せば、この曲の仕上がりで今のチームの善し悪しが分かってしまうということである。
 問題は金管であろう。やはりまだ中学生には金管は難しいのかもしれない。ホルンはそもそも世界で一番難しいとされている。トロンボーンは、本来同じパートなら右手のスライドの動きも止まる位置も同じである。が、6本あるトロンボーンすべての右手の動きがバラバラである。これで出てくる音は、気持ち悪く濁った音となる。ただ、恐る恐る小さな音ではなく、堂々と外していく。演奏速度もどんどん落ちていき、マーチでは歩けないだろう。うん、まずは、これで良い。金管は度胸一つだ。

 第2曲目は「スケルツァンド」であり、この曲は次年度の「夏コン」課題曲で、江原大介作曲で、第27回朝日作曲賞受賞曲である。軽快なテンポで曲が進み、パートごとの掛け合いが面白い。先ほど音を外していた金管が揃ってきた。なんだ、緊張していただけか。今から練習していれば、「夏コン」には間に合うだろう。

 第3曲目の「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」は、もとはイタリアのテノール歌手アンドレア・ボチェッリの「コン・テ・パルティロ」でオペラ風に歌われた曲であったが、後にサラ・ブライトマンが英訳詞にて「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」としてカバーして世界的に大ヒットした曲である。日本語訳では「君とともに旅立とう」で、新しい旅たちの感動的な曲である。吹奏楽では、福田洋介氏による編曲で、壮大であり優しく繊細であり、シンフォニックに編曲されていて、演奏者も聴衆も感動のフィナーレを迎えることが出来る人気の曲である。ゆっくりとしたテンポで、正確に、抑揚をつけて演奏が出来るようになり、演奏者と聴衆が一体化したような雰囲気に包まれたようであった。

 第4曲目は「インヴィクタ序曲」。コンサートシリーズ冬で演奏した曲で、第1部を締めくくるフィナーレには、もってこいの曲であった。起承転結。演奏をする順番も演奏会を盛り上げる重要な要素である。またまたホルンが外し、ボーンが乱れる。ちょっと速いテンポだと途端に崩れていく。まだ練習が必要だ。第1部は顧問の三田の演出であるが、手慣れた組み合わせである。

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 第2部は、3年生を入れての65名が一転カジュアルに音楽パーティーの様相である。
 第1部が制服でしっかりと演奏するとすれば、第2部は部Tと呼ばれるお揃いのTシャツとジーパンで楽しく演奏する。部Tはパートごと色を合わせて、チームワークを強調していた。ソロも多く基本2年生は全員何らかのソロを担当できる。1年生も、もちろん先輩のフォローでステージに立つ。上手い下手よりも、みんなで楽しむことがメインである。MC(司会)も、基本生徒だけで進行する。今年はTV番組のミュージックステーションをまねして、タモリのものまねで会場を沸かせた。
 高校吹奏楽部などの定期演奏会は、このMCも楽しみの一つである。単に曲を紹介して終わるところもあるが、各校一工夫している。第1部のMCは、顧問の先生がやったり、放送部のプロ顔負けのアナウンスが入るところもあるが、第2部は司会として進めるところもあるが、演劇(寸劇)の中で曲紹介をうまく取り入れて、生徒たちが掛け合う。もちろん演劇部や放送部ではない。その台詞棒読みの中に、微妙の「間」が「手作り感」満載で、思わず笑えてしまうのである。

 プリンセスプリンセスの「ダイアモンド」勢いがあるが乙女心も忘れていない、そんな元気の良い女の子の曲である。ペット8本がメロディーを奏で、アルトサックス5本へ、そして、クラリネット8本へとメローディーが各パートを転々としていく。この流れが楽しい。
 山口百恵「ジャパニーズ・グラフィティIX」メドレー「コスモス~プレイバックPART.2~イミテーションゴールド~良い日旅たち」これは、顧問の三田のおすすめで、高齢者の方でも楽しめる曲である。が、この子たち誰も知らない原曲である。曲のもつイメージがつかめていない。「プレイバック!...坊や、一体何を教わってきたの....」このイメージ、伝わらないだろうなぁ....。
 「良い日旅たち」は、スーパースター、クラリネットの男の子の誕生である。太くて大きなパワーと、ビブラート聞かせての哀愁。これが中学生かという感情の入れ方。それにしても、クラリネットの方が長いんじゃないかと思わせる小柄な子で、音を飛ばすためか、のけぞっての演奏である。突然、会場の後ろから、テナーサックスが入ってくる。2年女子のスーパースターの誕生だ。堂々と迷い無く、「私よ!私が女王よ!」と唄っているようである。
 スピッツの「チェリー」は、1年生だけで演奏した。テナーサックスのソロが良かった。先輩がスーパースターだからだろうか。全体として音はとれているが、自信が無いのか小さな音である。
 となれば、次は2年だけで「ダンスリミックス・ガールズ編」の演奏となる。Eガールズ「フォローミー」~ももクロ「行くぜ!怪盗少女」~「さらば愛しき悲しみたちよ」~パフューム「ポリリズム」「チョコレートディスコ」~AKB48「恋するフォーチューンクッキー」であった。指揮は2年のペットのパーリー。もともとユーフォ担当であったが、ペットの立て直しのために楽器替え。実力の持ち主であり、多彩さは指揮も完璧である。

 おや、男の子たちが飛び込んできた。特別ゲストのKPT48のメンバーだ。このKPT48とは、「海パン隊」と呼ばれる男子のチームで、これも山田中の伝統になりつつあるものである。が、非公式の団体である。基本的には、サッカー部野球部あたりが中心であるが、もともとは「海水パンツ」で踊っていたらしい。サッカー部も野球部も、大会の時、吹奏楽部の応援があることもあり、逆に応援に駆けつけてくれたようだ。
 非公式とはいいつつ、非公式の顧問も就いていて、それなりにしっかりと練習を重ね、また、ちょっとイケメンも多いことで、女子の人気を総なめしている。爆笑と歓声。会場は最高潮に達していた。
 KPT48の踊りを見ながらの演奏。これを、笑わないで真剣に演奏する。このギャップがまた愉しい。演奏する側は絶対に目線をKPTに向けない。なぜなら、何度も練習で見てはいるものの、やはり吹き出してしまうからである。そのぐらい、みんなに愛されている、コケティッシュダンサーたちである。 今日の定期演奏会、実は、このKPT目当ての女子がかなりいた。ちょっとしたアイドルスターである。
 大騒ぎの演奏の後は、しっとりと、ドリカムの「未来予想図Ⅱ」である。コンサートシリーズでも演奏したが、今日は3年生がいる。3年のフルートのソロは、圧巻である。ビブラートを効かせ、演奏ではなくバラードを歌いあげている。KPTのあとの、ざわついた心をしっとりと落ち着かせ感動の域に達する。
 そして、みんな大好き嵐メドレー「ジャパニーズ・グラフィティXIV・A・RA・SHI~Beautiful days」である。曲目は「A・RA・SHI~We can make it!~Beautiful days~ワン・ラブ~a Day in Our Life~きっと大丈夫~風の向こうへ~ハピネス~桜咲け~フィッシュ~Love so sweet」全11曲の良いとこ取り。不思議なことに、みんな音が合っている。テンポがあっている。なるほど、みんなが好きな曲ばかりである。
 ソロが入る。ピッコロ、パーカス、オーボエ、ユーフォ。全て2年生。8本のペットと6本のボーンが一斉に奏でる。そしてオーボエ、ピッコロと続き音を転がしていく。フィニッシュは、スーパースターのソプラノサックスである。
 鳴り止まない拍手。第2部は幕を下ろすが、すかさずアンコールへ。KPTの星野源が乱入してきた。もちろん星野源の「恋」である。会場の通路にKPTが並び、「恋ダンス」を踊り出す。これだけテンポが速いのに、アルトサックスもトリルキーがぴったしと揃い音がずれることもない。なるほど、練習量よりもイメージなんだ。曲を知っていて誰もが口すさんで踊れるし、大好きな曲だから自然と演奏できるのである。

 また、3年生を招待し、受験勉強で四苦八苦であった労をねぎらい、ほぼお祭り騒ぎである。このメンバーの3年生は、わずか9名しかいなく、それぞれの進路につく準備もあり、演奏会に出てもらえたのは数名であったが、ほとんど練習なく、ほぼ初見に近い演奏でも「さすが3年生」と結果を見せてくれる。これには、後輩もまた駆けつけたお客さんみんなの関心を集めていた。
 いつもは、しかめっ面の吹部生も、この時はみんな笑顔で演奏している。その楽しそうな笑顔を見ている、父兄や同級生などもまた、楽しそうである。
 何よりもすごいことは、10月のコンサートシリーズでの合奏からわずか5カ月で、こんなにも上達するものかというほど「演奏」になっていることだ。また、全10曲。もちろん、他のコンサート演奏曲、アンコン合奏曲も別に演奏してきた。子どもの吸収力は素晴らしい。大人では、こうすんなりと演奏できないだろう。

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 演奏会も盛り上がりに盛り上がり、最高潮で幕を下ろした。この達成感、連係感、充実感。美奈やほかのメンバーは「吹部やっていて良かった」と思わず、涙を流すのであった。
 練習で辛かったこと、頭にきた事、上手くいかなくて自信を失ったこと、そんなものは、この演奏会で吹っ飛んで行った。練習のことで、また部の運営のことで、意見が対立したこともあった。心の中で「コンチクショー」と叫んだこともあった。一人黙って帰り、廊下で泣き倒したこともあった。
 「オーボエは好きだけど、吹部辞めたい」
 そんなことを言っていた頃もあった。でも、今この瞬間そんなこと、忘れてしまった。 

 その後楽器の搬出を終え、メンバーは控え室に集合し打ち上げの宴を開いた。保護者会に用意してもらった、お弁当、お菓子、飲み物で、先輩も後輩もなく、みんなで愉しいひとときであった。なぜか、涙が止まらない子もいた。もちろん、笑顔である。でも顔はくしゃくしゃであった。みんなハイテンションであった。記録のためのビデオを業者が撮影しているのだが、もう関係ない。普段みんなこんなに仲が良かっただろうか。「箸が転んだだけで笑いが止まらない」。まさに、そんな光景であった。

 これが、みんなで何かを達成した後だけに与えられる「幸せ」なんだろう。これが「吹奏楽部の人は、横のつながりが強い」と多くの人に言われるゆえんなんだろう。われわれ外部の者は、入っていけない。でも、それを眺めていても気分は良い。嬉しさ愉しさが全身で伝わってくる。
 演奏での疲れはどこへ行ったのやら。最後までハイテンションのままであった。ひょっとしてお酒でも飲んだの?そんな感じであった。そして、夜も遅くなり、保護者のお迎えで各自、家に帰っていった。楽しい時間もあっという間に過ぎ、家にたどり着くと、どっと疲れが出たのか、そのまま着替えもせず寝てしまうのであった。

 楽器は、運送業者に一晩預かってもらい翌朝学校に搬入した。 そして学校は春休みとなり、新1年生を迎える準備となっていく。

 一時は、B編(中編成)にまで減少しそうになった山田中学吹奏楽部であったが、持ち直してきた。この勢いであれば、来年1年生を多く迎えられる。そんな期待を胸に、4月を迎えるのだった。

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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