かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。
めざせ!東海大会♪ シーズン2
9月に新体制となり、わずか3週間後に山田学区運動会があり、その演奏を引き受けていた。昔から引き受けていたのだが9月というタイミングは、新体制になったばかりで、曲の編成が出来ていたいこともあり、ここ数年はお断りをしてた。顧問の三田体制となり、とにかく演奏会に出て行こうと体制を整えることも含め、その第一歩として引き受けたのである。
小さな演奏会であるが、ハードルは高い。まず、屋外演奏である事。そして、アウェイなので楽器も含めて移動がある事。そして自分たちだけでなく、他の団体の主催事業であり調整などが必要なこと.などである。楽器の搬送は、新しい保護者会の仕事であり、その運び出しや、準備は生徒たちの初めての仕事である。
この楽器の運び出しが意外と大変である。まず、1年の女子はまだからだが小さく、大型楽器をひょいと持てるはずもない。チューバなどは運ぶ生徒の方が小さく「あれっ、楽器が一人で動いている...」状態である。山田中学校のいつもの合奏練習は3階のフロアで行う。そのこともあり3階の教室がパー練の場所である。楽器の運び出しとは、この3階から下ろして搬出し、また3階に戻すと言うこととなる。吹奏楽部は体力、腕力が必要である。文化系の運動部と言われる所以である。
屋外演奏で、しかも下地はグラウンド。細かな砂は楽器の大敵である。特に楽器を組み立てる際、接合部に細かな砂が入ると楽器に傷がついたり、わずかな空間でゆがんだり空気が漏れたりする。楽器を組み立てるときが一番大変で、そのため砂が入りにくい場所を確保しなければならない。
学校外の団体との交渉。連合町内会の体育部との調整である。大型楽器を運ぶ軽トラックを準備してもらうことになっているが、曲が決まらないと運ぶ楽器が決まらない。顧問の三田は、こんな小さな演奏会一つ、適当にやるのは嫌である。ギリギリまで曲を選び楽器を選んでいるため、配車の都合がなかなか取れない。楽器搬送が大変なので、「あらかじめ、これとこれと決めちゃいましょう」と、保護者会の役員が言う。「前の先生はそうしてくれたよ」ということだ。でも、美奈の父はその提案を退けた。我々保護者会が、曲の選定に口を出してはならないと言った。ギリギリまで調整した結果、大型楽器は、マリンバ、シロフォン、グロッケン、ティンパニー4台、ドラムセット、スネア、コンガ、ボンゴ、コンバス2本、エレキベース、チューバ2本、ユーフォ2本、バリサク2本。なるほど、結局フルセットである。軽トラック1台では足りず2台手配することとなる。わずか1日前のことである。マリンバ、シロフォンは分解が出きるが、時間が足りないことで、そのまま輸送することとなった。
新部長の花愛の初めてのイベントである。昨年やっていないので、イメージがわかない。何を準備しなければならないか、何を注意しなければならないか、全く分からないまま、とにかく前へ進もうともがいていた。もちろん、周りのパーリーも分からない。とりあえず、手持ち楽器のパートは自分のことだけはなんとかなると気軽であった。一方、パーカスや、チューバ、バリサクなど、大型楽器ははなから自分じゃ移動できないので、誰かの指示を待っている。楽器の搬出は、コンサートシリーズをやるときに、隣とはいえ搬出している。でも、その時は先輩が指示をしてくれた。今、指示する人が誰もいないことに気づく。で、みんな「部長!どうする?」と、指示を仰ぐ。でも、部長も全てを把握しているわけもなく、指示が二転三転する。そもそも、1年は訳も分からずぼったってるだけであった。
その楽器をこっちへ置いて、といっても、「こっちってどこ」ということから、「どの楽器?」「一人じゃ持てない」「どこを持つの?」「分解の仕方は?」....結局誰も動けないのである。
琴音は率先してティンパニーを3階から下ろしていた。2年生のパーカスは3人。1年を入れて6人のパートである。ティンパニーを下ろすのに4人は必要である。4台のティンパニーを下ろすのに4往復したこととなる。問題は、他のパートの部員達は、自分の楽器やパートのことしか頭になく、膨大なパーカスの楽器の搬出に関心が無い。それどころか、どこをどう持てば良いか、何が必要か全く分からないが、肝心のパーカスのパーリーが動いているので指示が飛ばない。顧問の池田がいちいち指示をしなければ、何も搬出できなかった。
楽器搬送350-min
顧問の三田から檄が飛ぶ。「ちゃんとやりなさい!」でも、どのやり方が「ちゃんと」かが、分からない。
あまりに動かないので、保護者が手伝いだした。すると顧問から「おかしいんじゃないですか、皆さん!おうちの人が動いて何で皆さんが動かないんですか?これは皆さんの仕事ですよ!」と檄が飛ぶ。保護者には「すみません、手伝わないでください」と。
しぶしぶ楽器を持つが、あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、落としそうになり、「ちゃんと持ちなさい!」とまた檄が飛ぶ。予定時間をどんどん過ぎていく。とうとう、連合町内会の人がトラックの上で整理して、ロープで固定しはじめた。なんと、コンバスをソフトケースの上から縛り上げたので、さすがの先生も慌てて、「あーっ、それは結ばないで!」と。無理もない。楽器のことが分からない人には、ただの「荷物」である。
指示系統が1本しかないので、あっちもこっちも同時に指示が出来ず、結果誰も動けなくなってしまっていた。
絵里は、大事そうに自分の楽器バスクラから手を離さない。新品で買えば150万円はするであろう。そのことが分かっていて、しかも、学校に2台しかないこともあり、扱い方が他の部員は分からないことを理解している。そのため、絶対に手から離さないのである。しかし、これでは楽器搬送の指示が出来ない。美奈ももちろん、絶対にオーボエを手からは離さなかった。オーボエは片手で持てるし、肩から掛けることも出来る。その姿勢で重たい楽器の搬出の手伝いをした。
会場では、ブルーシートを敷いて設営をはじめていた。軽トラが到着しブルーシートの上に楽器を下ろすのも、気がつけば花愛が一人で動いていた。他の部員は全員でブルーシートを囲んで眺めているのであった。見かねた誰かが、「花愛、大丈夫?」との問いに、「大丈夫じゃない!」と、半ギレであった。大型楽器が降りると今度は手持ち楽器グループが、自分の楽器を組み立てはじめる。いやいや、そこで組み立てじゃだめだって!
部長の花愛が、保護者会の会長に「すみません、楽器を組み立てるために、体育館を貸してもらえませんか?」と、やっと声を出せた。美奈の父も、そうなれば動くことが出来る。すぐに町内会の体育部と調整して、体育館を開けることが出来た。大型楽器は一旦体育館に運び、組み立てて搬出した。しかし、山田小学校出身の子にしてみれば、久しぶりの母校である。体育館に座り楽器をケースから取り出しながら、物思いにふけるのである。そうそう、こんなこと合ったよねと、幼なじみの会話が始まる。美奈の父が見かねて声をかける。「早く準備しよう」。しかし、いまのこの子達は小学生に戻っているようだった。
エレキベースを持ち込んだ。ということは電気がいる。手配はしていなかった。急遽リールを借りて伸ばすがわずかに足りない。そこで、家庭用の延長コードを借り受けてつなぐも、電圧が低下してアンプの音が小さくて聞こえない。担当は1年生であったが、そんなこと分からず、上手く先生に言えない。その子なりに考えて、ベースの位置を反対側にしたいと申し出るも、却下される。それを見かねて、美奈の父が顧問の三田に、「電圧低下で音が出ない」旨申し出て、やっと場所の変更が認められる。その調整をしている間、他の部員がバラバラになる。
準備に手間取り、スタートが遅くなった。予定していた曲を2曲もカットすることとなった。
* * *
入場行進は、もちろん「アルセナール」である。が、「やるせなーる」であった。屋外ということもある。フルートの音が聞こえない。チューバもユーフォも分からない。そもそも音もタイミングも合わない。不協和音である。それもあるのか、だんだん下を向いて小さな音となっていった。アルセナールのテンポは、昨年よりもさらに遅く、行進曲と言うより躓いてしまいそうであった。
優勝旗返還は「得賞歌」である。そして、国旗掲揚は国歌「君が代」の演奏。不思議なことに、これらの曲はすんなり演奏できた。イメージしやすいのであろう。
そして、「小さな恋のうた」と、「ジョイフル」であった。
シーズン2山田学区運動会350-min
「小さな恋のうた」は、もともとは「モンパチ」の代表曲であるが、新垣結衣と3,000名の中高生で結成された「少年少女ガッキー団」がカバーし、反響を呼んだ曲である。優しいメロディーにソロが主旋律を支える静かな曲である。運動会の曲としてどうかは別として、このソロが、オーボエの美奈が指名された。ソロの部分の音階は、フルート、クラリネットでも対応できるが、顧問の三田は美奈を指名した。ここにいろいろな憶測を呼ぶ。美奈の父が保護者会の会長をやっているからとか、美奈がいつも先生の言うことを聞いているから、えこひいきしたとかである。まぁ、先生も人間なので、いろんな感情はあるであろう。でも真相は、そこではなかった。
美奈は、1ヶ月前の夏コンに出ていなかった。3年生と2年生併せて55名だった当時、夏コンに出れるのは50名。オーボエは3年の先輩がいるので、2本はそもそも厳しかった。でも顧問の三田の配慮で選曲はオーボエ2本でも対応できるようになっていた。しかし直前の楽器組み合わせ変更の末、本番10日前に外されたのである。そこはそれで苦渋の選択であった。オーボエはその上がいなかったので、3年の先輩は、1年の時から夏コンに出ている。今回は3回目となる。一方、美奈は1年の時はまともに音も出せなかったこともあり出ていない。来年3年の時、東海大会を臨むメンバーとして今年体験させておきたいこともあった。美奈は美奈で、オーボエ2本は難しいことはなんとなく感じてはいたが、大好きな先輩ではあるが、ここは実力で勝ち取りたいと思っていた。事実、高音域は先輩の方が上手かったが、低音域は美奈の方がうまかった。美奈自身は実力で出れると信じていた。また、夏コンの最後の追い込み練習にさしかかると、暑さもあるのか、先輩が椅子から倒れ、しばらく体調不良で練習を休むこととなった。練習にほとんど来ない先輩と、今練習でどんどん向上している自分と、どちらが選ばれるか自信があった。2人体制は、こういうためのサポートである。しかし、結果は全体の音のバランスと言うこともあるが、2本出ることはなく、その1本も先輩であった。
顧問の三田は、そのことを、トラウマにしたくはなかった。他のパートは人数も多く、一人一人の本気度はその分低かった。それに対し、いつも先輩との2人体制でソロはいつも先輩という構図から抜け出そうと、先輩を支えながらも挑戦する美奈の姿は、えこひいきではなく、引っ張り上げたいという思いが強かった。とはいえ9月の9月。その準備に時間は無い。三田の独断で決定した。
演奏は、広いグラウンドでの、元々音の小さなオーボエのこと。ほとんど聞こえる音ではなかったが、美奈にとって初めてのソロであった。列から離れ、指揮者の後ろまで進み出て演奏する。終われば礼をして、そして列に戻る。この新体制で2年生の初めてのソロである。もともと、オーボエはソロ楽器である。ずっと暖めていたイメージ通りに堂々と演奏をした。
終盤にフルートパートのソロがあり、フルートパート5名がステージ中央に立った。一人目立つ子がいた。例の彩である。フルート5人の中心に立ち、とにかく前へ前へと音を出していた。上手い下手の問題ではない。とにかく音を前へ出そうとしていることは見ていてもよく分かった。
「ジョイフル」は「いきものがかり」のポップス系の曲である。リズムに乗りメロディーがパートを移っていき、全パートで弾ける曲である。クラリネット、フルート、金管とパートごとソロが入り、賑やかな曲で、運動会の応援としても元気が出る曲である。
トランペットも、ボーンも全く音にならない。出てはいる。でも自信が無いのでとにかく小さい。そもそも、トランペットもボーンも音が出る楽器である。それが小さいので、もにゃもにした演奏であった。ひと言で「ばらばらで気持ち悪い」。何度も練習の時、優子が「もっと大きく!前へ飛ばすように!」とパートに言うが、そもそも、譜面を覚えていないので、前を向いて演奏すること自体が無理。ボーンもペットもみんな譜面とにらめっこである。指を間違えると、怖くなり次の指を押せなくなり、エアー演奏となる。
結局、用意した曲2曲を残して撤収となる。こんな小さな演奏会に4曲も用意することに無理があるのかも知れない。でも、顧問の三田は、そうは思っていない。三田のイメージは、1曲あたりにかかる時間は1週間程度のようである。譜面を与え、各自個人練、パー練をして、1日前に通しで合奏練習で仕上げる。そのスピード感を持たせようと思っていた。最初から出きるわけはないが、最初から目標を下げるといつまでも出来ない。しかし、上手い下手はともかく、準備に手間取り2曲残すということは想定外であった。がんばって持ち込んだ、マリンバやら、シロフォンやら、一度も日の目を見ることもなく毛布のカバーが掛かったまま撤収することとなる。
* * *
さて、時間が押しているので、すぐに撤収である。さすがにもう何をやるのかは分かっているようで、先ほどよりは動きは良い。楽器の分解は体育館で行い、みんな小走りで動いていた。
ペットの杏が、美奈の父に「マウスピースが外れないので、手伝ってください」と言ってきた。自分のではなく後輩の物である。慌てて組み立てたのか、強く締めすぎて外れなくなってしまったようである。それを見つけて先輩としてフォローしているのであった。何回か力一杯回そうとするが動かない。小走りに水道の処まで走って行き、水を掛けたり温めたりして試みるが、全く動かない。ぱっと見ると美奈の父が立っていたので、そのまま飛び込んだようだ。ところが、マウスピースは大人の男の力では訳なく外れて、「あれっ!」と思わず笑うのであった。杏は、おそらく今日初めて笑ったのではないだろうか。パーリーとして気を張っていると同時に、自分自身の演奏に自信が無く緊張しいつもの冷静な判断が鈍っていると感じていた。
ドタバタしながらも、撤収は早かった。上手く出来なくて恥ずかしいという気持ちもあった。町内会なので、知った人も多くいるので、早く逃げたかった。でも、それだけでなく、初めて「達成感」を感じてもいたのである。
楽器の置き方、運び方、積み方、積む順番。組み上げ分解の方法や注意点。そんなことは、吹部にいたらあたりまえのことであり、今更人に聞けない様なことであるが、今まで指示に従っていただけであり、自分の経験になっていなかったのである。自分の楽器を買った人は、その値段の高さも含め大事に思うのであるが、学校から借りている部員にとって、それがどれだけの価値かはよく分からない。「高価な物」という割には、メッキは黒ずんでいたり、下地の真鍮が出ていたりと、どうも「きれい」じゃない。大事に扱えと言われてもピンとこないのである。
さりげなく机の角にぶつけてみたり、分解の際勢い余って落としてしまったりと、雑な扱いである。なるほど自分達が1年の時、先輩に思いっきり怒鳴られたことを思い出した。
危ない持ち方をしていたとき。無意識に楽器を持っていたとき。相当な剣幕で怒鳴られたことがあった。その意味が、今1年生の動きを見てやっと分かったようであった。「それじゃだめ!」と、勢いよく怒鳴らないと、その先は「ゴツン」とやっちゃうのである。
相手に伝わるようしっかり説明する時間がとれないこともある。言われた方は、確かに意味が分からない。でも、だからといって見ているのでは、だめであろう。時として、相手の意思を待たずに「怒鳴って制止する」事も必要である。
美奈は、1年生のクラの子が黙って何度も落としているのは気がついていた。どうやって注意しようか迷っているうちに、部品が外れて音が出なくなってしまった。さすがに「ひとこと」言おうかと動こうとした瞬間、部長の花愛が大きく強い口調で注意した。幸い小さなネジが外れただけで、手早く拾ってつけたら元に戻った。とりあえずこれで良いだろう。音の調整が必要かも知れないが、お金もかかることだし。とりあえず、音が出れば良いだろう。
楽器が大切なこととは、なにも高価な物だからだけではない。自分とコンビを組む楽器である。楽器は吹く人に併せて音色が変わっていくとも言われている。単なる器具ではなく自分とともに時を重ねる大切な相棒である。そう思えるようにならないと、おそらく「良い音」は出せないだろう。
そんなことを、美奈も花愛も、また杏も感じていた。特に自分で楽器を買って所有している部員は十分すぎるほど分かっていた。やはり学校の楽器を借りていると、愛着も湧かないのだろうか。
この時期に、演奏会を行うことはそれなりにリスクが大きいことである。でも、敢えてそこにチャレンジしたのである。ダメダメな自分を知ることである。出来ると思ったことが出来ないことを気づくことが必要である。そして、出された課題を、一つずつ解決していけば良いのである。
そして、顧問の池田にとって、3度目の「東海大会」へのチャレンジが始まったのである。
めざせ!東海大会♪
※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。