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第03話

ソロコンテスト

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 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 吹奏楽の中心である管楽器というものは、一旦吸い込んだ息を、マウスピースなどを通じて管に吹き込み、その唇やマウスピースによる振動を管壁に響かせて「音」を作る楽器である。小学生の時にリコーダーを経験したことはあるだろう。リコーダーと、吹奏楽で使うメインの管楽器と決定的に違うところが、この空気の振動を作る部分の構造である。リコーダーは、あらかじめ吹いた空気の流速を高め、方向を整え、一定の角度で管の縁に当てられるように、あらかじめ構造体として造られている。その為、誰が吹いても、一定の「音」が出る。「音」を作る物理的構造は、フルートに極似している。例えれば、コーラの瓶の口に斜めに息を吹き込むと、「ぼぉぉぉ」っと音が出る、この原理である。フルートは、その管の縁に空気を当てる際、唇の角度、唇の開き具合等を演奏者自身がコントロールすることで、より幅広い表現ができるように自由度が広い構造となっている。リコーダーは、この部分を不可逆的構造体で造られているため、誰でも吹ける代わりに、音の表現の自由度がきわめて狭い。
 フルートの事を「エアリード」と呼ぶことが多い。リードが無いリード楽器という表現である。それ以外の「木管楽器」は、リード楽器と呼ばれている。また、唇の振動だけで音を作るのは「金管楽器」と呼ばれている。いずれにせよ、誰でも息を吹き込めば「音」になるわけではなく、初心者が一番苦労することである。

 一度、音を出すコツをつかむと、比較的簡単に「音」を出せるのだが、吹き込む息の量が一定で、唇が一定でなければ同じ音を出すことができない。逆を言えば、管楽器は管に穴があいてキーがあろうが無かろうが、唇と息量を変えるだけで、音階を出すことができるのである。もちろん、穴があいていて、振動を起こしている所から、穴までの距離を変化させることで、音階を作る方が簡単で、また瞬時に音を変化させやすいから、いろいろなキーが付いているのであるが、このキーを押せばだれでも同じ「音色」になるかと言えば、そうではない。ここが難しいところである。
 また、息の吹き始めは妙に流速、流量が強く、息切れ寸前だと息量が減る。当然、音もそこで変わる。このことは、金管楽器に堅調に現れる。金管楽器は、ノンリード。リードが無い分、自分の唇だけで音を作るので、自分が意識しなくても唇の形が微妙に変わったり、疲れてきて唇がゆるんだり、逆に力を入れ過ぎたり。平気で音が変わる。その音が半音ずれた、とかならまだしも、波長と管長の関係で「ド」と「ソ」が息量だけで出せたりする。逆に言えば息量や唇のわずかな動きで勝手に音が裏返ってしまうのである。更に、1オクターブ上、若しくは下の音も、息量だけで使い分けることができるのである。
 そのコントロールができるようになれば良いが、なかなかそこが難しい。初心者は、音を出した瞬間低すぎて、あわてて息量を強めると、一気に「ド」ではなく「ソ」に裏返ってしまったり、長く吹いていると、息が続かなくなり、がんばって息量を強めると、1オクターブ上の音に裏返ってしまう。無意識に音が変わる。指が間違っているのではなく、息量、唇の形(アンブシェア)が違うのだ。

 そのため初心者は、まず「音」を出すこと。さらに、正確に「音」を出し続けることの練習をする。これが、ロングトーンと呼ばれる練習法である。キーは全閉とし(一番出しやすい基音)息を吹き込む。まずは、この音が正確な「音色」であるかを調整する。
 クラリネットや、トランペットなど、吹奏楽の管楽器の多くの「基音」は、B♭(ベー)である。ドレミでいえば、シの♭という音である。いわゆる「ド」より1音低い音である。で、この音をその基本でいうところの「ド」と表現し、楽譜なども「ド」と書かれている。もちろん、その「ド」は基音の違う楽器、例えばC調のピアノでいう「ド」とは違う「音」である。
 難しいことはさておき、その楽器でいうところの基音「ド」をとにかく正確に吹く。その為に、チューナーと呼ばれる電子機器を使って吹き方を調整し、何度もその音をだし、また、何度も聞いてイメージを作る。
 正しい「ド」を聴き分けて、出す。ここが大切である。

 その後、その「ド」をずっと出し続ける。最初と中盤と最後で音色が変わっては駄目である。「ぶぉぉぉぉぉー」と、8秒程度長く吹き、息継ぎしたらまた長く吹く。ひたすら吹き続ける。これが単調でつまらない。でも、ここができなければ次へ進まない。多くの吹奏楽器初心者はここで嫌になる。綺麗に「ぼぉ」って出ればよいが、「ぶぼぉぉん」と、まるでホラ貝の様だ。
 呼吸法は、腹式呼吸である。いわゆる肺筋で胸を大きく広げて吸い込む「深呼吸」とは異なり、横隔膜を動かして腹部に空気を入れ込むような動きをする。でも、お腹を大きく膨らませるのではない。どちらかと言えば、脇から背中に掛けて息を入れ込むイメージである。それを均等に吐き出すのである。その際、腹筋に力を込めて、吐き出す勢い(流速)を高めるのではなく、圧力を高くするイメージで空気を押し出すようにすることで音をコントロールする。言葉で言えばそんなところだが、実際にどうやるかはやってみなければ分からない。

 つぎに、タンギング練習。
 唇の形、息量は変えずに、舌を前歯の裏側に打ちつけるように「トゥットゥットゥッ」と連打する。これで吹くと、「ぼ、ぼ、ぼ、」と音が途切れて連らなる。これをできるだけ早く連打できるようにする。

 そして、スケールという練習。
 「ドレミファソラシド」、「ドシラソファミレド」と、音階を登って降りる。
 「ドーーー」、「レーーー」、「ミーーー」….一音一音ロングトーンのように長く吹いて上下する。
 「ドレミファソラシド」と逆に一息で一気に駆け上がり、下がってくる。
 あわせもって、
 「ドーー、レミファソラシ、ドーーー」とか、
 「ドーー、シラソーー、ファミレドーー、レミファソーー、ラシドーーー」と長さを変えて、一息で吹く。などと、だんだん、メロディーのようになっていく。
 これらを組み合わせて、半音ずつ基音を変えて上り下りを1オクターブ登って降りてくる。都合12往復することができる。
 これが、基礎練習の基本である。もちろん、やり方はいろいろあるが、これが代表的だと思う。

 この基本ができて、初めてメロディーが吹けるようになる。しかし、ここが一番地味な練習で、長続きしない。こと、1年生となれば、まだメロディーを吹く事もなく、つまらない練習である。そのため、まだ「音」が出ていないにもかかわらず、メロディーを吹きたがるのである。
 それでも、何となく音が変われば楽しい。ちょっと違うなと気がついて吹き直すようになれば、それもまた練習の効果である。しかし、一気に合奏となると逆効果である。それは自分が間違えても、他の人が合っていれば目立たない。なんなら、いつも間違うのであれば吹いたふりで音を出さなくても、わかりゃしない。そんな気を起してしまう。いわゆるエアー吹奏楽である。まぁ、一般的な楽器ならそれでごまかせるが、トロンボーンは無理である。どうしても右手の動きが大きいので、明らかに分かってしまう。
 まさに前回の運動会での演奏は、そのものであった。いきなりの屋外演奏という事もあったが、音が小さく音が合わない。かろうじて「メロディ」が聴き取れるレベルである。それでも、多くの人の前で演奏したという達成感はあった。

 管楽器はそんな特性があるので、自信を持って息を吹きこむことが「良い音」を出す基本である。どちらかと言うと、技量よりも度胸。基礎練習だけでも長続きしないし、合奏やっても誤魔化しちゃう。それではと、顧問の池田は考えた。
 部内ソロコンをやることとした。

               *     *    *

 全国コンテストとしてのソロコンテストもあるが、そのレベルではない。あくまでも、部内でのゲームである。だれでも楽器をやれば「ソロ」をやりたいと思う。「メロディ(主旋律)」を吹きたいと思う。いつも「伴奏」ではつまらないと思うものである。とは言え、同じ楽器が何本もあれば、「ソロ」は上手い人に決まっている。いつも、顧問が「あなたが吹きなさい」と決めている。何を基準に決めているのか、というか、どれが「上手い」のか、それすらよくわからないので、「なんで自分が指名されないか」が理解できない。そんな思いが「先生は、誰それちゃんが好きなんだ」などという憶測を呼び、チームワークに影を差すこととなる。
 それでは、みんなにソロを吹いてもらって、どちらが良かったか、みんなで多数決で決めましょう。全部員トーナメントで競いましょう。という事となった。
 もちろん、「誰それちゃんが好きだから」手を上げるのでは意味が無いので、「良かった」理由をみんなに話すこととなる。トーナメントなので、勝負は1度きり。上手い者同士が当たる事もあれば、トッププレーヤーと、まだ音が出ない1年生と当たる事もある。そのうえで、みんなで順位を決めてみよう。
 ただし顧問の三田は、ここでの順位は興味が無い。それよりも、この課題をこの子はどのように料理しているのか、対戦相手が分かった段階でどのように練習するかという、姿勢を見たかったのである。今の段階での上手い下手は、あんまり関係が無い。子どもの成長を考えれば、そんな順位はいくらでも変わるであろう。そうではなく、子どもたちがどのように課題を捉えて、ゲーム感覚であれどのように競っていくのか。前へ出たがる子もいるであろうし、引っ込み思案の子もいるであろう。まさに、ひとりひとりの面接の様な機会であった。
 当然、ここでの行動を見て、次に来るアンサンブルコンテストの組合せを考えるためのデータとなるのである。

 そんな思いを知ってか知らずか、美奈たちは、選曲から楽譜集めまで、自分達で奔走した。曲は自由なので、自分しか知らない曲でも良いし、偶然同じ曲を何人も選曲しても良い。もちろん、途中で変えたって良い。何でも好きなように選曲して演奏すれば良い。そして、部員全員の表評価を受けるのである。

 美奈が選んだ曲は、宮崎駿監督のアニメ「魔女の宅急便」から、「海のみえる街」であった。オーボエの音色がストーリーのもつ優しくも壮大なスケールを彷彿させる有名な曲であった。楽譜を入手して、暇さえあれば、無料動画サイトを何度も繰り返して聴き、イメージを作る。お風呂に入る時、ジプロックにスマホを入れ風呂場に持ち込み、ボリュームを上げて再生した。お風呂場の響く環境がイメージを膨らませる。
 そして、ほぼ音を聴いただけで暗譜できるほど聴き込み、楽譜で確認をした。あとは何度も吹く。とにかく最後まで吹く。だめなところを何度か練習する。そしてまた、最後まで吹く。

 楽器は自前であったこともあり、毎日持ち帰ってくる。今までは家で練習することはなかった。それでも、ソロコンは自分との勝負である。見たいテレビを見終えて、食事も終えたひと時、いつもならば、ゴロゴロとしているのに、このところちょっと変わっていた。オーボエを取りだしスケールを何本か練習すると、ソロのメロディーを吹いてみる。楽譜で確認し、弱いところにマークを入れる。トリルキーのフィンガリングを何度か練習する。そしてまた最後まで吹く。無料動画アプリを聴く。そしてメロディーを唄ってみる。何度か唄ってみて、そして吹いてみる。何日かすると、音だけが規則的に平べったく流れていたのが、丸く自然な強弱が付き、まるで唄っているように表現できるようになってきた。まだ、それでも左の薬指と子指が引っかかるようで、時折、音が転ぶ。
 そして、部内ソロコンが始まった。1回戦、2回戦と勝ち抜いてきた。

 次がクラリネットとの対戦となった。前評判では相手は結構うまいらしい。そして作戦を急きょ変更した。相手と同じ曲に変更をしたのである。「いつも何度でも」この曲は部内で人気があり、何人かがこの曲で勝負していた。それもあり、同じ曲で勝負したいと考えた。とは言え1週間しかない。楽譜はコピーさせてもらい、初見で最後まで吹いてみた。同じように、無料動画アプリでイメージをつかむ。口で唄ってみる。そして、楽譜で確認しながら慎重に吹いてみる。何となく暗譜できたら、一気に最後まで吹く。2年になれば、ある程度曲の流れが解れば、楽譜は初見で吹けるらしい。もちろん、最初からうまくは無理である。とりあえず、吹けるという段階である。そしてその中で、どこが難しいか判断し、部分的に何度か練習するといった具合で、一つ一つをつぶしていった。

 ビブラートこそ、やり方が解らないが、音の強弱は唄っているように表現できるようになってきた。この状態は、この音合ってるかなぁとか、次はどこのキーだったかと頭で考えながら吹いているのではなく、頭の中でイメージした音を自然と指が勝手に動き、自然に息量をコントロールできているという段階に入ってきたという事である。まだ、いろんなことが経験の薄い中学生のレベルである。豊かなイメージというわけではない。それでも、ここは強く大きくとか、ここは軽く、ここは弱く小さくと、自分なりにイメージし、それを「音」として表現しようとしている。どうしても音が急に高く飛んだり、低く飛んだりすると、その出だしが安定しなかったり、音自体が裏返ったりしてしまう。そこで、なん度も唄ってみた。ラララで口に出して唄うことで、音をイメージして、そのイメージのように頭で唄いながら吹いてみた。面白いことに、イメージ通りに音となるのである。「唄うように吹く」まさにそういうことであろう。

 これはソロの練習で付いてきた。いままでは合奏中心であるため、メロディーもあるが伴奏もある。曲全体のイメージがつかみにくく、機械の部品の様な「そこだけ」の表現であったが、全部を自分一人でメロディーを表現できるのである。もちろん、自分の演奏に対する責任も大きくなるが、その分、自分だけの表現ができる。だんだんとそのことが愉しくなってきた。

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 部内予選も、58名もいるので何日かかかる。平日は練習で毎週土日の一定時間コンクールを行い、それでも2週間ほどで、美奈はベスト8まで勝ち抜いた。
 最終的に、全員の順位を付けることはなかった。ベスト8のメンバーから準決勝4名進出。そして2名が決勝進出。1位、2位は個別表彰だが、3位(ベスト4)は2人いることとなる。5位(ベスト8)が4名いるという、ざっくりとした順位である。
 美奈は、この夏の「夏コン」は直前でメンバーから外された。その悔しさは、今解消することとなる。部内5位。これは、みんなが認める順位である。
 今まで、オーボエは先輩が1名いたが、いずれにせよ同じ楽器はわずか2名だった。3年の先輩が引退し、1年生が1名オーボエ担当となった。でも、2名のままである。他のパートは同じ楽器が何台もあり、みんなで練習したり、分からないところを教えてもらったり、気持ちを共有できるのに、オーボエはそれができない。みんなからは、フルートと同じ(音域が近い)とか、2枚リードだからファゴットと同じとか、ホルンと同じ(音色が近い)など、簡単にたらい回しされてきた。
 聴きなれた音という意味で、フルートとか、クラリネットは人気がある。運動会の演奏の時、誰がソロを吹くのと言う話題の中で、「フルートが良いね。だって音が綺麗じゃん」「オーボエは?」「オーボエって、クラの仲間だっけ?」そんな言い方されたことがあった。オーボエの音はあまり聞いたことが無いので、いつも誰もまともに聴いてくれない。そんな思いがあった。
 ここにきて、はじめて表舞台にあがった感じがした。

 部内ソロコンがもたらしたことは、現時点での個々の実力がみんなに理解されたことである。兄弟がいて家で練習していたり、先生を付けていたり、天性のものがあったりで、上手い下手の違いがあることが、公平に分かった。自分の位置も納得できる。その客観的な自分の実力を、今後どうやって高めていくのか。今はそこは良くわからないが、少なくても、自分より上手い人と比べて、何かが足りないことは理解できた。
 そして、この順位が決まったことに、しこりはなかった。みんなで付けた評価が絶対的な評価ではないこともわかるし、でも、今何が良い音か何となくでしかわからない自分達で付けた評価である。その評価の基準を含めて、今後学んでいかなくてはならないという事も、理解できたようだった。

 そして、この結果がもとになったのか、今年の12月に開催される、アンサンブルコンテストの組み合わせが決まったのである。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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