top of page

第06話

合同アンコンオーディション

めざせ!大集合14人衆900-min.png

 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 毎年この時期になると、アンサンブルコンテストに参加するメンバーの選抜が始まる。各パート上手そうな子を見繕ってチームを組ませるのだが、ここの人選が実はいろいろ面倒である。この子の方が上手かったとか、先生はあの子をひいきしているとか、いろいろな憶測が飛ぶ。自分の音もろくに出ていない状態で、人の音が良いか悪いか分かるものでもない。でもそういった憶測がチーム運営に於いて最もやっかいである。なぜか人はネガティブに考えたがる者である。

 昨年はアンコンの選抜を保護者にもオープンとして、審査員も学外から招聘して公開した。今年は更にあらかじめソロコンを行い、各自の実力や行動力などを観察して、チームを作ってみた。さて、今年は他校と合同のオーディションにしようと、顧問の三田は考えた。今まで交流のあった、清水の新蒲原中と合同でやることとなった。その他、交流のある数校と話を進めてみたが、各校いろいろな考え方もあり今回は見送ったようだ。
 そもそも、1年生も含めて全員がどこかのチームに入れて、全員でオーディションをすると言うところにちょっと課題が多いようだ。2年生の上手い人たちだけでチームを組ませることが一般的だったようだ。そもそも山田中のように部員数も多くないので、それが精一杯の対応なのかも知れない。部員数が多いということは、それだけ層が厚くなり、「選抜」する意味が出てくるようだ。
 ところが、新蒲原中の地元のお祭りへの出演が急遽決まり、アンコンオーディションの日に来れなくなってしまった。三田は急遽市内の中学に声をかける事とした。それに応じたのが大岩中だった。今年の夏コンで山田中に次いで「だめ金」だった、県内6位の中学吹部強豪校である。ここも山田中ほどではないが、部員数も多く、1年も含めた「選抜」を実施していたので趣が一致した。実は双方ライバルであり、相手の情報が知りたいが、こちらのレベルが分かってしまうのは躊躇したいそんな関係であった。

 合同オーディションとはいっても、それぞれの学校で「金賞」「銀賞」「銅賞」を決めて、それぞれから4チームを選抜するという事で、オーディションそのものが合同ではなく、会場を同じにしてお互いのの音を知りましょうという趣旨である。また、審査は双方から2名ずつだして得点として、総得点上位3チームを「金賞」とし、平均点割れを「銅賞」とする、大会とは違う相対評価である。そのため「いく銀」があるという選抜方法であった。

 会場は、山田中学の隣にある、山田学区生涯学習センターのホールを使うこととした。そういう意味で、山田中学は演奏出きるホールが隣接している点、有利である。このホールは、演奏を目的として作られていないため、音響的には決して良くないが、体育館の「大浴場」よりはかなり良い音響で、ステージもあるので、ちょっと本番をイメージしやすい。小さなホールとはいえ、みんなが真剣に聞き入る中での、ステージ上での演奏となれば、緊張は半端ないであろう。度胸を付けるためにも良い経験となるであろう。

 さて、最初の演奏は大岩中からであった。いきなり、選抜候補の木管五重奏で広瀬勇人作曲「コッツウォルズの風景」で構成はFl、Fl、Asax、Tsax、Bsaxであった。この冒頭がリーダーのアルトサックスとフルートの絶妙なハーモニーで軽快なリズムを子も仕出し、聴者の心をつかんむのは圧巻であった。山田中のメンバーは度肝を抜かれた。後半フルートが若干乱れるも、それまでのハーモニーは美しいものであった。このレベル、ちょっとやばいかも。同じクラリネット七重奏を組む、バスクラの絵里を中心とした、明日香、梨華たちは、目が泳いでしまった。こういった演出も自分たちにはない刺激になる。良い経験である。気になるのは、テナーとバリトンが時折向かい合って目を合わせるシーン。バリトンが後ろを向いているのである。息を合わせる仕草は悪くないが、体の向きを変えるのは、音としてどうなんだろうか。低音域なので音の指向性は低いとはいえ気になる点である。

 対する山田中トップバッターは、1年生の金管六重奏、ワルタース作曲「ピザ・バーティー」。構成はTp、Tp、Hr、Ep、Tu、Tbであった。1年のこの時期では金管は難しいかも知れない。
 ピザを容器に回して焼きながら華やかなパーティーが進行しているイメージであったが、うーん、まずテンポが遅くてピザが回らない。各楽器とも音が合わないので、ハーモニーが取れない。それどころか指が追い付かないのか、どんどんテンポも落ちていく。おいしそうのはずのピザが団子のようになり、あっ、落とした...という感じであった。

アンコンオーディション350-min


 二番目は気を取り直して2年生の木管五重奏。ファルカシュ作曲「17世紀の古いハンガリー舞曲」であった。構成は、Fl、Ob、Hr、Fg、Clである。彩のフルートと美奈のオーボエのメロディー進行に、美由のファゴットが被せてくる。優雅な古典的な音である。彩はすでに1年とは別れて上達していた。美奈はこのために彩を他の高校の学園祭に連れ出して、交流を図った。その結果二人の息はぴったりとなる。美由とは2枚リードの仲で元々気が合うこともあり、このメンバー、息が合っている。

 さて、お次は1年生の混声八重奏、松下倫士作曲「二つのバカテル」構成は、Fl、Ob、Cl、Tp、Asax、Tsax、Fg、Cbの大編成である。
 しかし一つ一つの音が定まっていないので、音程が合わないしテンポも合わない。次第にテンポが下がり止まる寸前であった。木管なので、それほど大きく音程が変わるはずがないと思いたいが、自然発生の予期せぬビブラートは気持ち悪いという表現以外に何があるだろうか。

 さて1年の金管四重奏と続く。イギリス民謡の「ロンドンデリーの歌」である。構成はHr、Hr、Tb、Tbであるが、嫌な予感がすでにしていた。
 いきなり譜面台が落ち、トロンボーンを持ちながら直そうとするが、トロンボーンが邪魔でしゃがめない。もたもたするあたりから見えてきた。
 そもそも、1年で金管の合奏は無理と思う根拠は、ホルンとトロンボーンの音程の難しさである。それが組むと、むしろ「さらし者」である。よく演奏を最後まで続けたというその気持ちは褒めてあげたい。ふざけているのではない。真剣である。せめてそこが救いであろう。しかし、この「恥をかく」ことは大切である。一見かわいそうに見えるけど、ここを乗り切ってこそ、舞台を味方につけれるのだ。

 気を取り直して、2年のクラリネット七重奏。ネリベル作曲「コラールと舞曲」構成は、Es、Cl、Cl、Cl、ACl、BCl、BClであり主力メンバーである。明日美のクラリネットがリードして、梨華のエスクラが高音を作り、アルトクラが主旋律を支える。そして絵里のバスクラが下から突き上げてくるベスト構成である。
 しかしながら、舞曲でありながらちょっと踊りにくいテンポである。全体的に盛り上がりに欠ける演奏であった。メンバー的にもおとなしい性格がそのまま出ているのかもしれない。自分たちの性格よりも、曲の性格を出してほしいものだ。

 さて、お昼休憩を挟んで、今度は山田中が先行する。午後のトップバッターは、2年のサクソフォン五重奏。福田洋介作曲「さくらのうた~FIVE」構成はSsax、Tsax、Bsax、Asax、Asaxである。サクソフォンパートは昨年県大会出場をしているので、今回も注目されていた。
 ソプラノサックスは、部長の花愛である。アルトサックス担当であったが、早くも主役を明け渡しソプラノ担当となっていた。しかしそれには練習の期間があまりにも短く、音程も音色も定まっていなかった。高音が外すとこれほど惨めな演奏になる。まさにそのものである。ソプラノがない4重奏の合奏は見事にハーモニーが絡み合い良い感じである。このことは花愛にとって、非常に悔しいことである。アルトサックスだったら誰にも負けない自信があった。でも直前の楽器変更。しかも音色的に目立つソプラノサックスとなると、致命的である。

 次は2年の金管八重奏。森田一浩作曲「テルプシコーレⅠ」構成はTp、Tp、Tp、Hr、Tu、Ep、Tb、Tbである。杏のトランペットがリードして、奈菜のホルンと美咲のユーフォが厚みを支える。しかし、みんな中文連の悪夢からまだ醒めていなかった。運指的にはみんな合っていると思うが、どれ一つ音が合わない。杏のトランペットも相変わらず音は小さいままである。ただ一つ、姿勢だけは背筋を伸ばし楽器を水平に持ち前を見て演奏する。その基本が出来ていれば良いであろう。問題は他のメンバーにそれが伝わらない。自信がないことと、この時点で譜面を追っていること。そのため譜面から目が離せないので、自然と楽器が下を向く。途中2ndトランペットのソロがあったが、自信が無く下を向いてボロボロとなっていった。ホルンもユーフォも誰とも音が合わないでいる。ホルンが合わないのか、周りが合わないのか。おそらくみんな合っていないのであろう。

 気を取り直して、2年1年混成のフルート四重奏。カステレード作曲「フルート吹きの休日」構成は2年フルート2本、1年フルート2本。ともに先鋭である。
 今日子がまずリードして踊り出す。体とフルートを第単位回しながら感情を込めて吹き出し、周りがそれに答えていく。休日の華やかな雰囲気が伝わってくる。バックの他のメンバーは、時折目線を今日子に当てリズムを合わせていく。今日子は一人突っ走っていくという構図であろう。1年に一人姿勢の良い子が出てきた。華奢な体で背筋をすらっと立ち、フルートを高く持ち上げて音を飛ばそうとしているように見える。2年の彩のように、スタイルから入るのだろうか。見ていて綺麗であった。

 ここに、大岩中にラスト2ということで本命を出してきた。混成三重奏。片岡寛晶作曲「マカリッシュ・ソフィア~3人のフレキシブルアンサンブルの為に~」構成はCb、Ob、Bsaxであるが、早い話、オーボエのソロのようなもので、コントラバスもバリサクもオーボエの伴奏にしか過ぎない、特別編成である。確かにオーボエは上手かった。「私の音を聞いて!」歌いながら華麗に舞っていた。ビブラートを効かせてまさに唄っていた。美奈は正直ショックであった。初めて同年代のオーボエの音を間近に聞いたのである。しかもかなり上手い音である。「ビブラートの出し方、教わっていないもん....」美奈は呟いて自分を落ち着かせていた。

 うーん、やっと盛り上がってきての1年のクラリネット四重奏。モーツァルト作曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、CL4本である。といっても1年のその他大勢というか、寄せ集めというか。ここが中学校。学区制の義務教育の弱いところで、全員がやる気があって部活に入っているのでは無いということを見せつけられた。ひとり、エアークラがいる。指が動かない。音が聞こえてこない。それなりに吹いているようであるが、どう聞いても音は3つしか出ていない。仕方の無いことではあるが、他のメンバーのやる気も落ちることであろう。全メンバーでアンコンオーディションをやるということは、こういう子が目立ってしまうことでもある。

 そして最後は打楽器となるが、その前に大岩中の打楽器が入る。実は、これがすごかった。さすが講師がパーカスなだけあり、心を奪われる作品となっていた。福田陽介作曲「ラプソディーⅢ 凛」構成は、(グロッケン・スネア・バスドラ・銅鑼)、(ビブラフォン・ティンパニー)、(コンガ・ボンゴ・シンバル・ウィンドチャイム)の3人である。演奏前はかわいらしい女の子がペラペラ私語をしていてちょっとネガティブに見えたのだが、紹介が始まるとピタッと動きが止まり、一週にして鬼のような目となり、「食ってやろうかぁ」といわんばかりの前傾姿勢を取ったと思ったら、ピアニッシモのグロッケンから入り、徐々に大きくなり、スネア、ティンパニー、コンガ・ボンゴの連打と盛り上がっていく。3人の息がぴったりで吸い込まれるような演奏であった。これはかなわない。大岩中のラスト2チームにはかなわない。敗北感と言うよりむしろ感動をしてしまう演奏であった。

 そして山田中のパーカッション。大岩中の演奏で会場が感動の渦の直後の演奏で、緊張をしているようだ。ゴメス×リフ作曲「マンボ・アフリカーノ」である。構成は、ボンゴ、コンガ、マリンバ、シロフォン、カウベル、マラカスである。
 琴音はボンゴで挑戦し、マリンバを彩乃に譲っている。この二人の息はぴったりで、琴音の真後ろに彩乃が付き、琴音のボンゴにあわせて彩乃のマリンバが続く。絶対的な信頼関係がここには出来ている。琴音は綾乃を背中で感じているし、綾乃は琴音の後ろ姿をみている。琴音が気がかりなのは、音作りの相方、コンガを担当する2年の子である。この子は一生懸命で自分の楽器しか見えていない。それを琴音はずっと目で追っている。そう、真の音のテンポはこのコンガが作っているのだ。コンガに併せて琴音がいかようにでも料理しているようである。精一杯のコンガを支え、全体をリズミカルに引っ張り上げる。このパターン、通常だとテンポの悪い方に合わさっていくものだが、琴音はコンガに合わせつつ、リードしてテンポが落ちないようにフォローしているのだ。これがリーダーだろう。「自分はうまいでしょ、他の人下手でしょ。」ではない。下手な人を支えて、ちゃんとフォローして立て直していく。琴音は自分に対してはストイックに攻めるが、他人には優しくフォローする。そして、それを可能にしているのは、綾乃が絶対的に琴音を後ろから支えているという双方の絶対的信頼関係が成立しているからである。琴音は単なるパーリーではなく、山田中の要である事が分かってきたようである。「パーカスがしっかりしている吹部は、全体がよい」都市伝説は本当であろう。

 さて、全体の演奏が終わって、採点結果である。

 まずは大岩中からで、最初の木管五重奏、混成三重奏、パーカッションと金賞が三つであった。次点は学校に戻って協議するとのことである。なるほど、誰が見ても良い演奏であった。全体を通して「負けたな」と思える演奏であった。
 さて、山田中の発表である。まず、順番に「木管五重奏、ゴールド、金賞」。美奈は嬉しかった。まさかである。「ひゃぁ!」と彩と美由とで抱き合った。そして「クラリネット七重奏、ゴールド、金賞」。まぁ本命だろう。やはりなぁといため息が出た。そしてドラマがあった。「サクソフォン五重奏、銀賞」「金管八重奏、銀賞」「フルート、ゴールド、金賞」「打楽器、銀賞」....
 悲鳴と泣き声が響き渡る。まさかのサックスの選抜落ちである。このところずっと成績が良く、昨年は先輩であるが県大会出場である。それがまさかの「銀賞」である。番狂わせは木五であった。このメンバー、フルートの彩は3番手である。ホルンも、クラリネットも3番手である。目立たないオーボエとファゴットがどうだと言うことで、まさにノーマーク。寄せ集めの3番手のチームである。しかしサックスチームが悲鳴を上げて崩れ座るのを見ると、木五もクラ七もフルートも喜べる状況ではなくなった。こちらも金賞は3つ。次点は学内で検討であった。得点順では、パーカス、金八、サックスの順であり、パーカスは「いく銀」を信じて疑わなかった。もちろん「金八」も昨年の成績も良かったことで、「いく銀」を狙えると目を輝かせるのであった。

               *    *    *

 そして、最期の総評は、大岩中の講師である山本先生によるものであった。山本先生は、静清学園の吹奏楽の顧問でもあり、また多くの中学校の講師を受け持つ、自身はパーカションの先生である。中学生向けのわかりやすい、10項目を解説した。

まず一つ目
 テレビドラマでも、主役とか脇役とかエキストラとか、キャラクターってはっきりしているよね。このアンサンブルのチームの中で是非そのキャラクターを決めてください。でもそのキャラクターは、一人一人個人にどう演ずるかを決めるだけではなく、「このメロディーは、みんなで硬いメローディーを作りたい」とか、「ここは強く」、「ここは弱々しく緊張感を持たせたい」などと、メロディー毎にキャラクターを作ると良いと思います。ただ、なんとなしに演奏するのと、こういう演奏をしたいと思って演奏するのとでは、出て来る音は全然違います。ちょっと考えてみてください。

二つ目
 スマホでゲームなんかやるよね、あの小さな画面で。ステージはこれだけ広くて、前に一人立って演奏したと思えば、後ろにいた二人が突然前に出てきて、入れ替わったり、まるで演劇のように音は動いています。あたかも3Dの映画のように立体的に音が動いています。ここのホールもそうだけど、もっと大きな、1000人とか1500人入る会場だともっとその差が出てきます。ゲームやっていて「死の恐怖」ってあんまり感じいないでしょう?でも、大スクリーンの映画館で3Dの映画を見ると、そう、例えば、サメがだんだん近づいてきて、ぐぁーっと食われるシーン。怖いよね。そういう演奏を作ってください。スマホの画面で、2センチ程度飛び出してもそれなりにびっくりするかも知れませんが、1000人とかの大ホールだと、一番奥の客席まで45メートルとか距離がある中で、2センチ前に飛び出しても分からないよね。45メートル先のお客さんがびっくりして楽しめる音を作るように心がけてください。

三つ目
 今日はいろいろな音楽を聴かせてもらいました。現代風の曲もあれば、17世紀の音楽もありましたね。それぞれ、その時代に合った音楽があります。例えば、水戸黄門で、助さんが「この印籠が目に入らぬか」と印籠を掲げるシーン。あそこで、「アイフォン」出されたら、変だよね。それは時代に合わないから。未来のSF映画で、例えば「ブレードランナー」で主役が出てきてどう戦うかなとみていると、いきなり「シャキーン」って日本刀出したら、変だよね。
 古典の音楽を演奏するのに、同じ時代の曲をいろいろと聴きましたか?例えば、18世紀とか19世紀の音楽に、クレッシェンドで「グ・グアアーン!」ってやっても時代に合わないのです。逆に、現代の音楽をやるのには、クレッシェンドを取り入れていかないと時代に合わない。スタッカート、テヌート、クレッシェンド。それぞれ時代に合った演奏法があるので、もう中学生で歴史を勉強しているんだよね、音楽史にも興味を持って、その時代にあった効果的な演奏法を身につけてください。水戸黄門が「アイフォン」を出さないような演奏を心がけてください。

四つ目
 楽器の向きです。コンサートホールのステージって、大体左右対称に作られているよね。左側に壁があって、右側だけで奥行きがあるような会場ってないよね。ということは、左右対称にお客さんに音が届けられるようになっているわけ。やたら左に寄ったり、右に寄ったり、みんなで前に出たり下がったりだと、一つ一つの音がはっきりと聞こえない。また、アンサンブルのメンバーの方を上半身を向けて「せーの」と吹き始めるの、練習では良いけど、本番でこれをやっちゃうと、その音はステージの後ろに飛んでいっちゃうんだよね。お客さんのことを考えれば、目線だけで合図して、体と楽器はお客さんの方を向いていなければ、音は飛んでいかないよね。音の飛んでいく方向を考えながら演奏しましょう。特に最初、曲の頭は確実にお客さんに飛ばしましょう。ただ、練習の時は良いことですよ。みんなで「目線のを合わすこと」。本番までに体を向けて「ガン見」しなくても良い方法を工夫して考えてみると良いと思います。

五つ目
 曲の頭の話が出たけど、「冒頭」は曲の印象、人が感じる印象、とっても大事だということ。コンテストとか、コンクールとかの採点の話って好きじゃないけど、ほとんどのケース、最初の1分で評価は決まっちゃっています。最初の1分、「おっ、なんかすごいな、この中学生なんか化けもんみたい」って、思わせちゃえば、そのあとちょっとしたミスをしても、「あぁ、こーゆーのあるよねぇ」ですんでしまう。でも、この「冒頭」こけると、「おいおい、最初からやるなよぉ」って評価が付いちゃう。その後巻きかえして良い演奏をしている頃は、「冒頭のミスは致命的です。気をつけましょうね」とコメントを書いている頃です。
 実は、この「冒頭」ミスをする人は、大体曲中でもボロボロやらかしちゃうことが多いです。まずは最初の10秒。この10秒だけでもがんばれば、そのまま15秒は引っ張れます。それで1分持たせれば、そういう人がガタガタになることもなく、3分も5分も上手く引っ張れるものです。練習でも、冒頭失敗してそのまま続けていくような練習を続けていくと、曲中でミスをしても無神経になって、どうでもよくなっちゃう。そういう練習がスタンダードにならないように心がけてください。
 ステージで、「うぁ、いい大自然の風景だなぁ」とイメージしているときにミスをすると、お客さんには目の前の大自然から、いきなりミスをした中学生が見えてしまう。一気に現実に引き戻されちゃう。嫌だよねぇ。最初の3分でも5分でもお客さんに夢を見てもらうためにも、「冒頭」にこだわりも持ってください。

六つ目
 音楽って対比で出来ています。すごく大きなところと、小さなところ。長調と短調。あるいは硬い部分と柔らかい部分。ものすごくテンポの速い部分と遅い部分。それがはっきり出した方が面白いですね。いつも全員で、はっきりバーンってまた、全員で柔らかい音を作る音ではなく、あるときは、AさんとBさんが硬い音を出したら、CさんとDさんは伴奏だからと柔らかい音を出さなければならないように、同時に正反対の音を出さなければならないことも多いです。一人一人が自分の譜面の内容をはっきりともっと差を付けて演奏してほしい。表現の差がもっとあったら面白かったなぁと思いました。

七つ目
 楽器ってのは、中途半端な息を入れても正しい音程は作れません。管楽器は特にそうですね。だから自信が無いから、ちょっと弱めにとか、まだ練習途中なので小さめにとか、ちゃんと息を入れないと音色は悪くなります。うーん、たとえが悪いけど、自動販売機でジュースを飲もうと思って、150円のところ、120円入れて待っていても出てきませんね。150円入れて初めてジュースが出てくる。それと同じ事で、管楽器でその楽器のちゃんとした音色がほしければ、その音程がほしければ、それに見合うようにちゃんと息を入れましょう。中途半端な息量でも良い音が出る楽器は今までかつて作られたことはありません。ちょっと気をつけてください。

八つ目
 皆さんがやっている、管楽器や弦楽器は、高めにも低めにも演奏できますよね。打楽器はちょっと違いますが。逆に言えば、ここは高めに、ここは低めにしたいとコントロールできると言うことです。ピアノや、マリンバ、シロフォンなどは上から叩こうが、横から叩こうが対して音程に変化はありません。ということは、何も考えずに吹いてしまうとうっかり高めが出てしまったり、低めが出てしまったりします。だからこそ、「ダーン!」って出したければ、「ダーン!」を狙って出さなければ出てきません。指だけ合っていても音程を狙って吹かなければ「ダーン!」とはなりません。また、自信が無いからって、「ダァァ~ン」って、音を探らないようにしましょう。特に「冒頭」それをやっちゃうとものすごく印象を落とします。余談だけど、昔の人はどうやって音を探ったかというと、教会などのホールだと、ロングトーンで自分が放った音が響き回っています。1秒前の音がある中で、ちょっとでもずれると途端に濁った気持ち悪い音になります。だからすぐに音が取れたようです。今はチューナーという機器があるのでそれを使ってもかまいません。とにかく確実な音程が取れるよう、くれぐれも音を出しながら音を探らないようにしましょう。

九つ目
 いくら皆さんが一生懸命練習したとしても、それがお客さんに届かなかったら意味が無いですよね。例えば、ドミノピザなんかのピザ屋さん。一生懸命世界一のピザを焼いてもお客さんのところまで運べなければ意味が無いですよね。一生懸命練習してきたんだから、一番奥のお客さんにこの音届くようにそういう気持ちで吹いてください。「それじゃぁ、全部大きな音で吹けばよいですか?」と以前質問があったけど、そうではありません。ピアノであってもピアノであればあるほど、わかりやすく。小さな声で話す時ほど、わかりやすくはっきりとしゃべらないと、伝わりませんよね。小さい声でぼそぼそしゃべっても聞き取れません。そのためにも、弱い音でもはっきりと吹くという、弱い音だけど強気で吹くという気持ちが大切です。

最後
 みなさん、良い楽器を持っていますね。個人の楽器であり、学校の楽器でありいろいろ使っていますね。これって、プロのオーケストラが使っている者と構造は同じですね。NHK交響楽団の使っているクラリネットより私のクラリネットはキーが10個足りません、って事は無いですよね。しかも、100円や200円で買える楽器じゃない、それなりに高いですよね。だったら、大事に使ってください。持つときちゃんと持って、動くときにぶつからないように気を遣い、下ろすときには、ドスンじゃなくて丁寧に静かに下ろす。吹き終えたらちゃんと水分を取り、氷面を丁寧に拭き上げてケースに静かに入れて保管する。楽器はみんなのパートナーです。単なる道具ではあありません。みんなの心を伝える友達と同じです。楽器が悪いんじゃない。楽器はちゃんと音が出るように作られています。皆さんの扱い方一つで、音はいくらでも変わってきます。いつまでも大切に付き合ってください。

               *    *    *

 後日、最終選考が発表された。

「いく銀」は、金八であった。得点ではパーカッションであったが、顧問の判断で金管八重奏となった。子供達の間で「やっぱり先生は自分が金管だから、金管入れたいんだよねぇ」と、噂が流れ出した。むしろそれは全然的外れであった。三田は確かに自分はユーフォニアム奏者であるが、そこに目はなかった。むしろ本当は、琴音のストイックな練習をみてなんとかしたいと考えていた。そう、パーカッションを出したかった。つまり得点通りで良かったのである。しかし、敢えて、パーカスを外した。
 それは、三田自身の反省もあった。大岩中がパーカスが上手いことぐらい事前情報で知っていた。そのなかで、選曲したのは自分であった。琴音と彩乃がこれほど上達してくるとは思っていなかった。そのため、おとなしめの曲を選曲したのである。「自信を付けさせるために少し簡単な曲を」ということである。しかしこれが徒となる。今の琴音と彩乃のコンビニは課題が楽すぎたのであろう。しかし、この曲では大岩中を抜けない。どうやっても抜けない。選曲の失敗でこのコンビを失意させるわけにはいかない。これは三田自身の責任であると感じていた。
 また、金管は杏がいる。杏は中文連でまさかの音がでない「赤っ恥」をかいた。いや、むしろ、かかせたのが正解だ。それは、杏の持つストラディバリウスを鳴らすのには、普通の演奏法では難しいからである。相当な息量と正確なアンブシュアが要求される。それを力ずくで体得させるには、思いっきり恥ずかしい思いをさせるしかなかった。練習中にも何度怒鳴ったことか。「出て行け」とも何度いったことか。でも、杏はちゃんと向かって付いてくる。この杏にもう一度度胸を付けさせたかった。中文連のままであれば、杏は報われない。アンサンブルだから大きな音は必要ない。これをしっかりと吹けば、息量もアンブシュアも安定して、ストラディバリウスが微笑んでくれるであろう。

 この二つの思いが、パーカスを落とし、金八を出すという答えとなったのである。この真の理由は子供達は分からないようである。

 一生懸命な子をただ良い待遇にするだけでは、その子は成長しない。
 かわいい子には旅をさせる。とか、かわいい子を谷に落とすとか、時として厳しい仕打ちをしなければならないタイミングがある。もがく子供達を見ていて、こちらも苦しい。「あなたには、わざと厳しく言っているんだよ。でもちゃんとできれば上手くなるよ」と直接言ってしまえば、その効果はなくなってします。「なんだ、優遇されているんだ」って勘違いされたら成長は止まってしまう。だから、その真意を伝えることはできない。今は見守るしかなかった。

 そして、アンコンメンバーの特訓が始まるのである。
 しかし、今年は例年と違う。そう12月末に、中心街のショッピングモールで、全員でアンサンブルコンサートを企画していた。ここで落ちたチームも、また選ばれたチームも、全員が今年の最後を街の中心街で演奏するのである。
 三田は選考結果とともにこの企画を発表した。「え-っ!」歓声が上がった。落ちた子達もみんな目を輝かせた。急に雰囲気が明るくなった。

 そして、全部員が、アンサンブルの練習を始めるのであった。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

bottom of page