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第14話

新入部員と転入部員

 4月を迎えて、吹奏楽部にも変化があった。吹奏楽をやめていく子、逆に転部してくる子。他の地域から転入してくる子。そして、新1年生の獲得合戦がスタートする。入学式に記念演奏を行った。
 思い起こせば1年前、美奈もこの入学式の演奏で心が引かれたのであった。吹奏楽に興味はあった。ちょうどアニメ「ハルチカ」が話題になっていたこともあり、また「響け!ユーフォニアム」がスタートしていたこともあった。テレビの特番でも、全国の有名な吹奏楽部のドキュメンタリーがあったり、聞けば空前の「吹奏楽ブーム」である。それでも、小学校からの仲の良い友達とバトミントン部にはいるか、ソフトテニス部に入るか迷っていたのであり、吹部は当初考えていなかった。ところが、この入学式の演奏が格好良かった。キラキラ光り輝く楽器に憧れた。先輩たちの心に響く演奏に心を奪われてしまった。部活訪問期間も仮入部期間も吹部以外は行ってもいなかった。そんなものである。

 演奏曲は、当然「校歌」「国家(君が代)」と、「アルセナール」である。山田中学の体育館には舞台がない。純粋の体育館である。壁に完全に囲まれていて音響的には「銭湯」である。エコーかけすぎの中での大演奏!1年生の心を奪うことは難しいことではない。ただ、この山田中学は伝統的に運動部が強く、保護者や地域住民には「運動部」という意識が高い。運動部が嫌だという子では、また吹奏楽部も務まらない。吹奏楽部がきついというのも、それなりに有名であったからである。昔の「黒歴史」も噂で知っている人は何人かいるのである。
 吹奏楽が嫌だというのには、共通したいくつかの理由がある。一番は「お金がかかる」と思われていることである。確かに楽器は高い。トランペットやクラリネットは、それでも安いと言われているが、10万から30万はする物である。オーボエは100万~。ファゴットは150万~。バスクラ、バリサクなども120万~といった具合である。まだ触ったこともなく、ちゃんと続けられるかもわからないのに、そんな高価な楽器、買えるはずなど無い。それが主な理由である。実は、ほとんどの楽器は学校所有の物があり、無ければ学校間での貸し借りなどで融通を利かせている。山田中はまだ、吹奏楽は15年の歴史しかなく、楽器が多く揃っているわけではないが、逆に昔名門と言われて、楽器が余っている学校も少なからずある。実際はなんとかなるようである。

 逆に言うと、楽器よりもマウスピースやリードという消耗品に、ちょこちょこお金がかかるのは事実である。学校によっては、安くて悪いマウスピースやリードを使って悪い吹き方を覚えてもだめだからといって、学校の部費で購入してくれるところもあるようだが、それは恵まれた環境であろう。
 お金がかかるという意味では、運動部だって、シューズだ、ユニフォームだ、遠征だ、と結構かかっているし、保護者会が、やれ水分補給だ、塩分補給だ、タオルだ、と練習を毎日サポートしていて結構大変である。吹奏楽部は、ある意味生徒が勝手にやっているので、保護者的には手のかからない部活の一つと思うのだが、そういったことが全体には伝わっていないのである。

 あの手、この手を尽くして30名の新入部員を確保することができた。2年生も出た子入った子で、27名、3年生も29名の合計86名でスタートすることとなる。大所帯である。とはいえ、当面の間1年生は楽器決めの期間となり、楽器が決まるのは5月のゴールデンウィーク明けのことである。新2、3年生は、まずは6月中旬の「コンサートシリーズ・夏」に向けての練習を行うので、ほぼ別行動となる。主に2年生が時折楽器の吹き方を教えたりするのだが、1年生はまだ真剣にどの楽器が良いとまで考えていないので、教える方も歯がゆい感じである。

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 そんな中、2年生に2人の転入部員があった。一人は、北海道遠軽町から転入してきた優子であった。
 優子は、北海道の西町小学校の時、トランペットをやり、そのまま西町中学校でトランペットをやっていた。転入と同時に、迷わず吹奏楽部に入部を決めた。西町中学も全道大会常連校で、小学校の頃からやっている優子の実力は、ここ山田中に於いても郡を抜いていた。当然トランペットをやるつもりでいた。

 ところが、顧問の三田はトロンボーンを薦めてきた。トランペットは数が足りていた。2年リーダーの杏は楽器を購入し、やる気満々である。実力的にはどう見ても優子の方が上であるので、このままでは杏の立ち位置が難しい。その点トロンボーンは全くまとまっていない。未だに音が安定せず、不協和音を造り出している。優子の実力であればトロンボーンも訳なく吹けるであろう。そのまま、9月からトロンボーンのパーリーをやってもらおうと、心に決めたのであった。
 優子は、山田中の実力を聞けばすぐに理解した。その上で顧問の三田の判断も理解できた。もちろんトランペットが吹きたいが、性格からしてもっと大きな音のトロンボーンも悪くはない。音の大きさだけでは誰にも負けていない。この肺活量と腹筋で、トロンボーンを吹いたらどんなに気持ちよいだろう。そう思うと、すぐにでも吹きたくなった。
 いざ、吹いてみると音はでる。でも音階がよく分からない。右腕の筋力を鍛えないとと思うのであった。

 ここで、すごい巡り合わせが発覚した。なんと顧問の三田は、優子の出身地、北海道遠軽町で、西町小学校、西町中学校、そして西町高校で吹奏楽部をやっていた、優子からすれば大先輩であった。西町高校は、マーチングで全国的にも有名で、そのこともあり今年の3月の「浜松全国高校吹奏楽選抜大会」に見事出場してたのである。優子はこの西町高校に入ると信じていたが、まさかの親の都合での転居となり寂しい気持ちだった。が、まさかである。 「事実は小説より奇なり」、まさにそのものである。話をすれば、優子の両親はおろか祖母のことまで知っていたのである。
 たった一人での転校であった。いままで遠軽西町は小さな町なので、向こう近所両隣全て知り合いであった。そんな環境で育った優子が、まさかの誰も知らない街に住み、誰も知らない学校、部活に入ったのである。男の子を泣かすことも厭わない勝ち気な優子であったも、さすがにこれは堪えていた。
 まさに水を得た魚である。自分と同じ町の出身者で自分の家族も知っている人に出会い、まさかそれが部活の顧問であった。優子にとって、楽器替えなど何でも無かった。自分の居場所を見つけたようであった。さっそくトロンボーンを吹いてみる。音は出る。でも音階は分からない。適当に、「ぼー、ぼー」と吹いていたら、みんなに「うるさぁーい!」と怒られた。でも、それが嬉しかった。優子の性格は、まさにこのトロンボーンであろう。

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 もう一人の転入生は、彩である。父親の転勤に伴い静岡の地に転入してきた。元々は、美術部だったようで、吹奏楽は初めてである。前の学校で、吹奏楽がかっこよく見え、この機会に転部を希望した。希望楽器はアルトサックスであった。さて、このアルトサックス、やはり目立つし人気なのであろうか。花愛もアルトサックスをやりたかったが、当初クラリネットに回された経緯がある。偶然の空きが出来たことで、楽器変更がかなったところである。そんな状況であるので、アルトサックス担当にはなれなかった。

 空いている楽器はフルートであった。フルートは3年生3人、2年生3人であったが、2年生の子が逆に親の転勤で転出して1人欠員であった。フルートは1st.2nd.各一人とピッコロが必要である。ピッコロは編成で1本で十分であり、不要の場合はフルートを兼務していた。3年生が抜けると2年生は、ピッコロをやめるか、フルートを1本にするかの状態であった。彩がフルートをやれば一人ピッコロに回せ、フル編成が可能となる。顧問の三田はそう思い、彩に提案した。彩は、明確にアルトサックスが吹きたいと言うよりも「目立ちたい」気持ちが大きかった。
 もともと、背も高く、鼻筋が通っていて「美人」さんである。そのあたりを意識してか、やはり注目され、目立ちたがり屋であった。3年の先輩にも、鼻筋が通った美人のフルート吹きがいて、その演奏を見たときフルートでも良いと確信したようだった。この時すでに先輩のように、可憐にフルートを回しながら澄まして演奏する自分のイメージが出来ていたのである。とはいえ、初めてフルートを持ったのである。イメージと実際は上手くいかない。持ち方もたどたどしく、音は出なかった。
 それでも、みんなに前で、にっこりと「私、ソロが吹きたい!」と元気に言うのであった。ところが、この感覚が、のんびり屋さんの静岡人には、カチンときたのである。まだ、音も出ていないのに、先輩を差し置いて「ソロが吹きたい」とは、何を言い出すの!と、こと、2年生からは総スカンを食らうのであった。
 とはいうものの、全くの基礎が出来ていないので、2年生とはいえ1年生と行動を共にするのである。完全1年生扱い。掃除も練習も楽器運びも1年と組んで、1年のパートとしてパー練をやるのである。可憐にフルートを吹く先輩をイメージしても、彩の出す「音」は、「音」の成分よりも「息」の成分の方が多く、吐く息量のほとんどが、音にならず抜けていく。あっという間に息切れを起こし、まともに吹くことが出来ない。口元をどこに当てるかも大変であるが、肺活量と腹筋での息量コントロールが大変であった。彩は、両親に頼んでレッスンに行くこととした。2年から入部して、3年の夏コンまでわずか1年ちょっと。吹ける吹けないで時間を潰す余裕はない。「ソロをやりたい」この気持ちは抑えられない。そのためには部活とは別に人一倍努力が必要である。彩は自らその覚悟をし、実力で「ソロ」を狙うと心に決めた。

 さて、新入生、転入生を迎えると、今まで先輩についていただけの新2年生、急に先輩となり、ちょっと嬉しい気分である。自分たちが、大好きな先輩たちにしてもらった様に、後輩に優しく優しく声かけるのである。ところが、新1年生は、今まで小学校では最上級生であったこともあり、にわかに最下級生の立場を理解できるはずもない。先輩が優しく接しようとすればするほど、生意気な態度となってしまうのであった。それでもそこは、新3年生が優しくも厳しく指導してくれるので、徐々に1年生も縦社会を理解していくのであった。それを体感しながら、2年生は、初めて「先輩」になるんだと自覚しはじめていった。

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 美奈は、なんとか新1年生1人をオーボエに迎え入れられた。オーボエはどうしても「要らない楽器」と思われがちである。3年に1人いるが、その上はいなかった。時々途切れてしまうのである。そんな危機感が行動に出るのである。誰が寄付したかよく分からない、古いマリゴストラッサーを持ち出して、シルバーポリッシュで、シコシコと磨くのである。もう銀メッキが剥がれている処もあるが、確かに磨くと黒ずんだ色が輝き出すのである。オーボエは、キー自体はカバードキーであるが、複雑なトリルに対応して、レバーや支持棒、ポスト、軸受けなどが多く装備されていて、それぞれが立体的に輝き、きれいである。しかし、ほとんどが銀メッキであるため、手汗などの油汚れが少しずつ銀をさび付かせ、黒ずんでしまう。軸やレバーが細かいので接合部などはどうしても磨けない。そこを磨くには分解清掃が必要で、それなりのお金がかかる。一説には、分解清掃、再メッキ、組立、調整と、完全オーバーホールすると、40~70万もかかるようだ。きれいな程度の良い中古品が買える値段である。
 とはいえ、ぱっと見たときに、キラキラしていた方が良いので、喜ぶ後輩の笑顔を想像して、シリコンクロスだけでなく、綿棒を取り出して根気よく磨くのであった。

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 花愛はアルトサックスを両親に買ってもらい、家でも吹く練習をした。おかげでそこそこ吹けるようになっていた。3年の先輩にテナーサックスと、ソプラノサックスを兼用している先輩がいて、とにかく音がかっこよかった。最近は、この先輩からソプラノサックスの吹き方を学んでいた。元々ソプラノサックスは、アルトサックスの一人が兼任していたのだが、このテナーの生徒があまりにも上手く息量があるため、ソプラノを兼任となったようだ。花愛は、息量は大きくないが背も高く姿勢も良いので、息量がコントロールできる。どうしても他のサックス担当は、楽器を見てしまう癖が抜けず、背筋が曲がってしまう。その点、花愛は立ち姿も座る姿勢も、いつも背筋を気にしていた。もともと顔立ちが愛らしく、異性からもモテるタイプであるが、それを意識しているのか、座るときは足の位置まで交互にすらっと座るのである。
 実は、吹奏楽は「姿勢」だと思っている。いかに安定した息量をコントロールするかが、安定してきれいな音を出すこつである。自信が無いとどうしても譜面を見たり楽器を見たりして目線が下がる。そうなると、肺の容量も少なくなるし、気道が細くなり息の流出抵抗が大きくなり、結果息量を使い切れなくなってしまう。背筋を伸ばし顔を正面に向けると、横隔膜の力をダイレクトに肺に伝え、気道も十分確保され、息量がロス少なく音に変わる。そんなイメージをいつも考えていたのである。
 花愛にすれば、異性など別に意識はしていない。全て音に意識しているのである。結果、言い寄ってくる異性がいても、だから自分の心を変える気など無い。異性を適当に相手して楽しければそれで良い。そんなことより自分の興味は「音」であった。

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 杏は、トランペットである。両親にトランペットで一番人気のヴィンセント・バック製の銀のモデルを買ってもらい、楽器に恥じない音を出そうと躍起になっていた。トランペットは通常、真鍮製でイエローブラスと呼ばれ、表面はラッカーという透明の薄い黄色の塗料で仕上げられている。それで金色にキラキラ輝いて、それはそれできれいであるが、表面を銀メッキしたり、さらに金メッキしたりすることで、音が良くなるとも言われている。金色の楽器が多い中、銀色に輝くと目立つのもまた良い。杏は、楽器を取り出すときが一番のお気に入りであった。とはいえ、ラッカー仕上げと、銀メッキ仕上げの音の違いが分かるほど、上手く吹けてはいなかった。気持ちの問題である。杏の問題は、音が細く途切れること。肺活量が多くなく元来スポーツも苦手なので腹筋も弱い。そこにきて極度のあがり症で、練習で吹けても本番で上がってしまい音にならない。そこは場数を踏むしかないと、先輩にくっついてとにかく一緒に吹いていた。いつもおしゃれに気を遣い、きれいなこと、かわいい物が好きである。バックの楽器ケースも伝統もあるが、ロゴも色合いもかわいらしくお気に入りである。でも、音はなかなかイメージ通りに「かわいく」ならないのであった。

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 絵里は、バスクラリネットを担当していた。もともとクラリネット希望であったが、なぜかバスクラリネットに回された。それには顧問の池田の思いがあった。クラリネットは合奏の中でメインであるが、B♭管は複数あり、数で勝負する部分がある。同じクラリネットグループでも、Esクラと呼ばれる、一つ高いクラリネット、かわいらしい朝顔のようなベルがつくアルトクラ、木製部分よりも銀メッキの方が目立つバスクラ、そして、もう一つ下を支える、コントラバスクラがあり、木管パートはピッコロ、フルート、オーボエのように高音が目立つものが多い中、中域を支えるクラリネットと同じ音質で、低音を支え安定させるバスクラの音楽上の意義は重要である。バスクラ、ファゴット、コンバスは「木低パート」として独自の領域である。絵里は背が高く、やはり背筋がきれいである。体は華奢であるが、その姿勢から絞り出される息量は、強くまっすぐである。また、物事を理論的に見ようとする頭の良さもあった。顧問の三田はそこまで考慮したうえで、絵里にバスクラを薦めたのである。バスクラはメロディーを吹くことは滅多にない。いつも低域を支える「伴奏」であるが、ここが安定するかどうかで、音楽の厚みが変わるのである。目立たないけど、まさに「縁の下の力持ち」である。それが出来るかどうかは、「人」の問題である。絵里は周りを見て自分がリードするというポジションが、なんとなく居心地が良かった。自分の出す音で、みんながポジションを決めていく音作りが楽しく感じていた。

 いままで、とにかく先輩について行くだけだった新2年生が、それぞれ自覚を持ち始め、自分の音を気にするようになっていくのである。そして、自分たちと先輩とで夏コンを戦い、東海大会に出るんだと、明確な目標が見えてきたのである。

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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