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第09話

自衛隊との演奏会

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 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 アンサンブルコンクールが終わってしばらくした頃、突然、すごい話が舞い込んできた。なんと、自衛隊の音楽祭に出演しないかというオファーであった。自衛隊は、毎年新入隊員歓迎と言うことも含めて、合同の式典を行っている。そのメインが演奏会である。東部の東富士演習場から陸上自衛隊。西部の浜松航空基地から航空自衛隊。それぞれの吹奏楽団を中心に、進軍ラッパ隊などが出演しているようだ。その中で招待楽団として、一般の吹奏楽団や、高校吹奏楽部などが演奏しているらしい。会場は、東静岡駅の横のグランシップと呼ばれるところで、通常の演奏会は、中ホール「大地」951席が使われるが、このイベントは、大ホール「海」4,000席を使用するようだ。
 顧問の三田は、常日頃から「吹奏楽は度胸だ」と言っている。中学生のレベルでは、まだ技術とかではない。ある程度練習していれば、あとは度胸があれば良い演奏ができる。そのためには、場慣れすることが大事と考えていた。そのために、ソロコンから始まって、中文連の大会や、繁華街の演奏会なども参加してきていた。昨年は、夏コンの前に、清水マリナート大ホールを4回も借り切ってのホール練をやったぐらいである。この話、断るはずもない。即答でOKを出した。まずは、繁華街での演奏会があるので、生徒には内緒で保護者会と準備を進めていった。

 当初、自衛隊の隊員の中で、市内弥勒中学校に剣道を教えに行っている隊員がいて、それならば吹奏楽の演奏をやってみないかと、弥勒中吹奏楽部に声をかけたそうだ。弥勒中は規模も小さかったこともあり、顧問通しのつながりのある山田中学吹奏楽部を紹介してくれたという経緯であった。弥勒中学さまさまである。山田中吹部関係者は、弥勒中学に足を向けて寝られないであろう。
 保護者会も、このチャンスを上手く利用しようと対応した。従来は、定期演奏会のチラシ・ポスターをパンフレットと同じデザインで作るため、定演の演奏曲が決まらないと作ることができず、定演の宣伝活動も2月中旬からで、十分な告知ができずに悩んでいた。この期に、チラシ・ポスターのデザインと、パンフレットのデザインが同じである必要も無く、他の高校吹部なども、大方違うデザインで、早いところは、チラシなどは半年前から準備していることもあるようだ。そこで、今回デザインを別に作る準備を始めた。
 繁華街の演奏会も終わり、無事静かな正月を迎え、一転年明け早々チラシ・ポスターのデザインに取りかかる傍ら、自衛隊での演奏会の曲の選曲と練習が始まった。
 部員たちも目を輝かせていた。繁華街での演奏会も楽しかったが、今度は自衛隊との演奏会。しかも4,000名の観客の前での演奏である。不安というより、楽しくて待ち遠しかった。
 とはいえ、現時点で定演の曲も決まっていない。今年の夏コンの課題曲もまだ決めていない。それより早い2月のコンサートシリーズの曲も決まっていない。何も決まっていなかった。
 ここにきて、全く新しい曲を仕上げるのは難しいので、これぞ山田中学吹奏楽部という曲「アルセナール」はすぐに決まった。次は、みんながよく知っている曲でイメージがつかめる曲と言うことで、ディズニーから「マジックキングダム」。この曲自体は初めてとなるが、みんながすでに知っている曲である。そして、最後が「サウンド・オブ・ミュージック・メドレー」。高校吹部ではなく、中学吹部をイメージできる物ということで、顧問の三田が決めた。
 俗に「ドレミ」の唄で有名で、そこはみんなも知っているのであるが、なぜこのメロディーが生まれ、どんな気持ちで歌ったのか。そこは、映画を見なければわからないであろう。戦争で辛い経験をし、迫害から逃れ、険しい山岳のアルプスを越え、やっとの思いで辿り着いた永世中立国スイス。その広大なアルプスの緑の草原で思わず口ずさんだ「ドレミ」の唄。現代の中学生には理解は難しいだろう。

 定演のチラシにも曲や、第2部のイメージを作らなければならない。最初は、全部員の集合写真を載せて適当なデザインを考えたが、探せばいるものだ。部員の中にデザインが好きな子がいて、その子にデザインを任せることとなった。フルートの彩である。2年生から転校してきて、「私ソロを吹きたい」と言ってのけた、あの彩である。

 自衛隊の演奏曲の練習、定演の準備。もちろん、コンサートシリーズの曲の選曲と、めまぐるしく時間がたっていくのであった。
 1月9日から部活を再開して27日のコンサートに間に合わせる。都合17日間しかない。部活は、火・水・金が放課後17時まで。土曜が終日、日曜は半日。これはこれ以上増やせない。総合計で37時間しかない。その中で曲目の選考、デザイン等の制作、基礎練、パー練、そして合奏練。それも3曲である。
 しかし、もうほとんどの部員は、初見である程度吹けるまでになっていた。もちろん、まだちゃんと音が出せない1年生や、特殊なリズムに上手く乗れない2年生もいる。ただ、今度の選曲はリズムも難しくないし、演奏速度も早くないので、そのあたりはなんとかなる。しばらく、アンサンブル中心だったが、本格的に合奏練となっていった。
 チラシ・ポスターのデザインは、予定通り完成させ、ネット印刷に依頼。あとは黙って待っていれば、納品されるはずだった。
 例年にない寒波。それも、数十年に一度の大寒波が居座り、大雪となり高速道路、電車を中心に交通が麻痺してしまった。ネット印刷の印刷工場がよりによって新潟にあり、交通は寸断されていた。最悪、自衛隊演奏会までに間に合わず、4,000部が無駄になることも覚悟した。また、チラシを自衛隊のパンフレットに挟み込む作業に、保護者数名に手伝ってもらうことになっていたところ、これも例年以上のインフルエンザの大流行で、ダウン。演奏会はなんとかなりそうだが、後方支援が上手く回らなくなりそうであった。

 準備を予定していた演奏会の前日の1日前、急遽保護者会にメールを回し、お手伝いを急募した。今日、明日のことで無理かなと思ったところ、1時間程度でメールの折り返しが、4名。当初からの1名を入れて5名のお手伝いチームが結成された。
 これで、チラシが届かないとどうしようと思っていた前日の朝、チラシが学校に届いた。まさに、ギリギリのタイミングであった。
 チラシの挟み込みは、テーブルを5基用意し、保護者1名、自衛隊員4名の5名チーム、合計25名の人員で1時間半かかった。4,000部とは、そういう量である。例年にない大寒波で、暖房の効かない大ホールで汗を流しての作業となった。
 自衛隊の突然のオファー、この天候不順でありながら、準備が間に合ったこと。偶然にしてはすごい運である。顧問の三田は、「これで運を使い果たしちゃった」と、照れ顔であった。

自衛隊演奏会350-min

 さて、部員たちは、前日金曜日の授業終了とともに、楽器を積み込み、会場入りをした。自衛隊員による、個別指導があった。一人一人に、自衛隊員が付き、グランシップのたくさんの会議室に散って、1時間みっちり演奏の指導をしてもらえるのであった。
 山田中学校は公立中であり、個別に顧問を雇うお金はない。数ヶ月に一度、オーボエとか顧問の三田が教えられない楽器に関して指導してくれる先生が来ることもあるが、基本は独学であった。そのため、その楽器専門の演奏者に個別に教えてもらえるということが、嬉しくて期待も高まっていた。
 美奈も、オーボエでみっちり教えてもらえる。それも制服が格好良い自衛隊員である。もう踊るような気持ちであった。オーボエは1年1人、2年1人で、自衛隊員は1人なので、2人一緒での指導となった。その自衛隊員はがっちりして格好よかったが、話してみると関西弁で、それだけでも笑えて仕方なかった。オーボエに名前をつけていると聞いて、また笑えて緊張などどこに行ったのやら。楽しいひとときであった。
 残念な子もいた。ファゴットの美由である。1年1人、2年1人。それこそ、この1年学校でのファゴットのレッスンはない。見よう見まねでここまでやってきた。だから、今回の専門の奏者の指導はそれだけ期待が大きかった。しかし、ファゴット奏者がインフルエンザにかかり、急遽欠席となった。強くてたくましく向かうとこ敵なしの自衛隊員といえども、インフルエンザには勝てないようだ。それはその当日のことで、小部屋に案内されるも誰も指導者も来ないまま、寂しくいつもの2人で練習していたのであった。
 自衛隊員のリハーサルを聞くこともできた。そして、自分たちのステージでのリハーサル。

 前日、突然顧問の三田が、家庭にあるクリスマスツリー用の電飾があれば持ってきて、と指示が出た。美奈も家にあった3本を用意した。前日の朝、顧問の三田が閃いたようだ。「2曲目のマジックキングダムのエレクトリカルパレードの時、この電飾を光らせよう」。素敵な演出だった。とはいえ、ぶっつけ本番。現場あわせで電飾をつなげてみた。まぁ、いけそうだった。全体が、プロの演奏会である。中学生らしさを演出したかったようだ。
 グランシップ大ホールは、演奏会用と言うよりは、講演会、イベント向きのホールで、天井が20m以上と高く、開放感があるのが特徴である。左右にも客席があり、5階まで階段状に席が並んでいる。ステージも、常設ではなく、袖も無ければ緞帳も無い。背後は全面ガラス張りだが、そこは遮蔽カーテンがあるので光は漏れないが、そのカーテンが音を吸収してしまう。ステージの背面に、高さ3m程度の移動式反射板を連ねてはあるものの、その上が20mの吹き抜けのようになっているため、効果は薄い。まるで屋外演奏会のようである。屋外演奏会は基本的に観客は水平方向に展開するが、ここはステージの際から5階の高さまで客席がせり上がっている。この構造が「音」にはくせ者である。
 実際に、ティンパニーやチューバなどは、音が上に抜けて前に飛んでこない。フルートは、前には飛ぶが、上では全く聞こえない。通常のホールでの配置ではなく、ここだけの配置や強弱の出し方が必要となる。

 自衛隊の方は毎年ここで演奏してるし、屋外演奏にも慣れている。ましてや、男性演奏者も多いので、音を大きく出すことは問題ではないが、そこは、中学1、2年の女子が多い吹奏楽部。体がまだ成長過程にあり、肺活量も、腹筋もまだまだ未発達である。チューバ、ユーフォなど、普通に吹いても音が小さかったり安定しないのだが、この会場でいくら「もっと大きく!」と言っても、無理な話である。同様にティンパニーの琴音も、いつも「うるさい!抑え気味に!」と言われているので、今更急に「大きく!もっと大きく!」と言われても、どうして良いかわからない。また中学生女子の細い腕で強くたたくのにも限界があり、大きく腕を振ればテンポが乱れる。
 合奏リハーサルをやって、確かに、チューバ、ユーフォ、ティンパニーの音が聞こえない。指揮をしている顧問の三田から、何度も「聞こえない!もっと大きく!もっと!」と檄が飛ぶが、琴音はどうして良いか戸惑っていた。そもそも、みんな自分の音がどう聞こえているか全く見当もつかない。自分で奏でるティンパニーの音は十分に大きく、むしろ周りの音が聞こえにくいほどである。さっきよりも大きく出してみた。でも「まだ小さい!」といわれる。どう打てば良いのか戸惑っていた。あれより大きく打つのには、体を鍛えるか、楽器を前に持ってくるかであろう。

 木管の音の弱さの対策もあり、会場で急遽演出を変更した。マジックキングダムのエレクトリカルパレードの時、華やかさを出したいこともあり、演奏最初のクラリネットのパート部分の演出として、5人のクラを、ステージの脇に作られた簡単な「袖」に待機させ、演奏と同時に行進させて、ステージ最前列に立たせて演奏させることとした。
 曲の中盤のフルートパートも、ステージの前に立たせて演奏させてみた。まぁ、「音」的には前に出てきて立体感もあり良いのだが、行進が、だらだらと合わない。考えてみれば今まで演奏に合わせて行進したことない。マーチングのように演奏しながら行進するのではないが、ミッキーマウスのテーマの前奏の4拍子の「ドッ、ソッ、ラッ、シッ」リズムに合わせて「行進」ができない。また、きれいに等間隔で歩けと言われても、運動会でも最近はあまりやらないようで、感覚がつかめないのか,結果的に後ろで詰まって、演奏に間に合わなくなる。3回やってみたが時間が無いので、後はぶっつけ本番となった。

 このクラリネットパートを5人で演奏するのだが、3人目が指揮者の真後ろに来るはずなのだが、まず、これができない。そして、パート演奏が終わり、軽く会釈をするのはできるが、その後自分の席に移動して座るまでは完全に「素」に戻っている。整列して移動して、例えば、座る際に一旦軽くピッと背筋を伸ばしてからみんな揃って一気に座る。高校生の吹奏楽部では当たり前にやっていることが、できない。なぜなら、高校生も含め、他校の演奏会に積極的に見に行くことをほとんどやらないからである。部長の花愛や、パーリーの美奈たちが、「こうやろうよ」と言っても、理解できない。見ていないから想像もつかない。顧問の三田も、演奏の指導に熱は入るが、そういった小技までは手が回らない。

 曲と曲の間に、部長の花愛と副部長の杏がコンビで、司会を務める。秋のふれあいコンサートの時は、やっとの思いでできた司会であったが、今回はそこそこできるようになってきた。が、二人とも、足がだらっと立っている。ピシッと足を揃えていると格好良いのだが、まだそこまで気が回らないのだろう。まぁ、そこは中学2年生。このぐらいの方が、かわいらしくて好感が持てるかもしれない。

 その司会が進行している際、演奏者たちは「休憩時間」と思っているのか、だらっとしている。楽器も横に持ったり膝に乗せたり。美奈が「クラリネットもフルートも縦にピッと持って!」と指示するも、意味がわからないのか、伝わらない。
 まだ、みんな演奏そのものに意識が集中していて、「見せる」という意識が足りない。中に何人かは背筋をピッとして、足もピッときれいに交互に崩して、「見られている」ことを意識しているような子がいる。確かに見ていても「きれい」である。中学生といえども、「おっ」と思わせる魅力がある子たちだ。子供から大人への変革期で、まさに「化けている」かもしれない。

 全体のリハーサルが押していて、終了時間も予定より40分程度押していた。急遽、山田中でのお迎え時間を変更し、緊急メールを出した。保護者会としては昨年お迎え時間が遅くなり、「仕事に間に合わなくなる」と怒られた経験があった。それもわかるが予定通りにいくものでもない。なにもかもが、バタバタとその場で変更していく。
 自衛隊員の運転でマイクロバス2台が山田中学校に到着したのは、19時半となっていた。保護者の人たちも時間通りに来ていて、スムーズな「お迎えチェック」でその日は終了した。

 翌日は、演奏会本番である。楽器はすでに会場に置いてあるので、10時に集合と少しゆっくりめでスタートした。自衛隊のリハーサルを少し聞きながら、別室での最終調整。そして1回だけの通しのリハーサルを経て本番となる。

グランシップ350-min

 本番が始まった。まずは、陸上自衛隊の吹奏楽団の合奏。そして、陸自特有の「ラッパ隊」の演奏。また、男気のある和太鼓の合奏と、なるほど「男」の演奏会であった。休憩を挟み、山田中学の演奏となる。

 最初は、得意の「アルセナール」。今年は、昨年の2月のコンサートシリーズの「アルセナール」よりは上手くなっていた。演奏会というものは、最初ガツンと上手くやれば、あとで、多少音が外れたりしても好印象である。「男」の集団から、子供の女子の演奏という格差も、これならばお客さんも納得できるであろう。昨年よりも、演奏会が3回も多く経験し、ソロコンや、アンサンブルに力を入れた結果、個々の技量も精神面も強くなっているからであろう。

 次が、問題の「ディズニー・マジックキングダム」のエレクトリカルパレード。暗いステージ上で司会の紹介が終わり司会に当たっていたスポットライトが消え、真っ暗のステージにぱっと、電飾が光る。そして、例の4拍子のリズムとともに、クラリネットが行進して入場。お客さんから、「おぉっ」とどよめきが流れた。列もきれいに、3番目の子がちゃんと指揮者の真後ろに立っている。ここが「中学生は化ける」所以であろう。意味が理解できればちゃんとできるのである。この子たちは「本番に強い」子になっていた。これが「場数を踏む」と言うことなのであろうか。
 フルートは、逆に音が出なかった。音量が小さいと言うより、こういう会場では、もっと独特な方法を考えないといけないかもしれない。チューバ、ユーフォも、これは仕方ないことであろう。今後もこの会場での演奏会があるのであれば、配置をもっと前に出すなどの対策も必要かもしれない。
 問題の琴音のティンパニー。音が出てきた。前よりもずっと強く出てきた。まだ弱いところもあるが、そこは華奢な細腕の影響もあるであろう。腕立て伏せでもやらないと無理かもしれない。でも、昨日の今日で、ここまで出来るのである。この半日のなかで何があったのか。自分自身で何かが「納得」出来たのであろう。ここに一人の「成長」があったのである。

 3曲目の「サウンド・オブ・ミュージック・メドレー」は、まぁ、これはこれで...であった。特に金管。トランペットがもっと前に出てこなければというところである。とはいえ、トランペットのパーリーの杏が、副部長で司会に抜けるので、2nd.に降りていたこともあり、急遽1st.パート演奏に抜擢されたこともあり、技量、肺活量にも無理があった。まだ中学生には、「金管」は難しいのだろうと思う。肺活量と腹筋の世界であろう。高校生でも、男子であれば、音が外れていようが、ばぁんと出せば、響いてなんとかなってしまう。女子中学生の限界かと思ってしまった。それと、曲のイメージ。自衛隊の演奏会ということで、戦争と平和を表現したかったのであろうが、イメージを作る時間が足りず、練習も足りず、「不快」ではなかっただけで、良かったと思えるものであった。

 とはいえ、盛況に終了した。

              *    *    *

 この後は、航空自衛隊の演奏会。制服も格好良いし、若い女性の奏者もいて華やかである。部員たちも楽器の送り出しを早々として、演奏を聴くことが出来た。楽器の送り出しも、演奏会がこれだけあれば、みんなも慣れてくる。まだ、バタバタしているが時間的にも短縮され、こういった経験も大切であろう。バックヤードでは、マイクロバスや、保護者会での自家用車での人員輸送の準備が進められていた。予定より30分押であるため、楽屋口では、最初に送り出す自衛隊幹部の送迎車両が10台ほど待機しており、バタバタとしていた。
 演奏会が終了し、自衛隊の幹部が送り出されると、次は山田中学の送り出しとなる。マイクロバス2台と、乗用車3台が待機して、順次部員たちが乗車していった。ここで、ちょっとしたトラブルが発生した。部長以下4名の中型楽器がトラック搬送でなく手持ち搬送となって、そのため乗車予定のマイクロバスに乗りきらないということになり、急遽4台の楽器輸送の依頼が保護者会にあった。保護者会も多少の変更を考慮して、車を余分に用意していたため、急遽1台を回して楽器輸送となった。

 ここで、大事件が発生した。マイクロバスは自衛隊員の運転であったが、全員を乗せたと勘違いして、楽器搬送を依頼している部長以下4名の部員を積み残して発車してしまったのである。マイクロバスに乗っていた部員の多くは、部長たちに手を振っていて、何が起きたかわかっていない。美奈は部長の花愛が乗っていないとだめと気がついたが、それを自衛隊員に大きな声で伝えられなかった。バスはそのまま走り去っていった。保護者会も先に3台はスタートしていて、たまたま4台目が残っていたので、この4人を送ることが出来た。夕方のラッシュの道路で、時間が押していたという悪条件もあり、みんなが帰りに焦っていた。
 学校に先行到着グループは、そんなことは露とも知らず、最初に会場を離れたトラックを待ち、楽器搬入の準備をしていた。そこにマイクロバスが着き、部員たちがバタバタと楽器の搬出をし、トラックを返した。今シーズン最大級の寒波もあり、早く校舎内に生徒を誘導した。そんなときに、遅れて発車した部長らを乗せた保護者会の車が到着した。あわや校舎外に閉め出されるかというタイミングであった。
 保護者の大半は、演奏会に来ていたので、しばらくすれば学校に集まり、「お迎えチェック」をすませて各自帰宅した。
 部長の花愛は帰った自宅で母に泣きながら、バスに置いていかれたことを話した。「何がつらいかと言えば、取り残されて寂しかったと。」

 一番全体を考えて一番苦労して一番の活躍をした「部長」の最後が、「取り残された」という結末。楽しかった、嬉しかった自衛隊での演奏会が、一瞬にして「いやな思い出」となってしまったのである。

 見よう見まねで組織化してきた部員たちであるが、蓋を開ければ、仲が良いだの悪いだの、下手だ上手いだや、そこまでやる気がないだ、頑張りたいだ、それぞれの自己都合が優先しての、なんとなしの組織だった。誰が悪いということではない。みんなが少しずつ配慮が足りなかった。結果、落としてしまったのである。
 そもそも、部長が自分の楽器を持って楽器搬送を依頼に走ってバスの乗車現場にいないことが、コントロールできなかった最大の要因であろう。部長は何があっても現場を離れてはいけない。そのために、まわりのパーリーなどは、部長の代わりに走るべきであろう。自分のことだけで、バスの椅子に座っていたのでは、部長は自分で走りざろう得なかったのである。誰も部長をサポートしていなかったのである。

 美奈の父、保護者会会長もその場にいながら、花愛に「楽器大丈夫? 持っていこうか?」と声までかけたにもかかわらず、後ろのバスが出発したことに反応して、自分が先回りして、学校でバスとトラックを迎えなければならないとの思いで慌てて自分の車を出すのであった。よく考えれば、花愛ら4名が楽器を持ってうろうろしているところで、バスが発車したこと自体が問題である。なのに、その時は次のことで頭がいっぱいとなり、その不思議な現象を「不思議」と感じなかった。これが保護者会役員の別の車が待機していたので、実際になんとかなったが、大会などで、名古屋などの他の都市だったらどうなっていたことだろう。子供達は携帯電話を持たしていないため、集団での移動とは言え誰とも連絡が取れないのである。美奈の父も、大人相手の仕事ばかりなので、自分で自分の責任が取れない子供の立場を考えた動きが出来ていなかった。
 それ以上に、「取り残された」心は、さぞ辛かったことであろう。大人ではなく中学生である。なぜそこまで気が回らなかったか、悔しい思いであった。花愛の母親とその日の夜話をしたが、「娘がなぜ泣いていたか、よく理解できなかったけど、今の話を聞いて何が起きたか分かりました」とのことであった。置いてきぼりにされたという事実が、あり得ないことで、意味が分からなかった。その通りであろう。
 花愛は、今回はなんとかなったが、「これから先、もっと今回以上に悪条件が重なっても、このようにならないようなシステムを考える」と伝えてきた。そのとおりである。置いてかれたのが、花愛でむしろ良かったのかも知れない。全くよく分からない1年生だったとしたら、もっとパニックになっていたであろう。花愛は、これはこれとして次のことを考えようと努力していた。美奈の父は涙を流した。その後、美奈の父、保護者会会長は本人と会う機会があり、「まずはちゃんと謝らせてください」と、本人に謝った。花愛は、にっこりと「もういいですよ!」とはにかんで見せた。

 美奈も最初は「やべー、部長マジギレしてた。」としか感じなかったが、次第に事の重大さに気がついたようだった。いまの山田中吹部の一番の問題点。みんな他人事でここまで来てしまってることである。「あのパート、下手!」とか、「1年ちゃんと動かない!」とか、確かにそうかもしれないが、そのために自分が何かしたのかと言えば、何も行動はしていない。部長がバタバタしていても、それはそれ。「あー、部長大変だね」ぐらいの感情であった。
 そうではない。それじゃだめである。部長を支えて、全体をまとめるために、パーリーは何をすべきだったか。私は何をすべきだったか。美奈は自分に問うのであった。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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