かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。
めざせ!東海大会♪ シーズン2
昨年秋に実施した、ソロコンテストが、美奈達に良い影響となったことを実感した、顧問の三田は、新入生を迎えて新しい学年になって、今年の「夏コン」を目指す部員ひとりひとりの性格、技術力を見るためにも、5月の連休明けに「ソロコン春」を開催することに決定した。
毎年、4月は新入生歓迎行事や新入部員募集活動で、なかなか演奏練習が出来ない。そして5月連休前に、新入生は部活に入部することとなるため一段落する。その時点の実力をしっかりと見極めて、夏コンの編成を考えようとしていた。つまりこの時点では、夏コンの課題曲も自由曲も決まっていなかった。自由曲がクラッシックならば、課題曲はマーチ系、自由曲がマーチなら、課題曲はクラッシック系と、同じ楽曲系ではない組み合わせでないと、良い評価が得られない。クラッシック、マーチ、ポップス、得意不得意も含めて幅広い実力が評価されるのである。
その重要な選択になる自由曲が、この時点では三田の頭の中で決定していないのである。もちろん、これから練習で音を作っていくのだが、そのベースとなる演奏者の実力や性格などをしっかりと見極めたい。それが三田の思いであった。
三田から出された課題は、「ソロコンで、3分から5分程度演奏する事」である。どの曲が良いとか全く自由である。伴奏などは無し、どの曲のどのフレーズを演奏しても良い。その選曲自体も、評価の対象とするとのことであった。
美奈達は、何にしようか相談したり、楽器店に行き楽譜を探したり、それぞれ曲選びに走った。「たぶん、三田先生はクラッシックが好きだから、この曲にしようかなぁ」とか、「前回、この曲だったので、今回はその次のこの曲が良いかなぁ」など、いろいろと考えているようだった。中には、「この前、三田先生はこの曲のこと話していたよねぇ、という事は、暗にこの曲を推薦しているんだよ」などと、憶測で曲を決めて、少しでも良い評価をもらおうと考えてみることもあるようだ。
でも、選考は二人の演奏のあと「どちらが良いですか」と、みんなで挙手で決めるのである。その段階で三田の評価は入らない。つまり、このソロコンで仮に1位になったとして、その楽器が中心の自由曲となるわけでも評価が高くなるのでもない。三田は、どの曲選び練習の過程そして当日の演奏、その結果だけではなく、その過程を含めてトータルで評価しようとしているのである。
とはいうものの、そこは子供達の頭の中は、やはり少しでも良い評価をもらい、「ソロ」や、目立つパートが欲しいと思うのであった。それは定期演奏会でのソロパート選考で、2年の花愛が、1年の後輩に抜かれソロ落ちを経験したことが響いていた。3年だからコンクールに出させてもらえる、という補償は無いという事である。
その昔は3年は全員コンクールに出れた。2年もほぼ全員出れていた。時には1年であっても出させてもらえていた。でも、今年は新入部員1年を除いても、57名もいるのである。コンクールのA編成は50名なので、7名も落ちることとなる。そして3年が全員出れるという補償も無い。ここが部員数が多い吹奏楽部の辛いところである。少ない部員数の吹奏楽部は、逆に言えば全員でコンクールに出場できるのであるが、部員数が規定より多ければ、校内選抜で出場メンバーを絞らなければならない。3年生優先で選ぶか、オーディションで上手い方を選ぶかは、その顧問のやり方次第である。三田は定期演奏会のソロでそのオーディションを行い、「実力主義」を示したのである。
美奈にしてみれば、昨年メンバー落ちだったので、今年落ちれば、まさかの一度も夏コンにでれなかった吹部生となってしまう。それだけは避けたかった。オーボエの後輩2年生も、まっすぐな音が出ていて、油断すると抜かれるという危機感もあった。
そのため、ソロコンは、みんなが「なるほど」と思われる、聴かせる曲を選びたかった。レッスンの外部講師の先生にいくつか提案して、トゥランドットの「誰も寝てはならぬ」の有名なワンフレーズを吹くこととした。イメージは、荒川静香のフィギアスケートである。美しいフレーズとイナバウア、あの曲である。
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さて57名もいると、トーナメントとしても2週間を費やす。全体を大きく4つのグループに分け、抽選で組み合わせが決まる。「ソロコン秋」で上位8名はシードとなり、第1回戦は不戦勝である。美奈は、シードで2回戦からの出場となった。
フルートの今日子、彩、ユーフォニアムの美咲は第1グループ。今日子はシードで2回戦からである。このグループには、フルートの今日子と彩がいる。この組み合わせも偶然のものである。
トランペットの杏、トロンボーンの優子、バスクラリネットの絵里、パーカッションの彩乃、琴音は、第2グループ。杏と琴音はシードの2回戦からである。
ホルンの奈菜と、アルトサックスの花愛は、第3グループ。
オーボエの美奈、クラリネットの明日香と梨華、ファゴットの美由は第4グループ。美奈と美由はシードで第2回戦からである。
そして、第1回戦から粛々とトーナメント戦は始まるのであった。
第3回戦、ベスト16での戦いとなった。ここからがまさに実力勝負となる。くじで決めたトーナメントなので、同じパートでも、1st.2nd.もいれば、もちろん先輩後輩もいる。この同じパート同士が初戦で対戦する事もある。逆に、ベスト16に何人も残るパートもあれば、早くも敗退するパートもある。組み合わせのいたずらで、不幸な結果の場合もある。トーナメント故の選択である。また、違うパート同士の組み合わせの場合、どちらが良いかの比較対象が違うので、難しい判断である。
とはいうものの、面白いもので、中心メンバーはほぼベスト16には残っていた。ここからが、真剣勝負と言うことであろう。
ソロコントーナメントイラスト-min
第1グループAは、シード出抜けてきたフルートの今日子と、1回戦から勝ち抜いてきたアルトサックス2年生との対決である。
まずはフルートの今日子で、曲目はモーツァルトの「アルルの女」であった。
今日子は、誰もが知っているクラッシック曲で勝負をした。スラーとタンギング。流れる高音から弾む音階。そして誰もが聴き入っていく名曲である。豊かな高音は、フルートならではであるが、かなりの肺活量を要し、その腹筋を使ったコントロールが難しいところである。華奢な今日子にとって「肺活量」と「腹筋」は苦しいところである。敢えてこの曲を選び、挑戦をしたのである。
フルートを斜めに構えて回しながら吹く、今日子のスタイルであるが、回転は抑え気味で演奏した。アンコンの時は、気持ちよく回していたが、予期せぬビブラートが音を濁らせていたことに気がつき、回したい気持ちを抑えて確実なリップコントロールを効かせたのである。
第1グループAの対戦相手の、アルトサックス2年との差は微妙であったが、そこは女王フルートが押さえ込んで、今日子は勝ち抜きベスト8へ進出した。
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第1グループBは、フルートの彩とユーフォニアムの美咲の対決であった。
フルートの彩は、松任谷由実の「春よ来い」からである。
フルートの今日子との直接対決では無かったが、同じ第1グループである。上位入賞確定とも思われる今日子といずれ戦う事となる緊張感を持ったまま、演奏をはじめた。この緊張感が指の動きに影響されたようであった。ピロピロピロと駆け上がる処をピピピロと、転がるように演奏してしまった。同じフレーズはあと3回あるが、その後は気を取り直して確実に駆け上がったのであるが、痛恨のミスである。最後の高音でのロングトーンは、自然のビブラートも入り、聴き心地が良かった。
彩は、前へ前へと出る性格ではある。が、実は気が弱い一面をもつ「娘」であった。とはいえ、2年から転入して見事にソロを勝ち取る実力を鍛えてきた、ストイックさは彼女の持ち味であろう。
ユーフォニアムの美咲はカーペンターズの「青春の輝き」、懐かしいメロディであった。
この曲は、アニメ「響け!ユーフォニアム」のイメージソングでもある「はじまりの旋律」のイメージの原曲とも言われ、ユーフォニアムであれば、実に合う旋律である。この曲を選んだのは、みんなが知っているユーフォニアムが合う曲だということである。
まっすぐな音の響きは、ユーフォならではで、心に響く音である。もちろん強く伸ばすと多少の音が乱れてしまうのであるが、そこはユーフォニアムの太い響きであまり目立たないようである。ソロで吹く分には、大きな減点にはならないであろう。
ソロコンイラスト350-min
対戦相手の彩は、自分のフルートをぎゅっと握って、祈るようにじっと聞いていた。しかし、後半その握る手を下ろしてしまった。音の豊かさの違いを感じたようだ。フルートとユーフォニアム、技術レベルがほぼ同じなら、豊かな低音の魅力はずるいと感じたようだった。
第1グループBの結果は、ユーフォニアムの美咲が勝ち抜き、ベスト8に進出を決めた。
* * *
第2グループAは、シードで抜けてきたトランペットの杏と、2年編入組で初戦から勝ち抜いてきたトロンボーンの優子との勝負である。普段は、優子が杏を指導していた。いわば師弟対決であろうか。師匠の優子に対して、シードの杏の挑戦である。
トランペットの杏の選曲は、「トランペッターの休日」である。あの、運動会の「かけっこ」のバックミュージックだ。
とにかく早いテンポとタンギングが難しい曲である。ロングトーンや音程よりも、とにかく素早いタンギング。メロディ進行も単純明快。聴かせる演奏では無く、走りたくなるような気にさせるかどうかがポイントであろう。もちろん、そこはまだ初心者で、譜面通りの軽快なタンギングは難しいし、全体のテンポも遅くアレンジしている。ソロコンテストで技量を競うというより自分自身の練習曲という意味合いが強かった。よもすれば、音が上手く出ずだんだん遅くなって言ってしまうのだが、全体のペースを維持することを優先して吹いていった。
まっすぐ立ちトランペットを水平に構え、音を前に出す。優子に教わった姿勢を忠実に再現し、多少音が転んでも動揺せず、演奏を続ける事。今が完成された演奏では無い。あくまで練習をする課題としての挑戦であった。
トロンボーンの優子は勝負を、ラフマニノスのヴォーカリーズで挑んだ。
トランペットの杏とは全く対照的な、ゆったりと聴かせる曲である。肺活量とそれをコントロールする腹筋、そして安定したアンブシュア、音程を正しく探れる耳、それぞれが硬度に連携したとき、人の心に響く演奏ができる。特に、出だしの音の立ち上がりが、「ぶぉおお」と大きさに変化が出てはだめで、最初の音から「ぼおおお」と音程や音量を変えずに音を飛ばすことが要求される。まだ練習過程ではあるが、まっすぐ且つ丸く響かせる優子の音は、部員全員がうっとりするようであった。
第2グループAは、そこは実力差トロンボーンの優子が勝ち抜いた。でも優子は杏が前に出る良い音が出せるようになっていることが嬉しかった。勝ち負けではなく、良い音が出ていたことに酔っていた。
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さて、第2グループBは、直接対決である。シードで抜けてきた琴音に、勝ち抜いてきた彩乃が挑戦したのである。
パーカションの彩乃は、情熱大陸をマリンバで奏でた。
アンコンは、彩乃がマリンバを奏でて、琴音がボンゴだった。定期演奏会は琴音が、マリンバで「セドナ」を奏でた。この二人は、ベストコンビであり、またライバルでもある。彩乃は得意とするマリンバで直接対決を挑むのであった。
情熱大陸は、もともとバイオリンの曲で、テンポの速い曲である。バイオリンは左指ととなり同士の弦を上手く使って和音と素早い音階で切り抜けるが、打楽器でもあるマリンバでは、多少の響きがあるにせよ、ロングトーンのような事はできない。したかがって素早くマレットを叩くことで連続音のような旋律を奏でるのである。トレモロという演奏方法である。それ故正確なストロークが要求され、ここが上手くいけば、聴く側の心をつかめるのである。素早い正確なストロークでまるでひとつの音のように感じられ、彩乃の実力を目一杯表現できていた。
ソロコンCグループイラスト350-min
直接対決の琴音は、バックヤードで聞いているも落ち着きが無かった。同じマリンバでの対決である。自分の音を忘れないように琴音の音をかき消すように首を振り、自分を維持しようと必死であった。
琴音は、同じマリンバでの直接対決であった。曲はシューベルトの「軍隊行進曲」。
リズミカルなメロディー進行に、正確なストロークが要求され、誰でも知っている割にそれなりに難しい曲である。この曲もトレモロが多く、行進曲のテンポとトレモロによる音の延びとが調和した軽快な曲である。定期演奏会では「セドナ」を演奏して、その正確さと豊かな響きで聴衆を魅了したのだが、どこか落ち着かない。盟友でありライバルでもある、彩乃の演奏が追い上げてきていることを十分感じてプレッシャーになっているのであろう。このプレッシャに打ち勝ってこそ、上達していくのであろうが、対決する順番なども心理的に影響しているであろう。彩乃の演奏中の心の乱れがそのまま演奏に影響が出てしまったかのような演奏であった。
ベストコンビネーション同士の直接対決は、彩乃に軍配が上がった。どちらも優劣付けがたい正確なマリンバであったが、曲目がのりやすかったのであろうか。「情熱大陸」の勝ちであった。
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第3グループAは、2年のパーカッションとホルンの奈菜との対決である。
ホルンの奈菜は、モーツァルトの「ホルン協奏曲第1番第1楽章」のソロアレンジである。テレビ番組「いきなり黄金伝説」で有名な曲である。ホルン独特の響きを堪能できる名曲である。リップスラー、タンギング、トリルなど適度に練習するポイントがあり、練習曲としても楽しみながら吹ける曲である。いかに丸い響きを維持して流れるように演奏出来るか、肺活量と正確なアンブシュアが要求され、奥が深い曲でもある。やっとこのレベルが吹るようになってきた段階である。
奈菜は定期演奏会で「このグロッケンに合わせなきゃ、気持ち悪いだろ」と三田に言われたことで、一皮むけた感があった。力強い音から丸い音まで出せるようになっていて、音色を合わせることも、また逆に音色を変えることも徐々にであるが出来てきていた。その上で、丸く響く音色で、テンポや吹き方を変えて演奏する挑戦であった。
対する2年生のパーカッションは、ビブラホンで挑戦してきたが、第2グループでマリンバ対決を見た直後でもあり、部員の多くの心に響く音色はホルンであった。しかし、2年生でベスト16まで上がってくる事は素晴らしいし、それがアンコンで、苦しい思いをしたパーカッションパートであると言う事。悔しさがバネとなり、次のステップに踏み出していく姿勢、嬉しいことである。
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第3がループBは、アルトサックスの花愛とバスクラリネットの絵里の対決である。
アルトサックスの花愛は、カヴァレリア・ルスティカーナより間奏曲を選んだ。
ゆったりとしたメロディーで心に残るフレーズ。一つ一つの音をしっかりと出していけば、しっとりと奏でられる。心に残る曲をと選曲をした。ただ譜面通りに吹くのではなく、唄うようにまた心を静めるように諭すように吹く。定期演奏会でイタリアーナ、シチリアーナと演奏してきた延長線上を狙って選曲をした。ゆったりとした曲は時として、呼吸が足りなくなることもあり、息継ぎが乱れてしまう面もあったが、もともと肺活量があるので、感情を込めての演奏は、聴衆を引き入れることが出来たようだった。
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バスクラリネットの絵里は、NHKの大河ドラマ「真田丸」のメインテーマのアレンジを選曲した。
この曲は、ソロコンテストにも使われた曲であり、難しい曲である。低音で早いテンポでのフィンガリングとタンギング。それから一気にスラーに入る変化が激しい曲でもある。まだアンブシュアが安定していない絵里には、音が転ぶし音にならないミスもあった。ただ、それでもつまずかないように吹き続ける事で、全体のバランスを身につけ、ここの技量向上を考えての選曲である。絵里はそもそも普通のサックスが吹きたくて希望したのだが、背の高さから肺活量を見込まれ、バスクラリネットを担当させられた経緯がある。そのため、特にレッスンに通うことも無く独自で練習をしてきた。簡単な曲やアニメなどの楽しい曲ばかり吹いてきたが、最後の夏コンへの挑戦として、難しい曲に挑んでみたのである。
ここは、根性の花愛に軍配が上がった。花愛もアルトサックス希望であったが、クラリネットに回され、運良く2年になるときにアルトサックスに転向できた経緯がある。しかし定期演奏会でソロを後輩に譲った花愛は、影で必死で練習を重ねていた。
絵里が下手だったのではない。花愛がそれ以上の練習をした成果が出たのであった。
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第4グループAは、シードからオーボエの美奈と、勝ち抜いてきたクラリネットの明日香の対決である。
オーボエの美奈は、トゥランドットから「誰も寝てはならぬ」である。
美奈は低音が得意であったが、この曲は中音域から高音域にかけて盛り上がる曲である。荒川静香のフィギアスケートを何度も見てイメージをつけて、自分の思うテンポで吹いてみた。オーボエの音は、独特の音色であるが、どうしても平たい音で小さくまっすぐに音が出ない事が多い。これを丸く響く音が出せれば、それは上達したことである。オーボエはリードが細く狭いので、息が余る楽器である。フルートは逆に息が足りなくなる楽器の代表であろう。息が余る苦しい中で大きな音を出すのには、逆腹式呼吸をマスターしなければならない。息の圧力を高めて流速は抑える。相反する吹き方である。これで音が揺れずに吹けるようになるには、相当な練習が必要であった。
ソロコン当日も、ひたすらこの安定した音色を何度も練習をした。2つ先の教室で一人練習をするも、ソロコンの会場にも響く音量が出ていた。オーボエが分かる人には、この音にたどり着くのにどれだけ大変だったかは通じるが、他の楽器から見ると、あまりに質素な音に感じられるようだ。もう少し、丸い響きが欲しいが、それにはもっと練習が必要であろう。
ソロコン4グループイラスト350-min
クラリネットの明日香はチャルダッシュ。
この曲は,ハンガリーの古い居酒屋をイメージした曲で、バイオリンのソロ曲として有名である。ゆったりとしたフレーズから突如、急加速して走り抜ける、まさにほろ酔いから酩酊にかけての盛り上がりが曲の面白さであるが、中学生の明日香にまだ酒に酔う楽しさは伝わらない。テンポもバイオリンのソロのような速度が出せることもないが、それでも素早く正確なフィンガリング、まっすぐな音色、ゆったりとしたテンポから駆け上がるテンポの変化、聴いていても楽しくなる演奏であった。顧問の三田は採点をしながら聴いていたが、いつしかペンを止めて聴き入るのであった。普段はおとなしく、感情をあまり出さない明日香の、実は熱い想いが伝わってくるようであった。
明日香の繊細で且つ素早いフィンガリング正確な音程には、刃が立たなかった。美奈の、のびのびと奏でるオーボエの音でも、審査員である部員の心は明日香であり、美奈はベスト16敗退となった。「ソロコン秋」のベスト8だったことを考えると、寂しい思いであった。「明日香は上手いよ。部活一だよ」とみんなにも話し、自分の気を取り戻すのであった。明日香がベスト8進出をきめた。
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第4グループBは、クラリネットの梨華と、ファゴットの美由の対決。梨華はEsクラリネットを担当するも、普段は普通のクラリネットである。今回も普通のクラリネットで挑戦をした。
曲はチャイコフスキーのくるみ割り人形より「金平糖の踊り」を吹いた。
Esクラリネット担当でもある為、高音域が安定していた。音を丁寧に吹くことよりも音色を重視して、丸く響く木管ならではの音にこだわって演奏してみた。
ただ対戦相手が違うが、先ほどの明日香のクラリネットがすごすぎて、音色や表現などあまり耳に届かなくなっていた。曲の吹く順番も採点には影響する。明日香の後のクラリネットは、ちょっと難しかったであったであろう。
ファゴットの美由は、普段、清水のファゴット教室で、練習している曲の中から選曲をしてきた。
この練習曲は、スラーからスタッカート、クレッシェンド、デクレッシェンドなど、いろいろな基本となる演奏法が取り込まれていて、まさに練習曲である。余分な解釈をする必要が無く、譜面通りに確実に演奏出来るかがポイントである。ファゴットは、管が太くて長いためオーボエと同じ2枚リードであるが、吹く圧力は高く流速をつけなければ安定した音にならず、肺活量が必要である。美由はこのところ、身体の成長が早く背も伸びてきた。肺活量には困らないが、良くお腹が空くようである。タンギングとスラー、長い息継ぎ間隔も無理なく吹け、難しい曲展開も確実に演奏する事が出来た。
ここは練習量の差か、ファゴットの美由が勝ち抜いた。美由は清水にある教室に毎週通い、力を付けてきた。近くにファゴットを教わることが出来ないディメリットが、本人のやる気を育てたようである。
日を変えて、翌週の土曜日の午後が、決勝戦となった。
最終決勝は、フルートの今日子を抑え、明日香のクラリネットであった。前に出て行く今日子のフルートではなく、どちらかの言えば引っ込み思案の明日香のクラリネットが、誰もが認めるソロコン1位となったのである。
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この全ての過程を考慮して、顧問の三田は夏コンの自由曲を考えるのであった。
それぞれの楽器のためのソロの部分を切り取っての選曲。また、その楽器の代表的な曲を選曲する部員もあれば、みんなの知っているアニメなどのメロディーを選曲する部員や、本来は別の楽器の演奏する曲であるが、自分の楽器でやってみるもの。そして、そもそも練習曲として普段吹いているものを選曲する部員、まさに、だれがどういう選曲をしているかも、面白いところである。
昨年、美奈を選考から落とした事は、顧問の三田も辛いことであった。昨年は5名選抜漏れであった。1名はほぼ部活に来ていない子であったため、仕方ないとしても、落選した4名は2年生でがんばっていたのであるが、落とさなければならなかった。それは曲全体のバランスを考えて、それぞれの音が確定してきた本番直前で選抜したのである。それが、今年は7名落とさなければならない。
昨年は、スーパースター級がいた。各パートに上手い子がいたため、その子が全体をリードしている。逆に言えば、それ以外の子であれば、「音」の編成上大きな影響は無かった。でも、今年のメンバーにはスター級がいない。逆に言えば、全体のレベルが昨年より上手いが、ずば抜けていないという事である。選抜する難しさがそこにあった。
このソロコンに向かうそれぞれの姿勢、成果、そしてどのパートを重視した曲目にするか、ソロを誰にするか、イメージをつけていく。
そして、このことで、奇抜な挑戦を生むことになるが、その発表はもう少し後になるようだ。
めざせ!東海大会♪
※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。