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第07話

アンサンブルコンテスト

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 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 吹奏楽部の2大コンクールは、夏の「吹奏楽(合奏)コンクール」と、冬の「アンサンブルコンテスト」である。だいたいどこの学校も、3年生を入れた「夏コン」と、3年が引退した2,1年生での「アンコン」とベースとなるメンバーが違う。夏コンが終わった9月が部活動は代替わりの新体制となるのが通常である。そして、このアンコンのメンバーで、来年の夏コンを戦うのである。時期的には、まだ音を作っている最中であり、音作り、チーム作りの起爆剤として「アンコン」の位置づけがされているようだ。

 個人の技術力を競うのは、別に「個人重奏コンクール」や「管楽器ソロコンテスト」「日本管打楽器コンクール」などがある。プロを目指す人はこれら「ソロコン」を目指すのであるが、部活となれば、全体で奏でる「合奏」が中心である。プロを目指す人たちからすると、「音程も音色もテンポも未熟な人が集まって、合奏など時間も無駄」とまで吐き捨てるが、吹奏楽部の「部活」としての目的は、「吹奏楽を通じて健全な心を育てること」が目的であり、趣旨目的が違うのである。

 そのなかで、「アンコン」の位置は、まず個々の技術を高めるための個人練習から、他人の音を聞きそれに合わせる技術を習得するという段階での一つのイベントであろう。いきなり大編成を組んでも音はばらばらである。かといってパー錬ばかりやっていても、「音を合わせる」という意味が分からない。自分とは違う音を聞き、それに合わせるということを学ぶ最小単位が「アンサンブル」である。「アンコン」の規定に、「同一パートを2名以上での演奏は認めない。」となっていて、1St、2ndと別れて演奏することとなっている。これに合わせて、山田中も学年ごとにこの2名を定数と考えている。大編成の際は、ボリュームを上げる意味で、同じパートを学年合わせて複数で演奏するが、「アンコン」は「その音」を出すのは、「ひとり」である。そのため、個々の技術が要求されるのである。

 一方、「ソロコン」は合奏が無いので、音合わせが必要ない。極端に音程がずれていれば減点であるが、それが「表現の一部」と見なされれば、むしろ高得点にもなる。むしろ「ソロコン」は譜面通りでは「表現が足りない」と評されてしまう。「アンコン」は、仮にチームに一人スーパースター級の上手いプレーヤーがいても、チーム全体とずれていたら、それは評価されないのである。もちろん「合奏」も同じである。チームメンバー全体のほぼ同じ水準でのレベルアップが求められるのである。バランス感覚を身に着けること。まさにそれが「社会に通じる心の形成」であろう。また「ソロコン」は中学3年生の参加を認めていない。中高一貫の場合は、中3が高校部門に出るのは構わないとしている。完全な実力勝負であるのに対して、「アンコン」はその規定がない。浜松のトップの高丘中は、中学3年が2月のアンコン東海大会、3月の全国大会まで出ている。この時期、3年生と2年生では雲泥の差があり、ちょっとずるい気もする。そもそもこの時期まで3年生が現役って、「高校どーすんのよ!」というところである。

 特に学区制の義務教育の中学校吹奏楽部では、「アンコン」の上位校が必ずしも「夏コン」の上位校ではないということが、それを表している。選択されて集まっている「私学」や「高校」ではまた少し違った結果を出すが、「アンコン」の求めている方向と「夏コン」が求める方向には微妙な違いがある。
 ここ山田中学では、また顧問の三田の考えとして、集大成は「夏コン」と決めて活動をしている。その活動の中では「アンコン」は通過点である。1年生からアンコンオーディションを受けさせるというのは、1年生といえども来年の夏コンのメンバーである。来年の夏コンメンバーとして2年と同じ活動をして同じ目的で切磋琢磨する必要があり、「恥ずかしい思い」をばねに練習を重ねられるようにという思いからである。

焼津文化会館350

 さて、学内オーディションを勝ち抜いた4チームが、いよいよ「静岡県管打楽器アンサンブルコンテスト」に出場する日を迎えた。

 「アンコン」の会場は、焼津文化会館大ホールである。「アンコン地区大会」毎年この会場で、慣れたものである。この会場の欠点と言えば、駅から会場までの交通手段がなく、バスなどをチャーターしなければならないことと、楽器搬入口が一つしかなく、コンテストだと楽器を搬入するチームと演奏を終了して搬出するチームが重なること。しかも「アンコン」地区大会は、本大会の制限が12分に対し、10分で中断させるということで、計算上10分で搬出搬入を同時に行わなければならないことである。ただ、そこはアンサンブルは楽器の数が少ないことでカバーできる。各学校4チームが最大であるため、学校単位で搬入搬出を行えば、さほど大変ではない。
 そのこともあり打楽器と管楽器と日程が分かれていて、打楽器部門は土曜日の午後から。管楽器は日曜日終日となっている。
 「アンコン」の時はこれで何とか対応できるが、ここが「夏コン」の地区大会となると相当な混雑が予想される会場である。

 山田中学は、偶然にも打楽器を選抜していないので日曜日だけの参加となり、その分土曜日は終日練習することができた。時間割によって金八メンバーは本隊より先行し午前の部での演奏となったが、木五、クラ七、フルートは午後の部であり、学校で最後の音合わせができた。送迎は保護者の車に分乗して、大きな楽器だけワンボックスに乗せていくこととなたが、今回のメンバーでは最大の楽器はチューバ、ユーフォ、バリサクの3種であり比較的簡単であった。ただワンボックスといっても乗用車であり、座席が邪魔でなかなか使い勝手は悪い。ケースに入ったチューバは思いのほかがさばるのであった。

 トップバッターは大岩中の金管四重奏であった。このチームは合同オーディションでは先行されず「いく銀」で選ばれたようだ。なるほど、プログラムを見ると打楽器のトップバッターも大岩中であった。偶然のこととはいえトップを務めて安定した演奏をする練習は山田中はやっていない。この「冒頭」を大切にする演奏、山田中も学ばなければならないであろう。
 しかしながら、やはり中学のレベルでの金管はやはり音が安定しない。これはどこも共通のようであった。しかし、金管の中盤の八重奏になると徐々にうまいチームが出てきた。「冒頭」を意識したチームが増えたと感じた。「冒頭」トランペットのソロが入り、これが澄んだ響きにビブラートを効かせて「これが中学生の音か?」と思わせる入り方である。しかしながら、そのファンファーレの後、ホルン、トロンボーンが中音域をボリューミーに盛り上げると、音が濁って気持ち悪くなる。ユーフォ、チューバの音もそれぞれ違うようである。

 それでもまとまりがある学校がある。静岡市の中高一貫の女子校の青葉中である。河合和貴作曲「金管八重奏の為のラファーガ」の金管八重奏であった。特に誰が目立ってではないが、全体がまとまっているのである。

 そして清水草薙中の佐野聡/足立正作曲「ストラトスフィア」の金管八重奏であった。ここ草薙中は、今の山田中の顧問の三田が山田中に来る前までいた中学である。三田の突然の転勤で恐らく慌てふためいたであろう学校である。跡を継いだのは吹奏楽の世界では、三田の後輩で三田もよく知る女性の先生である。今年の夏コンの時、「ありゃ魔女だな」といってみんなを笑わせた、あの先生である。さすが魔女は健在であるようで、一人一人の音程が程よく絡み合っていた。

 以前合同練習をやったことのある、清水埠頭中のガーシュイン/黒川圭一作曲「ガーシュイン・イン・プラス!!2」は、部員が少ない吹奏楽部が故、指導がいきわたっていると感じられる、きちっとした演奏であった。

 山田中の金八「テルプシコーレⅠ」であるが、「冒頭」の処理ができていないのである。杏のトランペットが自信なさげに音を探るのである。ホルンとトロンボーンの音程が合わないのは少し改善され、「気持ち悪い」ほどではなくなっていたが、一つ一つの音を丁寧に吹いていない、そんな印象であった。

 金管が終わり、混成編成の演奏に移行する。そのトップバッターは、また大岩中でオーボエのソロと思われる「マカリッシュ・ソフィア~3人のフレキシブルアンサンブルのために~」であった。このチームは確かにオーボエはうまいのであるが、コントラバスがそれに追いついていない。弓の弾き方、弦を抑える指先、どれも今一つに感じられ、オーボエだけが一人先走っているように感じられる。オーボエがうまいので、その子のために特別編成したのであろう。

 また清水埠頭中の混成七重奏、片岡寛晶作曲「マカース・ダンス~7人のフレキシブルアンサンブルのために~」が心に響いてきた。このメンバーもどの楽器がすこぶる良いというのではなく、全体の音のバランスが心地よかった。一人一人丁寧に指導されているように感じられた。

めざせ木管五重奏1000

 そしていよいよ、山田中の木五、美奈、彩、美由たちの出番であった。美奈は今までにない緊張を感じていた。どうやってステージに出て並んだかを覚えていない。気が付いたら演奏が始まっていた。古風だが華麗で華やかな舞曲なので、高音階の素早い音運びが重要である。間違わないようにとそれだけを思い、目は譜面から離れられなかった。のちに、「後にも先にもあれ程緊張したことはなかった」とみんなに言っていたが、一つ一つの音がこんなにもはっきりと響き、いつもは大音量にかき消されるようなオーボエの音だが、審査員の目線を感じ、暗い客席に吸い込まれていく自分の音が怖かった。

 青葉中の木管八重奏はプレトとリウス/矢邉新太郎作曲「テレプシコーレ舞曲」よりBallet,Bransle,Spagnoletta,Volte」は、オーボエがいたが、なんとイングリッシュホルンを持ち出していた。美奈は「これはずるい!」と瞬間思った。さすが中高一貫の私学である。お金のかけ方が違う。そう思ってしまうのであった。

 そして用宗中の木管八重奏が出てきた。この用宗中は、かつて山田中の黄金期を作った顧問の学校である。この顧問の先生はオーボエ奏者で、音に関してはすこぶるストイックである。ピアソラ/ゴールドマン作曲「ブエノスアイレスの春」は、そのオーボエとバリサクが中心となった演奏であった。冒頭から「ぱぁーん」と引っ張り、ぐいぐい突き上げていく。バリサクの男子が「俺の音をっきてよ。俺が王様だぜ!」って歌い出すと、オーボエが「いえいえ、私が女王よ。私の音を聞いてよね」と歌い出す。この二人の掛け合いが絶妙であった。そもそも音作りが違うことが感じられた。オーボエはもちろんビブラート聞かせて、音をぐるぐる回している。もう止まらない。そんな演奏であった。
 この時、美奈は恐怖を感じていた。自分がオーボエを続けていくと必ずこの先生に当たるのだろう。山田中の黒歴史の元凶、昨年のアンコン部内オーディションの時、いきなり叱られたあの先生に。この先生に集中砲火を浴び、半ばうつ状態にまで落ち込んだ先輩を何人も知っている。そのことがトラウマになている。このまま自分がオーボエを続けていくことは、狭い静岡市内のこと。いつかこの先生に巡り合うことになる。それが怖くなっていた。

 サクソフォンに移り、清水草薙中がサクソフォン四重奏で出てきた。コーンレイ作曲「ディバージョンNO.1」で、豊かなサクソフォンの響きがうまく融合して心を持っていかれるようであった。悔しいけど、草薙中おそるべし。山田中の部員は全員がそう思うのであった。

クラリネット七重奏1000

 山田中のクラリネット七重奏「コラールと舞曲」は、梨華のエスクラのリードで進むのだが、ボリュームが足りない。そのため、舞曲の華やかさが出てこない。絵里のバスクラが正確なリズムを刻むが、そのうえで華麗な舞を踊る姿が見えない、そんな演奏であった。これが今の山田中サウンドそのものである。力不足を身にしみてわかった演奏である。

 そしてクラ八で、清水草薙中がまた出てきた。ドビュッシー/望月秀剛作曲「弦楽四重奏曲」である。弦楽をあえてクラリネットで吹く。確かに吹奏楽においてクラリネットの位置は、管弦楽団で言うバイオリンである。メロディーラインとボリュームを受け持っている。正確なアンブシュアあれば、バイオリンに匹敵するのである。また吹奏楽用に作られたスコアではなく、弦楽用に作られたスコアに挑戦するということは自信の表れでもあろう。

 最後はフルートパートとなり、山田中も「フルート吹きの休日」で参戦した。今日子が突っ走り、後が追いかける構図は変わりがないが、練習の成果か、ばらばらではなく後のメンバーも同じように体を回せるようになっていた。今日子が一人浮いていたオーディションの時の演奏ではなく、チームワークは改善されていた。

              *    *    *

 すべての演奏が終わり結果発表となる。昨日の打楽器でも例の大岩中は銀賞で、県大会出場にあらずであった。管楽器部門は、なるほど私学の中高一貫で中3もメンバーにいる青葉中が金八と木八が金賞を取ったことは、ちょっとずるくも感じるが、驚くべきことは、草薙中でパーカス、金八、サックス、クラ八と4チームすべて金賞であった。用宗中はパーカスと木八の2チームが金賞。埠頭中も金八と混七で2チームが金賞。その他でも丸子中がパーカスとクラ五、建穂中が金八とクラ五、藤枝中が金八と混八と、受賞が多い学校は限定されている。参加118チームで、金賞は21。うち6校で14個の金賞である。山田中は残念なことに県大会進出ならずである。昨年は1チーム出場したのだが、今年は0であった。

 なかでも、金管が6チームもいるのに対し、フルートは0であった。昨年は敷地中がフルートで東海大会までいっている。たまたまうまい子がいたといえばそれまでだが、トランペット以外の音があっていない金管の方が、フルートより高い評価を受けているような印象があった。結局最後は審査員の好みである。そして、その後の県大会で金賞は4チームあったものの、代表で東海大会に出場したチームは中部地区からは無かった。県の代表5校はすべて浜松エリアからであった。
 また、オーボエの演奏力で見ると、用宗中の木八が上位で、青葉中が次点の2位と思えたが、県大会では、青葉中が銀賞で、用宗中が銅賞。おそらく、全体のまとまり感を問われたのであろう。バリサクとオーボエだけ見れば、圧倒的に用宗中がうまかったと思えたが、音のバランスまで考えると、確かに青葉中の方がまとまっていたと思う。

 顧問の三田は、「ちょっと甘く見ていた。この程度でとりあえず県には行けると思っていた」と反省をした。しかし、ちょっと甘いかどうかはともかく、山田中の音程、音色はほとんどがあっていなく、気持ち悪い和音を奏でていたことは、みんなが知ることとなった。つまり、まず個人の段階での「音作り」ができていない。まともな「音」ができていないということである。合わせるとかそういう段階でないという、かなり初期的な状態であることに気が付いたのである。

 すでに12月中旬。一人一人の上達は認められるが、この時点ではまだ求められる最低水準に達していない。厳しいがまさにそういう評価であった。まぁ、出場すべて「銀賞」だったことがせめてもの救いである。

 でも、ここで気を落としてはいられない。この2週後に、中心街のショッピングモールで、全員参加のアンサンブルコンサートを控えているのであった。早急に気を取り直して立て直す必要があった。
 しかし部員たちの目は、むしろ輝いていた。憧れの中心街でのコンサート。うれしくてたまらない。緊張のコンクールを過ぎれば、後は「お祭り」に向かう気持であった。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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