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第14話

中部日本吹奏楽コンクール

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 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 山田中学校は、2年前から清水で行われる「マリナートBRASSカップ」に出場してきた。これは、1年前の「夏コン」県大会出場校が参加できる、「選抜」のような名誉大会であるが、昨年のチームが良かったのであって、今年のチームが良いというわけではない。その意味で、今年の夏コンをめざすチームでの、大会形式の度胸試しという位置でもある。
 ただ、今年は、修学旅行の時期と重なり、直前練習が出来ないという状況であった。そこで、1週遅い「中部日本吹奏楽コンクール」に参加することとした。

 この「中部日本吹奏楽コンクール」は歴史のある大会であるが、「夏コン」の主催者が「朝日新聞社」に対して、中日コンクールは「中日新聞社」という点で、まさに、中部日本だけの地域コンクールである。静岡県には「静岡新聞社」という地方紙があり、全国では珍しくこの地方紙が地域でダントツのシェアを誇る。その意味で、中日新聞はメジャーではない。特に静岡市をはじめ県中部東部伊豆地区での知名度は高くはない。しかし浜松エリアでは、お隣が愛知県と言うこともあり、中日新聞のシェアは高く、地元に工場まであるようだ。従って、この大会自体も浜松エリアの中高がメインの大会である。

浜北中日

 浜松エリアの多くの中高吹奏楽部がエントリーして競い合い、中部地区東部地区からは数校が出てくる程度である。今年この大会にエントリーしたのは、実はこのエリアに大きな重要性があったからである。「東海大会」にいくと言うことは、「浜松」を抜く。少なくても浜松の強豪校の中に混ざらないと、扉は開かない。ここが重要だと分かってきたからである。

 浜松は大手楽器メーカーがある事もあり、「楽器の街、はままつ」と市の施策として盛り上げている。ただ、それだけではなく市民の多くが楽器と親しみ、街全体が「音楽」を楽しむ文化を形成しているのである。大手楽器メーカーに働く人も多いけど、そこを引退された方がリペアマンや教室をやっていたりする。なんだかんだで「音楽」に携わっている人口が、静岡に比べて格段と多い事がその原動力である。街角で毎週のように演奏会があり、小さな大会、合同演奏会など、静岡の比ではない。そんな中で育ってきた浜松の中学校吹奏楽部員。たまたま上手かったとか、良い先生がいたとか、そういうレベルではなく、全体の「層」が厚いことが強さである。そして、ここには「東海大会」の扉もあるが、「全国大会」の扉も開いているのである。

 単純にこれに対抗しようとしても、そもそも「資金」という面から不可能である。市民全体の思いも含めて「浜松を抜く」事は、現実的では無い。でも、それでは「東海大会」にいく事はできない。「東海大会」にいくためには、浜松を抜かなくても、せめて上位に食い込まなければならない。そのために何をするか。それをやってきた1年間である。

 「みんなを3年で東海大会に連れて行く」といった顧問の池田の3度目の挑戦。今年の夏コンは、是が非でも「東海大会」にいかなければならない。そのために、ソロコン、アンコン合同予選会、中心街でのアンサンブルコンサート、4000人の自衛隊演奏会と、例年いない企画を立てて進めてきた。浜松の楽器工場見学も、単なるレクレーションではなく「浜松」という文化になれるためである。「気持ち」を作るためである。その重いが子供達に伝わるか、そこに力を注ぐのであった。

 会場は、浜北文化センター大ホールで、静岡で言えば、焼津文化会館と同じレベルの会場である。さほど大きくはないが、使い勝手全てが初めての体験となる。

               *    *    *

 昨年の夏コンは、静岡市民文化会館であった。静岡勢にとってはホーム。浜松勢にとってはアウェーである。ホームであれば、学校で合奏練習をして調整してから参加できるし、使い勝手もよく知る会場で余裕であるが、アウェーであれば、そんなこと一つ緊張の種である。その昨年、アウェーの浜松が上位4つを持っていってしまった。山田中は次点の5位の「だめ金」であった。静岡勢はその下の6位の「だめ金」もあり、強豪校の大岩中であった。ホームでも浜松を抜けない。
 今年は、夏コンの県大会は「浜松アクトシティ大ホール」である。浜松の学校であれば、1度や2度の演奏経験があるし、他校の定演等で幾度も聞きに行った経験のある舞台である。対する静岡勢は、背の高い上階のホテルのタワーにびっくりする程の、「アウェー」である。ここでいつも以上の演奏をしなければならない。そのためには「アウェー」に慣れることである。

 顧問の三田は、「道場破りのような感覚だ」と部員を前にして言ったが、果たして現代っ子に「道場破り」の意味が分かってもらえたであろうか。今回の最大の目的は、「浜松を知る」と言うこと。浜松の「音」を聞くことをである。浜松は、毎年ゴールデンウィークまでは「浜松まつり」に全力を向けるので、まともに練習はしていない。だから、この大会には1ヶ月の調整で出てくる。そのため、まだ良い音にはなっていない。それでも、山田中と比べてどこまで仕上がっているか、それを知ることが大切だと、三田は考えていた。山田中もそのこともあるのか、自由曲はすでに決まっていたが、課題曲は1ヶ月前に決まったのである。自由曲は夏コンと共有であるが、オリジナル編曲で、楽譜が仕上がったのはやはり1ヶ月前。結果的に、1ヶ月で調整と、浜松勢と同じであった。

 自由曲は、昨年からマニアックな難しい曲である。三田の最初の挑戦は、赴任直後であったため、市販のスコアで「風紋」であった。「風紋」自体はかつての課題曲でもあり、自由曲で多く演奏される曲でもある。そこそこ難しく、腕のある部活でないと演奏はしない。この曲を限られた時間で選び練習したことは、従来にない「三田」の仕事であった。しかし、本当の「三田」の姿ではなかった。
 昨年、三田の2度目の挑戦は、三田の恩師の高山氏に吹奏楽用に編曲を依頼したオリジナル曲「交響曲イタリアの印象より・ナポリ」で挑戦した。もともとクラシック交響曲として書かれたもので、テンポも音の運びも難しいものである。それ以上に、オリジナルなので、動画投稿サイト等で演奏がない。多くの場合、動画投稿サイトに同じスコアの演奏があり、それを何度も聞いてイメージを作ることが多い。でもオリジナルは譜面を見てイメージを作るしかない。本当の意味での「実力」が試されることとなる。当然、審査員もそこを見ていて、どういう曲を選んだかと言うことも採点の一部である。

 今年もその考え方を踏破して、高山氏に編曲を依頼した。しかし、課題曲をマーチにするか、クラッシックにするかで曲を迷い、ファリヤ作曲歌劇「はかなき人生」より「スペイン舞曲」に決まったのは、5月になってからであった。そして、同時にこの中部日本吹奏楽コンクールに出場を決めた。この曲がまたテンポが複雑で、指使いも早く、普段あまり吹かない高音や使わないトリルなどがふんだんに用いられている。こんな難しい曲ではなくて、「風紋」クラスで良いから、演奏しやすい曲にしてほしい。保護者も含めみんなの思い出合った。

 課題曲は、行進曲「空のエース」であった。金管がリードした軽快なテンポに木管が華麗に舞うように演奏する。これは、意外とあっさり演奏できた。もちろん、細かく調整する余地はあるが、さほど力は入れずに進んでいった。顧問の三田からは、「冒頭の最初の10秒が勝負。トランペットとボーンがもっと「パーン」と入ってきてほしいなぁ」とコメントが出た。
 問題は、やはり自由曲。音がバラバラになり、音がずれているのか、指使いが間違っているかすら分からない演奏が続いた。

 すでに「下手」ではない。ただただ練習不足である。時間さえあれば必至にフィンガリングを練習する子もいれば、ここに来て妙な余裕を見せる子もいた。美奈である。全然指が動かない。「こんな指使い、今頃やらせないで」と逆ギレしている。「私は高音域が苦手なのに、なんで高音域が多いの!」と。もちろん、美奈自身、本気で言っているのではない。悔しいので言葉でごまかしているのである。後輩が中音域の2ndで追ってきている。彼女の方が高音が得意である。これは実はプレッシャーであった。ここに来て3年2年の1st、2nd入れ替えも現実味を増してきている。なのに、なぜか個人練習をやろうと思わないのである。下手な演奏をみんなに聞かれるのが怖いのであろうか。週1回のレッスンでは、冒頭のオーボエクラリネットのメロディーの同じフレーズだけ、それだけずーっと吹かされていた。まさに、音がずれたのか、指を間違えたのかさえ分からない演奏である。

 杏は名器バックの「ストラディバリウス」の抵抗に悩まされていたが、このところどうやら乗り切ったようである。美奈の家に遊びに来て、いろんな楽器を楽しみながら吹いていたとき、「今なら吹けるんだよねぇ」と、中文連で大恥をかいた、パイレーツ・オブ・カリビアンから「呪われた海賊たち」のトランペットのソロの部分を、すらりと吹いてみた。中文連の演奏会の時、あの静岡市民文化会館大ホールでまさかの「プスッ」と音が出なかった、「黒歴史」とまでみんなに言われたあのソロである。

 このトランペットは、10人いたら8人は良いと答える程の良い楽器である。深く響く音は人の心を酔わせるほどで、「ストラディバリウス」の名をバイオリンからもらい、そのぐらいに良いと言われる楽器である。ただ、そのために、2本支柱であったり、イエローブラスの厚みが厚く、さらに銀鍍金と、持つだけで重く、吹く抵抗が強く、ちゃんとしたアンブシュアと呼吸法が備わっていないと吹くことすら出来ない、人を選ぶ楽器である。
 杏は、この楽器が好きだった。なんとしても楽器に答えたかった。顧問に何度怒鳴られたか。「出てけ!」とまで言われたことも何度合ったか。「楽譜が読めないなら、クラの楽譜でも読んでろ!」と怒鳴られたこともあった。女子中学生にとってかなり強い言われ方であった。でもそこでめげなかった。絶対にソロを譲らなかった。中文連の失敗の後、2月のコンサートシリーズで再挑戦したが、だいぶ良くはなったが、「聴かせる演奏」には程遠かった。下手じゃない。上手くないだけだ。そう言い聞かせて続けてきた。もう、その域を脱した。「ストラディバリウス」がちょっと心を開いてくれたのである。

 奈菜のホルンも、いつの間にか上達していた。そもそも金管が弱いとされたのは、ホルンとトロンボーンである。音が合わないのである。他の音に合わせるのは至難の業であるが、そもそも個人でも音が安定しないのである。同じ音を何度ずっと出すことが難しいのであった。しかし、いつの間にか技術は向上していた。
 定演の時の「このグロッケンに合わなきゃ、気持ち悪いだろ!」の指導で、気がついた。チューナーにあわせるのではなく、出ている他の「音」に合わせるんだと。下手なわけじゃなかった。どこに合わせるべきか分からなかっただけである。そして、定演の「アルプスの少女ハイジ」の冒頭のホルンのソロを見事に演奏し、観客の心を掴んだのは、つい昨日のようだった。
 マーチの際、音の深みと響きのボリュームはこのホルンで出てくる。まっすぐでいて角が丸い独特のホルンの音色が定まると、聴く側の心にずんずんと入ってくるのである。もう、奈菜は迷っていない。ホルンの演奏を楽しめていた。

 梨華は、躊躇していた。直前の音合わせで音作りに迷っていた。エスクラリネットは、クラリネットより短いこともあり、音を作りにくい楽器である。本番直前の最後の音合わせで、「はい、エスの音」といわれてみんなで「エス」を出すも、「そんなエスだったら帰れ!」「そこにいないほうがいい」と怒鳴られてしまった。一瞬の油断であった。梨華の性格からすれば、優しく慎重であるがゆえ、「私の音聞いて」と全面に出れないでいたのである。しかし、高音域のボリューミーでは要の存在。大切な「音」である。顧問の厳しい言葉は、梨華に突き刺さった。「必要とされている」と感じることが出来た。この一瞬の隙を確実に聞いていて指摘をする顧問の三田に実は部員みんなが信頼を置いているのであった。

 琴音は、今回の自由曲ではなんと、パーカスではなく、ハープを担当することとなった。突然の楽器担当。しかし、自分に対しここまでストイックに攻めることが出きる琴音ならではであった。ゴールデンウィーク明けからハープの個人レッスンをほぼ毎日受けることとなる。彼女の指はすでにボロボロになり、血がにじみ出たことも何度もあった。しかし、それで倒れる子ではなかった。人前では愛らしくおどける仕草とは全く別の心は、その動きを見るだけで、周りの人の心に響くのであった。

 彩乃は琴音のコンビの相方である。今回は1stの琴音がハープに移ることもあり、パーカスのメインのティンパニーは彩乃の担当となった。課題曲も自由曲も、彩乃がティンパニー担当である。大胆な琴音に比べると彩乃は繊細である。ティンパニーを叩く音よりも余韻のコントロールが得意であり、ぱっと指でかき消すこともあれば、軽くスーッとなでてフェードアウトさせたり、その手先の動きは素早く繊細で且つ力強い。この組み合わせは、この後の夏コンも同じである。もはや彩乃は2ndではなく、1stに昇格していた。それも、琴音を打ち負かしてということではなく、双方ともに昇格したような形である。顧問の三田は、そういうところまでちゃんと見ていた。努力した人が日の目が見れないのはマネジメントが悪い。そこは自分の責任であると、自分を責めて、努力した子にちゃんとした評価をポジションで答えたのである。

               *    *    *

 さて、最終調整が当日の朝行われた。
 琴音と彩乃のスネアドラムとバスドラの毎分60という正確で且つ軽快なリズムのうえで、ロングトーン、スケールの合奏である。
 「べーーー」「ツェーーー」「デーーー」「エスーーー」「エフーーー」「ゲーーー」「アーーー」「ベーーー」と、上がって降りる。
 次はもう少し短めで、「べー」休符「ツェー」休符と、上がって下がって、「ベー、ツェー、デー、エス、エフー、ゲー、アー、ベー」と一息で登り、一息で降りる。
 そしてスラーで、「ベーツェーデーエスエフゲーアーベー・ツェー・ベーアーゲーエフエスデーツェーベー」と一つ上から降りてくる。そして
「ベーアーゲーエフエスデーツェーベー・アー・ベーツェーデーエスエフゲーアーベー」と、その逆の降りて上がる。
 その次はピアノで言うところの和音のロングトーン。
「ベー」「デー」「エフ」「Highベー」を同時に出す。ピアノで言うところの「ドミソド」である。
 そして簡単なフレーズの合奏と、お決まりのメニューである。
 合奏練習の最初はここからスタートする。ここが揃うと実に心に響く心地が良い音である。ここが気持ち悪いと一日気分が悪い。

 課題曲「空のエース」はテンポが重要である。そのため、琴音と彩乃のテンポに合わせて、全員で立って行進をするように足踏みをする。そして、全曲声を出して自分のパートを唄うのであった。楽器ではなく「ラララ」と声に出して自分のパートを唄う。まさに「合唱」である。まだ、弱々しい声で自信なさそうである。なんとなくまだ恥ずかしいのであろう。合唱部ではこんなでは檄が飛ぶ。でも、今回から取り入れた練習法である。まずはイメージ作りからと言うことである。木管は声に出して歌っているが、金管はマウスピースを単体で持ち、マウスピースだけで奏でても良いようである。自身のアンブシェア、呼吸法、フィンガリングにこだわりすぎて他人の音が聞こえないのではイメージ作りができない。歌うように演奏する。言葉通りである。

 自由曲「スペイン舞曲」は、この曲は動画投稿サイトに同じスコアの演奏が無いので、みんなで同じ「イメージ」を作らなければならない。木管は華麗な舞うイメージでトリルや素早いフィンガリングが求められる。また高音域であるため、油断すると音が濁ってしまう。何度も個人練習のうえ、合わせていくが、ちょっと大変である。対して金管は、このところ他人の音が分かるようになったようで、音は濁らなくなった。個人のミスがない限り整ってきたようである。大音量でぶっ放していくので、指が合わないと途端に濁るようになる。もう少し練習が必要であろう。

 そして、2曲25分の練習である。コンクールは、2曲で12分。したがって、この練習時間だと1曲あたり2回しか練習できない。しかし、実際は2回も練習はしない。通しの練習は最初の1回だけである。後の時間は、そこで出来なかったところを、その小節前後のフレーズのみの部分練習である。このスタイルも三田のスタイルである。通しの合奏練習は1回だけ。これは定演でも他の場合も同じである。無駄な時間を費やさず、必要なところだけコンパクトに。特に中学生は体力的に難しいところもある。ひたすら吹き続けると貧血で倒れる人もある。ましてや朝一発めは厳しいものである。無理をせず、必要なところだけ。そのかわりその1回は全力を出し切り集中して研ぎ澄まし、後は頭の中で「イメージ」させる練習法である。

 そして、トラックに楽器を積み込み、チャーターしたバス2台に分乗して、一路会場に向かうのであった。
 トラックに積み込むのは、1年生は初めての経験であった。動きが鈍い。それを的確な指示しない「優しい3年生」。また「自発的に動かない2年生」。顧問の三田が檄を飛ばす。
 「遊びに行くのではない。何楽しそうに話をしているんだ。道場破りにいくんだぞ。相手に懐を借りて鍛えてもらいに行くのに、何をやっている!3年生もちゃんと言わなきゃだめだろう!」
 ピシッと言うべき処は言う。遠足ではないのだ。

 バスの車内では、琴音が中心となり、リズムを刻んで、課題曲「空のエース」の合唱が始まった。とはいえ、バスは前後に長く、一番後ろの陣取った琴音や副部長の杏の耳に声の小さな前方の席の歌は聞こえていないようだ。それでもみんな楽しみながら、緊張をほぐしてコンディションを整えていた。

 現地に着き、初めての会場に戸惑いながら、楽器の搬入を終え、いよいよ自分たちの演奏となった。

中日

 朝の通しの合奏よりも数段上手くなっている。ここがこの山田中の良いところである。定演の時に顧問が「皆さんは本番に強い」と言ったが、まさにそうである。その直前まで頭を抱える音であっても、現場で合わせてしまう。イメージトレーニングの効果であろうか。確かに冒頭の「パーン」が弱い感じがする。このあたりは課題であろう。演奏全般は、そつなくこなしている。簡単な曲だとして、それは他校も同じである。そうなれば、冒頭の10秒は致命的になるかも知れない。しかしそれ以外はリズムに合わせた合唱が良かったかも知れない。

 自由曲の「スペイン舞曲」は、オーボエとクラリネットのリズムに合わせて曲が進行する。このオーボエの高音が普段使わない高い音で運指も初めてのものであった。オーボエ、エスクラ、クラリネット、フルート、この木管高音域が華麗な舞曲のメインである。なんとか間違わずに演奏できたかなと言う感じであった。ここがもう少し澄んだ透明な音になると、曲全体が華麗な「舞曲」になるであろう。中盤からトランペット、トロンボーン、ホルンが全開でまくし立てる。一昔前の山田中では、こういう展開は苦手であった。金管が合わせてぶっ放すと濁って気持ち悪く、音だか雑音だか分からないレベルになったものだが、今の山田中の金管は違う。音の揺らぎもなくまっすぐに全開に奏でてくる。力強い音である。トランペットが若干フィンガリングにばらつきが感じられるが、そのあたりは練習を重ねれば問題ないであろう。

 あとは他校の演奏を聞くことである。
 浜松の層は厚い。何校も同じ課題曲「空のエース」であったが、どの学校もこの冒頭の10秒で聴衆の心を掴もうとしてくる。調整不足でその後ボロボロとなる学校もあるが、みな、この冒頭の10秒に賭けているように感じた。
 吹奏楽の審査員も人の子である。最初に心を掴まれると後で少々音が外れても、それはそれでよしとなる。とくにマーチとなれば、そこは重大である。一人二人上手い子がいるチームもある。でもそこが浮いてしまっていては合奏ではない。上手いチームはやはり上手い。ずば抜けて上手い子がいても、それを支える他も層が厚いのである。自由曲の完成度は、山田中と同じくまだ中途であったが、課題曲をそつなくこなす演奏。「これが浜松なんだ」と改めて感じることが出来た。

 結果発表は、夏コンと同じようなスタイルである。浜松勢が軒並み「ゴールド」を連発。なるほど、上手いとこは上手い。強豪校はやはり上手い。
 そして、山田中の発表。ステージには、花愛と杏の部長、副部長が並び、結果を聞く。「静岡市立山田中学校....銀賞」。花愛は思わず、「えっ」と声を漏らした。自分たちでは「銅賞」と思っていたからである。隣に立っていた杏が花愛の脇を突っついてみせた。会場からも「えっ」と声が上がった。他の学校では、「うぁ!」と嬉しい悲鳴がもれたりするが、「えっ」という声はあまり聞かない。まさか「銀賞」が取れるとはという、「まさか」の声であった。また、逆に、「金賞を取れたはずなのに」という「えっ」でもなかった。それは、単なる謙虚な姿勢とか、自信の無い行動ではなく、冷静に自分たちの演奏に満足していないからである。他校の良いところを聞き分けられ、それが出来ていない自分たちの演奏を冷静に感じることが出来ているからであった。

 コンクールとは何も必ずトップを狙うものではない。自分たちのレベルを確認するものでもある。一か八かの大勝負に出て「神様!」ではない。特に、今回の挑戦超の最大の目的は、「浜松を知る」その中で、自分たちの演奏を改めて冷静に分析することである。すでに全員がそういう感覚で今日の演奏を分析していたのである。「銀賞」はある意味ラッキーであった。でも分かっている。このままではだめだという事がはっきりと感じる大会であった。

 帰りのバスの中で、保護者会の会長が挨拶をした。

 「今日の演奏は、素晴らしかったです。朝の練習とはまた違いまた上手くなっていく。皆さんは本番に強いと三田先生がおっしゃっていましたが、まさにその当日これだけ上達するんだと感動しました。昨年のチームも、ここからの追い上げが素晴らしかったですね。ここが皆さん山田中吹奏楽部の良いところです。

 でも、これでは「東海大会」の扉は開かないでしょう。これから2ヶ月掛ければ、追いつかない指も、外したテンポも、伸びなかった音もちゃんと調整できるでしょう。もっと上手くなります。でも、それでは「東海大会」の扉は開かないです。

 朝、先生がおっしゃいましたよね。「冒頭の10秒をもっと出せ!」と。

 今回皆さんは、ラッキーか「銀賞」でしたが、「金賞」と「銀賞」の違いはどこにあったかと言えば、課題曲のマーチの冒頭の10秒だったと思います。ここが決まった学校が金賞であった。山田中はここが弱かった。あとは、似たりよったりです。でも、言葉で言うのは簡単ですが、ここが難しいのです。静寂の中、一瞬の間の後に全開で「パーン」とスタートを切る勇気。

 これは、相手を信じる気持ちと、相手に信じてもらえる自分の動きが合ってこそだと思います。
 もし音を外したら、音が出なかったら、一人だけ音量が違っていたら、そんな不安で、みんなが小さな音となっているのですよね。他のメンバーが万が一音を外しても、それをカバーする演奏力。また自分が万が一「やっちゃった」としてそれをカバーできるみんなを信じる気持ち。これが大切だと思います。
 「なにがあっても受け止めるよ!」という気持ちと、「全力で飛び込むから、頼むよ、受け止めてね!」という、絶対的信頼が相互になければできません。

 そのために、夏コンの直前に夏合宿を行います。一緒にご飯を食べて、一緒に練習をして、一緒にお風呂に入り、一緒に寝る。そして同じ朝を迎える。夜は人を素直にさせます。夜は人を優しくさせます。この合宿を通して、お互いを信じ合う心の形成に繋がればと言う思いで、私たち保護者会も全力でサポートします。

 みんなで「東海大会」いきましょう!」

 そして、今回の反省を生かした次の練習が始まるのであった。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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