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第15話

コンサートシリーズ・夏

 6月になると、恒例の清水マリナートBRASSカップである。これは、昨年の夏コンで地区大会で金賞を取ると出場の権利が与えられる。そして、静岡県中部地区の優秀校同士の競い合いであると同時に、やはり今年の夏コンの前哨戦でもある。面白いことに昨年上手かったからと言って、今年上手いかどうかは分からない。3年2年の「夏コン」編成から主力の3年が抜けて、当時音もろくに出せなかった1年生が半分を占める新しい編成である。新2年生にしてみれば、昨年9月から演奏を行うようになって初めて部外者や他校との勝負ということである。そうはいっても高校も含めて、選抜であるのでレベルは高い。とりあえずコンクールに出ることを目的とするような団体もある中で、入賞をめざすチームはそれなりに上手い。また、競うことも重要だが、どこがどういう演奏をしているかを聴き、自分たちの参考にするという面でも重要な位置づけである。

 山田中学としては2度目の出場である。夏コン地区大会連続金賞は10年ほど続いている。このBRASSカップ自体は今年で5回目となるが、三田が顧問になる前は顧問の意思で辞退していた。もったいない話である。

 今年も演奏曲は、夏コンの自由曲「イタリアの印象より第5曲ナポリ」であった。この曲は、もともとは交響曲として書かれた作品である。この第5曲ナポリが一番最初に書かれ、そのイタリアの風景を組曲として再編成された作品である。古き良き「イタリア」の雰囲気がでているが、吹奏楽のスコアがある物ではない。そこで三田の恩師である高山氏に依頼し、山田中学用に作られた作品となっている。このあたりの選曲は、まさに三田の好みであるが、コンクールには「選曲の挑戦度合い」なども加算される。簡単でみんなが知っている曲の場合は、演奏の完成度が相当高いレベルを要求され、難しい曲であれば作品加算があるので、ある程度の演奏が出来ればその加算を期待できる。そんなことも考えての選曲であろう。

 この曲は、オーケストラ編成でも吹奏楽編成でも難しいが演奏したい曲の一つであるようだ。難しいのは、中学生達の知識に「イタリア」とか、「ナポリ」と言われてイメージがわかない点。曲としては良いが、中学生にはちょっと理解させるのが難しいと思われる。また、実際に無料動画サイトなどにも掲載がなく、曲のイメージを掴もうにもスコア以外無いという点。スコアを見て初見である程度演奏できるレベルであれば、雰囲気もイメージもつけれると思うが、新2年生だとだいぶ無理があるのではないだろうか。
 練習も上手く進展せず、とりあえず演奏したという状況であった。とはいえ、そのレベルである事を再認識すると言うことも重要な事である。他校の音を聞くと、今の山田中のレベルがはっきりと分かる。どうしちゃったの?と言うレベルだったと言うことに気がつく。言い訳が出てくる。でも、いくら言い訳をしても、事実は変わらない。他校と比べると上手くないことに変わりは無い。他校によっては、4月から、夏コンの課題曲と自由曲しか練習しない学校もあるようだ。だから、なんだと言うことである。コンクールの為に、演奏しているのでは無い。心を一つにするために。たのしく心に残すために。コンクールは結果でしか無い。

 とにかく、スケジュール的にこなすと、次はいよいよ「コンサートシリーズ・夏」となる。

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 「コンサートシリーズ・夏」は、1年生は楽器搬送と、踊りで盛り上げることがメインである。そして、昨年はがんばって踊った美奈たち新2年は、昔を思い出すも演奏の練習で忙しかった。新3年の先輩たちは、優しくリードしてくれるので、新入1年のことよりも自分たちの演奏を向上させたい一心であった。もちろん、目標は、東海大会出場である。目標が東海大会であるのならば、かけ声は一つ上の「全国大会、いくぞ!」と決まった。

 聞こえは良いが、その割に練習はあまり真剣ではないようである。昨年の夏コンが、ダメダメと言われての県大会銀賞。そんなこともあり、今年は県大会で金賞で東海大会出場はもはや当たり前。ぐらいの思い込みがあるようだ。先年の夏コンは、3年生が少なかったため1年生でも何人かは出場している。そういった経験も含め、新3年生にはめきめきと腕を上げてきているスーパースターが5、6人もいる事が自信の根拠であるようだが、だからといって自分が上手いわけではない。練習しなければ上手くなれないのに、根拠のない自信が練習をサボる要因でもあるようだ。

 個人練習である、基礎練のロングトーンなどはほとんどせず話に夢中。そんな楽しそうな話に1年生も入ってきて、盛り上がる。練習時間が無くなりいきなり合奏練習、上手くいくはずもない。せめてパー練だけでもと思っても、意見が一致せず練習する人としない人との差が開く一方であった。それでも各パートにスーパースターがいるので、合奏となると下手が目立たない。むしろ、スーパースターを邪魔しないという面で上手く隠れていけるようであった。

 そんなまだ真剣モードになれぬまま、「コンサートシリーズ・夏」を迎えることになる。

 顧問の三田は、今年から「コンサートシリーズ」は、午前午後の2回演奏とすることにした。昨年のコンサートシリーズ春は、新1年生は踊るだけなので、1年の保護者は観覧できなかった。そんな不満も伝わっていたが、演奏の場を増やすという目的もあるので山田中学としては初めて午前午後の2回演奏と決めたのである。中学生の体力の問題もある。2回の演奏に耐えられるか、結局どちらも手薄になってしまわないか、そんな不安もあった。そのかわり、今年は、新1年の保護者も全員が見ても良いことになった。そのこともあり、午前の演奏を保護者中心として午後の演奏を地域住民中心としたことあって、1年生の保護者を中心に大勢詰めかけての、立見御礼であった。

 この「コンサートシリーズ・夏」の位置づけは、夏コンに向けての準備と,最後の3年生との演奏会である。

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 演奏会は2部制とし、第1部は定番の「アルセナール」から始まり、「インヴェクタ序曲」、「スケルツァンド」「イタリアの印象よりナポリ」となった。

 「アルセナール」は、このチームではおそらく最後の演奏となるであろう。また、一番完成された曲である事に間違いは無い。定期演奏会の時、バラバラになっちゃった金管も、なんとか揃って、このチームでは最高の演奏であった。やはり各パートにスーパースターがいることは大きいと感じる曲である。

 「インヴェクタ序曲」これも、この演奏が聴き納めである。スネアドラムの独特のリズムがわくわくさせてくれるようだ。安心して聴いていられる。中学生でもこんなに楽しい演奏が出来るんだと感じる演奏であった。

 「スケルツァンド」は定演から2回目の演奏となる。夏コンの課題曲で軽快なリズムで楽しい曲である。金管と木管の掛け合いが楽しい曲である。課題曲になるだけの曲で、盛り上がる要素がふんだんに隠されている。アルトサックスのソロが印象的だ。

 「イタリアの印象よりナポリ」は、華やかな金管とそれを支えるような木管。トリルが多くフィンガリングが難しそうである。メロディーはクラッシックで、ちょっとテンポが速い導入部から、しっとりとしたスローテンポに移行し、活気の良いイタリアの地中海性気候で暖かくのんびりとした田舎の風景が見事に混ざっているようである。
 やはり、指が追いつかない、音が転ぶと言った店があり、まだこのテンポについて行けていない感じがした。しかし、こういった難しい曲にチャレンジしていくという意気込みは感じられる曲であった。しかし、今のままでは、県大会も難しいかも知れない。練習不足。ひと言で言えばそうであるが、まだ何も詰められていない、とりあえずメロディーは演奏できました、と言うレベルであろう。

シーズン1第15話コンサートシリーズ夏イラスト350-min

 一方、第2部は、子供から大人、高齢者等の地域住民で楽しめる曲ということがテーマである。「ミッキーマウス・マーチ」「津軽海峡冬景色」「恋」「ジャパニーズ・グラフィティXIV 嵐メドレー」「銀河鉄道999」である。
 今回ここで新たに演奏したのは、「津軽海峡冬景色」である。演奏会を多くやるには、上手く曲を回さなければならない。今回の演奏は、3年生にしてみると集大成である。今までで一番良かった曲を集めるのが良いが、一つぐらいは全く新しい曲も演奏したい。かといって、難しい曲は夏コンの練習に影響するので、ちょっと面白系の息抜きのような選曲であろう。

 そして、1年生は「恋」で恋ダンスを踊るのである。「恋」の演奏は2年生だけであった。その間、3年生は次の演奏の準備を行っている。
 定期演奏会では、KPT48が協力してくれて、楽しいダンスであったが、今年は新1年生が踊るのである。とはいえ、流行った歌でもあり、みんな楽しそうであった。元々踊りが複雑でもあり、なかなか揃うことも無いが、これはこれで楽しかった。しかし心の中で、もしかしたらKPTが乱入してこないかなぁという期待も残っていた。2年だけの演奏と言うこともあり少し寂しい音であった。

 次の曲は、「ジャパニーズ・グラフィティXIV」である。これは逆に3年生だけで演奏した。3年生は部Tを着ての演奏である。この第2部は、1年生は経験していない、この3月に行われた昨年度の「定期演奏会」の第2部をイメージして新1年生と、地域の皆様にご披露するという思考として、昨年度初めて作った部Tでの演奏とした。さすが3年のスーパースター達。テナーサックス、クラリネットは、中学生の音では無い。フルートは、双子の兄弟と、もうひとりの3人共が、スーパースターである。

 そしてフィナーレは、2年生も部Tを着ての「銀河鉄道999」であった。最後の挨拶は、1年生もステージに上がり、総勢86名が勢揃いした。

 高校吹部の場合は、中学で経験してきた新1年生が多いので、即戦力と言うこともあるが、ここが中学校。総勢での演奏はまず無いと言うことである。定演の時は、3年生を招待し演奏してもらうが、ほとんど練習が出来ない中での文字通りの「ぶっつけ本番」である。それでもなんとかなる3年生ではあるが、6月この時期では、3学年のフル演奏は無理である。

 そして、演奏会が終了すると、自然と会場入り口から階段にかけて1,2年生が列を作り、3年生を送り出すような感じとなっていく。3年生の中には泣き出す子もいる。まだ、これから夏コンがあるのに、もう全て終わっちゃったかのようである。これからがむしろ本番なのだが、3年生との楽しい「演奏」がこれで終わること。だんだん寂しさが増してきているのである。まだ2年生は練習不足を感じている。この大好きな3年生の足を引っ張らない。スーパースターの足を引っ張らない。そして、みんなで「東海大会に行くんだ」という思いで感涙したのであろう。

 観客は、午前の部が、保護者として90名、午後が一般で146名で、合計236名と発表があった。山田地区生涯学習センターホールは、もともと300名の講演会をイメージして設計されている。ステージも狭いので、吹奏楽部だと、最後部のパーカスと、トランペット、トロンボーンが並ぶだけである。仕方が無いので、ステージ下のフロアに、指揮者を中心に3列の扇形に並ぶように配置した。そのこともあり、椅子は120脚セットした。もちろん、1年生がダンスを披露するので、左右、中央通路も広めに明ける必要があるからだ。どうしても200名超のお客さんに対応させるには、2回公演出なければならない。それも、保護者と分けることで、立見を減らし良い結果であった。

 もう、後戻りは出来ない。これからの1ヶ月は、夏コンあるのみである。

 めざせ!東海大会♪

かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎氏 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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