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第10話

コンサートシリーズ・冬ll

めざせ!大集合14人衆900-min.png

 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 今年の山田中はいつもとは違う。
 なんとなく、みんながそのように思うようになってきた。自分を褒めたいとか、うぬぼれたいと言う気持ちもないわけではないが、そうではなく、客観的に自分たちのレベルの向上がわかるようになってきたと言うべきか。
 昨年のメンバーよりも、明らかに上手くなっていた。しかしそのことよりも、このパートのここが苦手。このパートはタンニングが出来ていない。ここは、失敗を恐れずにとにかく大きくまっすぐ前を見て吹けなどと、具体的に対処方法が見えてきているのである。顧問から指摘されると言うよりも、自分たちでそれがわかるようだ。もちろん、中学2年は中学2年。急に高校3年になるわけではない。技術的なことも身体的なことも、絶対に越えられない壁もある。そこをどうにかしたいという、不可能な願望ではなく、今何が出来るか。どこまで追求するか。課題が見えているようだった。

 それがお互いに認識したのは、自衛隊の演奏だった。4,000名の観客の前で、堂々と楽しく演奏出来たこと。これが、ものすごく彼女らに影響しているようである。もちろん、そこに至るには、全然音が出なかった「運動会の演奏」。初めての自分たちの手動でのコンサートで、バラバラの演奏であった、「ふれあいフェスタの演奏会」。観客のいない静岡市民文化会館大ホールでの演奏であっても、緊張して全く音が出なかった「中文連の演奏」。そんな苦く悲しい過去があり、「1年生が動かない」と逆切れしてしまったことも。「アンコン」で、一人一人の実力がいやというほど公開され、悔し涙を流したこと。そこからの転身であろう。憧れの「静岡市中心繁華街での演奏会」、そして、「自衛隊演奏会」。

 いつのまにか、音が聞き分けられるようになってきていた。速いトリルも、指が追いつくようになっていた。他の人の音がわかれば、どのタイミングで自分がどの程度で吹けば良いかもイメージできてきた。同じ音を出しても、同じにならない管楽器。口の形や息の入れ方で音が変わってしまう。いくら譜面通りにフィンガリングしても、出てくる音は違う音であった。でも、今はそれを「違う音」と認識でき、「正しい音」に調整する力がついてきている。万が一ずれた音を出しても、すぐに吹き方を調整して、そろえることが出来るようになっているのである。まだ個人差はあるが、だんだん、出来るようになってきているのであった。

 さて、これが、本物であるか、たまたまであるか。

 それを実証するのが、この「コンサートシリーズ・冬」である。この「コンサートシリーズ・冬」は、アンサンブルの最後の発表の場であり、定期演奏会の1ヶ月まえの前哨戦。そして、それは、夏コンへ向けてのエンジンのスタートを意味するのである。
 今までが、練習。これからが真の戦いである。そのスタートに立つ。これがコンサートシリーズ冬の位置である。
 そして、総合的に技術力等の判断を見るには、演奏会という演奏会で、ほぼ必ず演奏する「アルセナール」これの完成度が一番誰が聞いてもはっきりとわかるものである。金管から木管まで全ての楽器が平均的に取り込まれ、力強いファンファーレから、ちょっと弱くゆったりとした演奏までいろいろ取り込まれていて、吹いていて楽しく、また、全体を把握できる曲であろう。
 自衛隊の演奏の時、音が揃ってきたという印象があるが、何分、天井まで20m以上あるような広すぎる会場で、抜ける音は抜けてしまい、音のバランス的にはまとまり感が少なかった。あれは、会場の問題であろう。聞こえなかったティンパニーも、チューバも、フルートも、普通の会場であれば、ちゃんと聞こえていたであろう。
 それを確かめたく、期待が高まるのであった。

 山田生涯学習センターホールは、元々は、講演等を目的として設計されていて、演奏会は音の反響がうまくなく、音的には良くない。さらに、それが大編成の吹奏楽ともなると、ステージの前に3列の席が並び、指揮者の真後ろにもう観客がいるという具合。観客側から見れば、右側は窓で左側は壁。ステージは左右の袖や天井までが抜けていて音も抜けてしまう。従って、ステージ上は、ティンパニー、トランペット、トロンボーンと、前に出て行く楽器を配置する。このため、演奏者は後ろから聞こえるはずのペットなどの音が、一旦頭上を抜けてホール全体に響いてから帰ってくる音と混ざって聞こえる。少しでも音がずれると、気持ち悪いほどの不協和音となる。演奏しにくい構造でもある。
 それは、毎年同じ条件である。それでも、体育館での演奏よりは格段に良い音であり、定期演奏会を体育館で行う学校が多い中で、恵まれているのであった。

 自衛隊演奏を終えて、1ヶ月の猶予しかない。その中でインフルエンザの大流行。なんとA型、B型両方かかってしまった子もいた。インフルエンザと思いきや、まさかのノロウィルスで、やつれてしまった子もいた。練習を終え楽器を片付けている最中に倒れてしまう子もいた。そんな状況で、定期演奏会のための準備もあり部Tの準備や、チラシ、ポスター、チケットの準備と、やることが多い。人も揃わず、天候も悪いこともあり、早帰りもあり、まともに練習が出来ないでいた。
 なんと合奏練習は、直前の土曜日に初めて通しで演奏したようである。全て1度は演奏した曲である。とはいえ、ここまで時間がとれなかったこともないほど、厳しい時間であった。

               *    *    *

 第1部は、アンサンブルで練習した曲であり、アンサンブル部内コンテスト以降、繁華街での演奏会がありの、3回目の演奏となる。ところが、2年生の木管五重奏、金管八重奏は、アンコン出場メンバーにもかかわらず、メンバーの不調等で演奏できなかった。都合3チームが欠け、7チームでの演奏会であった。

 スタートは、惜しくも次点でアンコンを逃した、琴音たちのパーカッション。アンコン落ちた後も、いつもこの曲を練習していた。繁華街での演奏会に向けて練習していたのである。その後も、何かと時間があれば、この曲を練習していた。人一倍練習していたであろう。2年生のコンガ、ボンゴが中心で、両脇に彩乃のマリンバと、1年のシロフォンがつく。後ろに1年生のクラベスとマラカスがリズムを補完する。アンコンの学内予選の時もかなり良かったのであるが、演奏が単純なだけに、わずかなテンポのずれが大きく影響してしまう。マラカスの音が、コンマいくつか、どうしても遅れてしまう。カラオケの伴奏というわけには行かない。息が合わないと、全く雑音になってしまうのが、パーカッションのアンサンブルの難しさであろう。
 ところが、第1演奏ということもあるが、いきなりの素晴らしい演奏。ぴったり息が合っている。後ろの1年生も、ぼったっている感が強かったが、膝と腰でリズムをとっている。まさに練習の成果であろう。ひたすらストイックに練習した事が聞けばわかるのであった。コンガを演奏する琴音が、ボンゴを演奏する仲間に目配りをする。この子は少し技術レベルが低いようだ。琴音はこの子の演奏をサポートして、リードするとともに、この子が今出しているテンポに合わせている。でも、それには、琴音の真後ろに位置する、彩乃の正確なマリンバのメロディがあるからである。琴音と彩乃がしっかりと信頼し合っているから、琴音はもう一人の子に神経を集中させることができるのである。これがチームワークである。シロフォンの子は自分の演奏で目一杯であろう。ここをしっかりとリードしながら、サポートする。
 まず、ここから、「今年は違うぞ」と思えたのである。

 次の1年生のクラリネットの演奏は、まぁ練習不足というか、まだ、音のポイントがつかめていなく、また明らかに練習不足で、次の音を探している。だんだん遅くなっていく。途中で止まらなかっただけでも十分である。まぁ仕方ないが、いろいろ問題がありそうだ。1年のクラリネットの中で2名ほどエアークラがいる。練習もしない。準備の手伝いもしない。でも常にみんなと一緒に行動はしている。頭は良いらしい。高校受験の為の内申書対策ではないかとささやかれている。どんなに注意しても聞かない。もう部員の誰も声をかけなくなっている。エアーであれば邪魔はしないが、音量的にも不利である。
 3曲目は1年の金管。山田中は総じて金管が弱い。特にボーンとチューバ。肺活量もあるが、狙った音が出ないのである。顧問の三田自身は、ユーフォ奏者である。その指導を以てして難しいのであろう。中学生ということもあり、肺活量や唇の大きさ、顎等の骨格の問題等、成長の過渡期と言うことも影響するであろう。
 繁華街での演奏会では、寒くて楽器が冷え切っていたこともあるが、「気持ち悪い」音で演奏している本人達もだんだん下を向いてしまうような「音」だった。
 ところがである。
 いきなりのファンファーレ。弧をイメージ据える配置の両最前列に位置するトランペット二人のファンファーレである。見事に3音ズレの和音がぴったり合い、ハーモニーが会場に響いたのである。微妙の音をずらしての弱い音のハーモニー。その後、同じ音でのフォルテシモ。ちゃんと音合わせが出来ている。音ずれが感じられないのである。肺活量もあるであろう。もう少し低音が響いてくれればとか、むしろちょっと上のレベルを要求したくなるほどの上手い演奏であった。リードするペットの子のセンスというのであろうか。下手をすると、2年の金管よりも上手いと感じる演奏であった。番狂わせの音にみんなびっくりしてプログラムを見直すのであった。みんなが思ったことは、「これ、本当に1年生?」。

 そして、2年1年混合のフルート。まぁ、安定して合格レベルである。今日子もみんなに合わせられるようになり、みんなで同調してフルートを回して踊る。ひとつ難があるとすれば、みんな同じタイミングで息継ぎをすることと、肺活量の不足をカバーすべく思い切り吸い込むため、「はぁーっ、」と吸い込む音がはっきりと聞き取れること。「音」的には大きなノイズである。とはいえ、これでなぜ県大会に出れなかったかが不思議である。まぁ、深く追求すれば、音が雑な部分も感じられる。スピードが速く、高い音なのでごまかしがきくのであろう。でも、不快な思いはしないレベルであった。

シーズン2コンサート冬第1部350-min

 2年の金管。やはり、ここに問題が残る。ペット、ボーン、ホルンともに音が外れる。残念である。ただ、今までと違うことがある。それは両脇にペットが向かい合わせに立つのであるが、この子たちの姿勢がピット背筋を伸ばして、まっすぐペットのベルを向けているのである。この姿勢。まっすぐ音を飛ばすぞと言うこの姿勢が、良い音に繋がるのである。出てしまった音は気にしなくてよい。細かいことを気にせず、あの壁の向こうまで音を届かせてやると、思いっきり吹けば良いのである。気の弱いところがあるトランペットの杏。優しいという点は良いのである。しかし、本来はもっと前に出たいのである。そこが上手く表現できない。みんなをリードしなくてはならないというパートリーダーとしての立場。だからこそ失敗できない。中文連は見事に、プスッとも出なかった。見事「音が出ない」空吹かしであった。「もうあぁなりたくはない」と、思えば思うほど、足が震えてくる。それでも、背筋をぴしっとのばしてペットを高く持って演奏し続けることが出来た。
 このあたりは、北海道から転籍してきてペットからボーンに変更した優子の指導が功を奏してきたようだ。優子は北海道という大自然の中で、「あの山に向かって吹け」と思い切り音をさして、他の部員から「うるぁさーいっ!」と叫ばれるほどであった。背筋をのばすと、横隔膜から肺にかけて余分な抵抗がなくなり、喉から口にかけてもまっすぐに気道が確保される。腹の力がそのまま吐く息となり、良い音となる。これをイメージするには、「あの山に向かって吹け」は、まさにその通りである。でも、そこそこの街で過ごしている他の部員には「あの山って、どこ?」と、イメージがわかない。照れや緊張もあり、どうしても背筋が丸くなりベルも下を向く。こうなると抵抗が増え、「音」にならない。優子はこの「姿勢」をしきりにみんなに伝えた。「もっと顔上げて!もっと!」「会場の一番奥に音を届けるつもりで」「もっと遠くも見て!」これが、花愛に伝わったようだ。姿勢が良いとは見ていてもきれいで、格好が良い物である。今の段階であれば、これで良い。今、音を飛ばせられれば、8月の夏コンには十分間に合うはずである。

 木管七重奏。1年もそうだったが、明日香のクラリネット、リガチャーとリードが上手く調整できていない。しきりにピーッと出してしまう。リードが合っていないのか、アンブシェアが浅いのか。でも、顧問は、そこは気にしなくて良いから、どんどん吹けと言っているらしい。確かに、大きな問題ではない。だんだんと自分の吹き方が出来てくれば、自分に合うリードやリガチャーが見つかるであろうし、その締め付け方もいくらでも工夫が出来る。今必要なことは、そんな小手先のことではなく、ちゃんとまっすぐな音を出すことだ。と言う教育的な部分もあるであろう。しかし、不快な音である。演奏している本人も不快である。どうしても、怖くなり小さな音になってしまっていると感じることもあった。

 クラリネットは、バスクラリネットの絵里がパートリーダーである。背筋がピシッとして華奢で目が愛らしい。吹部一のかわいらしさを自負していた。もちろん異性からもよくモテて噂も絶えない。でも、その人から見られているという意識が、姿勢から演奏そのものに自信をつけている。ただ、何をやっても上手くいく子で、それが他の仲間から見れば面白くないこともあるであろう。この子は悪い子ではない。ただ、この子についていれば、何かラッキーがあると思うのか、幾人かの取り巻きが出来ていた。この子たちが、自分中心で部活全体をバラバラにしている要因の一つでもある。2年生がまとまらなければ、1年もまとまらない。ここの改善が課題であろう。部長の花愛も、美奈もそこがわかっていた。美奈はなんとか絵里の気を引こうと、誕生日プレゼントを思いついた。しかし1月にもう終わってしまったようっだ。それでも、プレゼントを用意した。もともと保育園からのメンバーである。保育園で素っ裸で走り回っていた「裸の付き合い」があった。しばらくパートが違うこともあり、別の道にいたようであったが、面白いもので、すぐにお互い気が通うことも出来るようであった。絵里の好きなキャラクターが何か、周りの子に訪ねると、ドナルドダックだと答えが返ってきた。それは、美奈が「おそらく絵里が好きなキャラクタ」と想像していたとおりであった。
 あるとき、練習が終わったときに絵里が体調を崩した。寒い雨の日であったが、美奈は家まで送り届けた。雨は午後急に降り出したのであるが、天気予報では雨と行っていた。美奈は傘を持つのがあまり好きでなく、傘を持たずに登校していた。にもかかわらず、絵里を美奈とは反対方向の自宅に送り届け、自らは全身濡れながら、帰宅したのでだった。そんな絵里攻略作戦が進行していた。

 美奈は、裏の楽屋でみんなをサポートしていた。美奈の木管五重奏は、ファゴットの美由が英語検定の試験の日だったこともあり、欠席となっていた。そのため、今回の演奏会は木管五重奏としては欠席であった。正直、悔しかった。アンコン本番よりも、繁華街の演奏会よりも練習を重ねて、楽しみながら演奏できていたのだから、余計に悔しかった。美由に「英検落ちたら、殺す!」とまで笑いながら何度も言っていた。夏コン落ちた組の美奈は、裏方の仕事が嫌いではない。率先して出番待ちの子のサポートや、演奏終了後の楽器の移動等を行っていた。でも、それはその仕事をすることで気を紛らわしていたのである。人知れず、美奈の目には涙が浮かんでいた。会場の様子も涙にかすんでいたのである。

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 さて、第2部が始まった。もちろん山田中吹奏楽部のリファレンスである「アルセナール」であった。出だしのファンファーレは、完璧である。吹奏楽は「勢いだ」と言った先生がいた。最初が良ければ、後で多少音がずれても気にならないが、最初にこけると、いくら後で良い演奏をしても、もう印象は良くならない。コンクールにしても「最初が肝心」らしい。自衛隊の演奏の際、奥のティンパニーとチューバが聞こえなかったが、そこはこのホールでは問題が無かった。前半64小節目から68小節に至る部分で、ペットが弱い音の3連符で駆け上がるところがあり、ここがいつもできなかった。音もずれるし、フィンガリングもずれる。全体では、もにょもにょして気持ち悪い。どうしてもここがネックであった。今回は、どうやら音はほぼずれていなかった。フィンガリングがまだ揃わないが、なんとか、音が合うようになっていた。それ以外は素晴らしい演奏であった。
 昨年のメンバーは、夏コンの直前の6月に同等のレベルであった。その頃になると、1回1回演奏が上手くなり、成長ぶりは驚きに値する。夏コンは見事に県大会金賞に輝いているのである。その演奏を、この2月に達しているのである。

シーズン2コンサート冬第1部イラスト350-min

 2曲目の「サウンド・オブ・ミュージック・メドレー」。これは、自衛隊演奏の時の目玉で演奏し、奇しくも力不足を披露してしまった曲。あれから1ヶ月でのリベンジである。おやっ、と思うほど改善されていた。金管の底上げが影響している。金管が音が揃ってくれば、全体がしまってくる。チューバ、ユーフォニアムの低音域の支えも、木低(木管低音担当)もしっかりと支えた上での、トランペット6名の「ドレミの歌」。さすがに知っている曲と言うこともあろうか、音がまとまって観客席に飛んで来るようであった。これが1ヶ月前には出来なかったのである。本当の意味での感情表現はまだまだであるが、十分雰囲気の伝わる演奏に仕上がっている。

 お次は、「ディズニー・マジックキングダム」である。これも、自衛隊演奏の時の曲で、エレクトリカルパレードの電飾で、4,000名の観客に「おぉー」とうなってもらえた曲である。しかし、なかなか揃わないクラリネットパートソロ。音にならなかったフルートパート。これもいろいろ問題があった曲のリベンジ。「ドッ、ソッ、ラッ、シッ」のリズムがだんだん大きくなりそれに併せてクラ5本が行進して入場。6回の繰り返しの後、「僕らのクラスのリーダーは♪」と演奏をはじめる。このリズムが正確で、音が徐々に大きくなり盛り上がってくる。さぁ、クラリネットは!と、最大の見せ場である。うーん、金管が思った以上に改善されると、この山田中の次の問題は、このB♭クラであろう。音が小さく揃わない。もうひとつである。そのあと、フルートパート5本のソロ。これは揃うようになり改善された。
 なにより、この指揮は、1年間の産休教師代替の女性副顧問の指揮であった。ふれあいコンサートでも指揮を振っているが、自身もコントラバス経験者であり、まんざらではなかった。それだけでなく、頭にミッキー帽子、両手はミッキー手袋、黒のタキシードで、尻尾つき。おまけに「こんにちは、ぼく、ミッキーです」とモノマネするので、会場も部員も大受けであった。どうやら定期演奏会でも指揮を振ってもらえるようである。こういったことに部員も気が回るようになっている。なるほど、「楽しい」という言葉は本当のようだ。

 コンサートシリーズ最後の曲は、映画パイレーツ・オブ・カリビアンから「呪われた海賊たち」。これも中文連で演奏した曲で、ボロボロだった曲である。まず、テンポが合わない。2拍子と3拍子がまざり、いくつかの8分休符がそれを複雑にする。「タ、タ、タタ・タ、タ、タタ・タ、タ、タタタタ」これに体が追いつかない。前半のトランペットのソロ。もちろん、杏の担当だが、中文連の時は、ぷすっ、とも音が出ない。一番の聞かせどころで、空吹かしという苦い経験があった曲のリベンジである。まさに「やってしまった」曲である。
 テンポは軽快に揃うようになっている。さてペットのソロ。最初の1音が出なかった。が、すぐに立て直し、3音目から復帰した。音が出れば姿勢がよいこともあり、まっすぐ音が飛んでくる。しかし、ロングトーンが苦手で、尻切れトンボになってしまった。やはり抵抗の高い楽器の影響であろう。でも、大きな成果である。美奈もオーボエのソロで音をはずした経験がある。でもすぐに立て直し、次のロングトーンは完璧にこなし、エンディングを飾った。誰もがソロで「やっちゃった」が怖いので、恐る恐る吹き、で本当に「やっちゃう」のである。1度経験すれば、「なんちゃらない」。これで度胸がつく。立て直せれば問題は無い。あとは、苦手なロングトーンを克服し出来れば、もう杏は大丈夫であろう。見事なリベンジであった。終盤にさしかかる直前のバラード風の展開でのトランペットの「泣き」の部分。音がかすむこともあるが、とにかく出しきった。少なくても中文連の何も聞けない状態ではなく、とにかく前へ進む音であった。その後、何度となくペットパートが演奏するが、杏の自慢のバックの銀色のトランペットからの音しか聞こえない。堂々と音を飛ばせるようになっていた。顧問の三田は、この一番のボロボロの曲を見事に立て直すことが出来た。これは、本人たちも、部員全員も大きく前進したことを実感できるものであった。

シーズン2コンサート冬350-min

 拍手が鳴り止まない。ご挨拶の拍手ではない。この演奏、見事にリベンジした曲も含め、確実に成長していた。去年のチームよりも遙かに向上していたのである。昨年ではやっていない、今年初めてトライした種々の施策が功を奏したのであろう。確実に「実」になっているのが実感されたからである。
 アンコールとなる。ちゃんと用意してある。「ジョイフル」であった。これも、ふれあいコンサートで演奏した曲である。今回は、このコンサートシリーズ冬のために新たに新曲を演奏していない。今までは、必ず1、2曲新しい曲を演奏した。これも初めてである。その代わり、全て完成させているのである。演奏しっぱなしではなく改善をし、曲を仕上げてきていたのである。
 ジョイフルも、パートソロごと、楽器を持ち上げたり、手を振ったりと盛り上げた。最後は中心のクラリネット、中列のフルート、サックス、3列目のオーボエ、木低、そしてステージ上のトランペット、トロンボーンと、順に上がっての演奏で、フィナーレを飾った。
 今ある実力を出し切った、現地点での完成したコンサートとなった。

 ここから、さらに進化したところを見ることとなる。片付け、清掃である。思えば、9月の運動会演奏会。部長の花愛が一人で走り回り、誰かが、「花愛、だいじょうぶ?」と声をかけてくれた時、半泣き状態で「大丈夫じゃない!」と切れていた。あれから5ヶ月。椅子を片付ける人、楽器を片付ける人。譜面台を集めて片付ける人。壁に貼った定演のポスターを剥がす人。そして、モップを以て床を吹き上げる人。ちゃんと持ち場で揃って作業をしている。しかも、みんな楽しそうに笑顔である。やらされ感満載の今までの部員たちではない。あっという間に片付き、きれいになった。これには、この場所を提供している、山田地区生涯学習センターの館長も、感心していた。部長の号令とともに、みんなが自分の仕事をこなしているのである。
 部長をおいてバスで出発してしまった、自衛隊の演奏会から1ヶ月。見事に、組織が動き出していることが、見ているだけでわかるのであった。今にしてみれば、全てが大きく変わるきっかけとなったのが、あの自衛隊との演奏会であった。良いも悪いもいろんな経験をしたことである。そして、それだけでなく、自然に音が出せるようになり、音の違いがわかるようになり、音を併せられるようになっている。だから、「楽しい」と思えるようになっていること。この心の変化が一番であろう。この感覚が、この2月で感じることが出来たのである。

 本番の夏コンまで後5ヶ月。残り半分を切った形である。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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