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第15話

最後の演奏会

めざせ!大集合14人衆900-min.png

 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 山田中吹奏楽部は、年に3回、地域活動の一環として、山田地区生涯学習センター事業として、コンサートを開催している。6月に「コンサートシリーズ・夏」、10月に「フィエスタ山田ふれあいコンサート」、そして2月に「コンサートシリーズ・冬」と銘打って、山田生涯学習センターホールにて演奏会を実施している。
 それぞれの会に独特の雰囲気がある。まず3年生が引退して、2年生、1年生の新しいチーム運営が9月から始まる。10月の「ふれあいコンサート」は、1年生にしては初めての演奏会となり、やっと楽器から音が出ているなというレベルの演奏会である。それでも地域のお年寄りなどからは大変喜ばれていた。この会は山田中学校PTA会としても、「ふれあいバザー」を共催していて、吹奏楽部は午前中の「ふれあいコンサート」が終わると「ふれあいバザー」での演奏を行う。オープンステージであるが、1日2公演を行っている。
 年を越して2月の「コンサートシリーズ・冬」は、3月の定期演奏会を前にした事前調整のような雰囲気があり、そろそろみんなの目つきが変わってきたような、演奏会である。
 そして年度が替わり、新入部員を迎えての6月の「コンサートシリーズ・夏」は、考えてみると、これがこのメンバーでの最後の演奏会となる。7月初旬に「地域青少年育成大会」があり、そこでもステージがあるが、それは一般向けではないし、曲数も3曲程度のステージである。
 一般公開としての演奏会としては、これが最後となり、これ以降、夏のコンクールまでは、コンクールの練習一色となる。遊びの要素が強い最後の演奏会。そして、このメンバーで演奏する最後で最高の「アルセナール」の演奏会でもある。

 保護者会の会長が、SNSに事前告知の投稿をした。


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 今年の山田中は違う。
 それは明確な目標があるから。

 昨年9月、このメンバーとなっての初の地域運動会の演奏。音がバラバラで、自信が無く音にならず、準備もたどたどで、途中演奏カットとなった。
 中文連、文化会館大ホールで、まさかの音が出なくなって悔しい思いをしたこともあった。
 アンサンブルコンテスト部内予選で、得点では優れていたが、選抜から外され悔しく、ストイックに自分を責めて練習を続けたこともあった。
 繁華街でのアンサンブルコンサートでは、息遣いまで聞こえる1m先の観客に向けて演奏し、緊張のあまり、頭が真っ白になったこともあった。
 しかし、そんな経験が、次の、4,000名の観客を前の自衛隊の音楽祭の演奏では、「楽しかった」とプレッシャーを楽しむまでに成長をした。
 定期演奏会は、市民会館大ホールを、強い雨の中880名もの観客を呼び込み、大変好評を博すまでとなった。

 今年の山田中は違う。
 なぜなら、明確な目標があるから。

 4月になり、新入生を迎えなんと87名もの部員を誇るに至った。中部日本吹奏楽コンクールに出て、始めて強豪浜松の実力を知ることとなる。
 焦る気持ちで、なかなか通じない心。演奏の冒頭の1分がまとまらない。
 なぜなら、それぞれがバラバラな目標を持っていたからである。
 そしてついに爆発し、3年と2年が対立をした。
 ちょっとした気持ちのすれ違いで、3年と2年がぶつかり部活練習停止、「頭を冷やせ!」と顧問から怒鳴りつけられたこともあった。

 今年の山田中は違う。
 目標が同じであれば、やることも見えている。
 
 伝説になるであろう、このメンバー。
 メンバーの心が一つになり、最高の「アルセナール」を皆様に届けるために。

 そして、目標のために。
 コンサートシリーズ・夏

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 3年と2年の喧嘩はまだ収まっていなかった。でも、やることは分かっている。1年生は会場の外で何度も踊りの練習をしていた。今までにあまりない光景だった。山田中吹部の活躍は徐々に浸透し始めていた。3年と2年の対立も、1年にとっては新鮮であった。みんなが真剣にぶつかり合うこと。これは大切なことだと、なんとなく感じているようだった。
 口火を切ったのは、2年のようだ。「練習したいのに先輩達があまり練習をしてくれない」と感じ取れたようだった。それがきっかけで3年に対する不満が爆発し、陰で言い合うようになったことに気がついた美奈が、そのことを3年に告げ、一気に爆発したようである。
 3年は今まで「怖い先輩」になるのが嫌で、強く言わないできた。それが徒となったようである。しかし、強く指示すべき所は強く言うべきであった。上手く逃げてきたに過ぎないことは分かってもいた。
 3年にすれば「下手な2年をカバーして、動かない2年をカバーして、1年生に何も教えていない2年に言われたくは無い」と思っている。今は高校1年生の大好きな優しい先輩達、ただ優しかっただけでは無かった。でも何も見てこなかったので、どうやったら2年を指導できるか、戸惑っていたことも事実である。ここで、お互いが言いたいことを言い合うことは、必ず通らなければならない関門かも知れない。
 そしてそのことは、2年の実力が付いてきたことを思い知ることとなる。今まで「下手で足を引っ張っている」と思い込んでいた2年が、実力を付けてきていると言うことである。

 顧問の三田は、思い切ったことを決めた。87名の部員がいるのである。今年は、A編成(50名)、B編成(30名)の2チームを、夏のコンクールに送り出すこととした。1年生も含んで80名が演奏する。逆に言えば、それでも7名は落ちると言うこと。さらに、3年だろうが2年だろうが、まさかのB編落ちがあると言うこと。さらに、今年の新入部員に男子が9人もいることもある。1年であれ、男子の肺活量は期待できる。チューバ、トロンボーン、トランペットは、女子中学生は、やはり肺活量で弱い。上手く仕上げれば、期待できるところである。ここに来て、上手いだ、下手だ、先輩だなんだと言っている場合ではない。実力主義の下克上。本来の「芸術」の世界の厳しい現実を体感することとなった。

 今回のコンサートシリーズは、もちろん3年2年全員の57名での演奏会である。最後の楽しい演奏会である。そしてここでの演奏を境に、下克上の戦いに突入するのである。

 山田地区生涯学習センターは山田中と隣接しており、実は音楽室と施設が接続されている。そんなこともあり、時折ホールを練習に使わせてもらうこともあった。今回は、前日1日ホールを借り切り最後のホール練を行った。
 曲のほとんどは、定期演奏会で演奏した曲の焼き直しで、さほど手を加えてはいない。メインはやはり、最後で最高の「アルセナール」と、夏コンの課題曲と自由曲であろう。特に、中部日本吹奏楽コンクールの課題曲と夏コンの課題曲は別の曲であるため、課題曲の練習はまだ始まったばかりである。自由曲は共通の「はかなき人生~スペイン舞曲」というクラッシック曲であるため、課題曲は「マーチ」であった。実は山田中はマーチが苦手である。山田中は金管が苦手である。冒頭の1分間。魔の時間である。
 なかなか収まらないまま、演奏会の当日を迎えた。

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 観客はすでに並んでいた。午前の部の予約だけで、150名ほど。それに当日開場時間までに来た人が40名。すでに190名を超えて、過去最高の集客となっていた。

 第1部、出だしは、もちろん「アルセナール」である。
 冒頭の1分。ファンファーレはもう暗譜で吹けるので、音合わせはだいぶ良くなった。そしてクラリネットパートとなるが、リード鳴りの癖が抜けない。最初の一発でアンブシュアが定まらないのか、意気込みすぎて強く吹きすぎるのか、リガチャーの締め付けがきついのか。あるいは、リードがまだ上手く湿っていないのか。当初、顧問が音を大きく出すことを目標としたため、リード鳴りはかまわないと言ってきたが、今となると不快な音である。
 その後、フルートパートに移るが、すでに3年は全員がソロが出きるレベルとなっている。2年から始めた彩の上達が著しく、結果的に全員がつられるように上達してきた。
 そしてトランペットである。3音ずつ駆け上がる小節がいつも音が転ぶのだが、もう転ばない。一つ一つの音をしっかりと、かつ素早く駆け上がることができた。ここができれば完成である。よく見ればベルが全員上を向いている。今までは、杏だけが前を向いての演奏だったのが、全員が指揮者の方と言うより、会場一番奥の観客に向けて吹いているのである。もちろんトロンボーンも、優子を中心に音の迫撃砲をぶっ放している。トランペットも負けじと、少々割れ気味でぶっ放す。これがマーチだ。これが「アルセナール」だ。
 元気のよい、中学生吹奏楽部の「若い音」である。57名の音が一つとなった瞬間である。これが、山田中のリファレンスである。そして、このメンバーの最高の「アルセナール」であった。

コンサートシリーズ夏2第1部

 2曲目は、もちろん「セドナ」であろう。パーカッションの琴音や彩乃が、アンコン落選の悔しさで毎日ストイックに責めて攻めて、そして勝ち取った琴音の「マリンバのソロ」である。もちろんそれだけではない。他のパートも、マリンバやグロッケンを多用したことで、何に音を合わせるべきかを体感できた曲でもある。「あのグロッケンに合わなけりゃ、気持ち悪いだろうが!」顧問の三田の名言であろう。譜面台のチューナーではない。音の大きなトランペットでは無い。音の調音が出来ないマリンバに合わせるのだ。

 クラリネットは暖まってきたようだ。リード鳴りが収まった。そしてフルートへ繋ぎ、ホルンが響き出す。トランペットとトロンボーンが音を飛ばし出すと、マリンバが聞こえてくる。軽快なリズムと正確な音程。つい吸い込まれていく。琴音の音色である。
 チューバが少し荒くなる。無理もない。チューバが3本立っている。ここ数年2本であった。ひとりユーフォニアムから急遽チューバに移ることとなった。これはA編B編両出場のため前練習といったところである。それだけではない。今年の1年は、男子が9人も入ったのである。吹部は運動の嫌いな子の部活。特に山田中は歴代運動部が主流の中学校であるため、男子は吹部を嫌うのが通例であった。しかし今年は違った。もともと、どうしても吹部に入りたかった男の子がいた。その子を中心に3人の男子が確定し、その後、運動部はそれぞれ試合に出れる人数もある事から、仮入部の際、選抜で落とされることも多かった。その子達が、それならばと、吹部に入部してきたからである。まだ「コンサートシリーズ夏」では1年は演奏をしない。しかし、そこは男子。すでにチューバ、トーンボーン、トランペットと、男子チームができあがっている。それもあり、顧問の三田がチューバを長期借り受けの手続きをしたのである。そんなこともあり、ちょっと音が不安定ではあるが、3本のチューバが立つ瞬間、鳥肌が立つのである。
 彩乃の正確なスネアが入り、明日香のクラリネット、そして今日子のフルートへメロディーが移り、そして琴音のマリンバへと繋がる。これが「セドナ」である。このメンバーのサブリファレンスであろう。定期演奏会より進化をしさらにチューバを3本付けて次へ繋げる曲となっていた。

 3曲目、4曲目は夏コンをイメージして、2曲続けての演奏である。3曲目は夏コン課題曲Ⅳコンサートマーチ「虹色の未来へ」である。この曲は、3週間前の中部日本吹奏楽コンクール以降に練習を始めた曲である。まだ1ヶ月もたっていない。そういう意味では、楽譜を見て3週間でここまで仕上げてきたのである。もっというと、4月の段階ではまだ中部日本吹奏楽コンクールに出場することを考えていなかった。その時点では、夏コンの課題曲は、ⅣもしくはⅠという選曲を考えていた。実はその時、課題曲ⅣもⅠもみんな楽譜を初見で少し吹いていたようだ。もう、そういう力が付いていた。
 しかし、やはりトランペットが合わない。どうしてもフィンガリングが追いつかないようである。ただ従来のように音が小さいのではない。音が外れても大きな堂々とした音で吹いている。それでいいのだ。今の段階はむしろ音が外れることよりも、音を出すことが大切であろう。
 サックスと木低(木管低音パート)が中低音域でメロディーを追う。今度はチューバが元気が良い。トロンボーンと音が合うようだ。まだ練習不足であるが、逆に言えば57名での最後の課題曲Ⅳである。B編成は自由曲のみとなる。プラス7名のボリューム感は、もう2度と聞けないであろう。

 4曲目は、自由曲、歌劇「はかなき人生~スペイン舞曲」である。元々は管弦楽で書かれているのを顧問の三田自らが編曲をしている。市販のスコアではない。この曲は中部日本吹奏楽コンクールでも披露した。そういう意味では、1ヶ月以上温めてはいるが、なにせ難しい。

 美奈は高音域が苦手であった。その高音域の早いフィンガリングとタンギングが出来ず、苦労していた。しかし2年の後輩がすぐそこにいる。この子の方が高音域が得意である。いまは1stを美奈となっているが、このままでは後輩に1stを取られる事も十分にある。切羽詰まっていた。学外のレッスンで何度も集中的に練習をした。この2ヶ月この曲の冒頭の部分しか練習をしていない。繰り返し繰り返し何度も先生に厳しく指摘され、また吹いた。レッスンが終わるとふらつくほどであった。おかげで息量が安定してきた。オーボエは、息が余る楽器である。逆にフルートは息が足りなくなる楽器である。オーボエは、リードのチューブの内径がわずか4mmである。ベル部の内径は40mmあるので、円錐の拡大率は、サックスなどとあまり変わらないのであるが、なにせ、最初の内径が4mmしかないため、息が上手くはいっていかない。流量は少ないが、圧力は高くないと、中に吹き込んでいかないのである。その為には、逆腹式呼吸という特殊な呼吸法をマスターしなければならない。これが上手くいかないと、顔は真っ赤に力んでも、音にならないという最悪の結果となる。アンブシュアも一定となり音のふらつきがなくなってきた。音が安定すれば、ボリュームが上がる。コンサート会場でも十分美奈のオーボエの音が聞こえるほど、音が出てくるのであった。

 琴音は、パーカスからハープに変わっている。この曲は、優雅に踊る舞曲である。高音階の上品な音色が欲しく、顧問の三田が個人所有のハープを持ち出し、琴音に弾かせることとした。いつもはマリンバのマレットを持つ手は、当初こつがつかめずハープの弦が引っかかり傷だらけとなり、絆創膏が指に貼られていた。すでに絆創膏は外され細くて華奢な指は優雅な音色を奏でている。
 しかし、合奏となるとそう簡単ではない。木管の高音域が美しいこの曲であるが、木管特有の優しく丸く響く音ではなく硬く鋭い音である。みんな音を大きく、間違わずにということを意識しているのか、優雅さがない。特にメインのボリュームのフルートが元気が良すぎる。そこに誰かの音が合わないようで音が濁る。3音ずれの和音の美しーハーモニーが、ドブの中の空き缶のように漂っている感じである。うーん、まだこれからであろう。ひとりひとりの技量が足りなく、バラバラな感が否めない。まずは確実な音程を出すようにして、パート毎音を合わせ、そして優雅さを求める。後1ヶ月ちょっとしかない。ちょっと焦って欲しいところだ。

 そして、1部が終了した。しかしどうだろう。第1部はそれなりに重厚で、物足りなさはない。特に優れた奏者はいないが、全体で奏でる今年のメンバーの特徴であろう。聞いていて豊かな気持ちであった。

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 そして第2部が始まる。3年2年とも部Tと呼ばれる、パート毎色分けしたTシャツとジーパンを着て、ポップス調に仕上げている。入場してくると、列ごとに揃ってから着席する。そう、こういう動きを、先輩達の高校の定期演奏会に行って仕入れてきているのである。こんなこと一つ、今までは出来なかった。今年のゴールデンウィークの各高校の定演を、みんな思い思いに何校か聞きに行っていた。どの高校を受けようかという偵察も兼ねてはいるが、やはり自分たちの及ばない技術を見てきて習得してきたのである。もちろん、昨年だって見に行く人はいた。こういう細かなことに気がつく子もいた。わざわざノートにメモをしてきた子もいた。ただ、それをみんなに提案し、実行することが出来ていなかったのである。それがまだ完璧では無いにせよ、提案し実行したのである。

 最初の曲は「君の名は」メドレー。定演で大好評であった。初っぱなは、杏のトランペットソロである。ユーフォの美咲はフォローに入るが、優しく堂々とした杏の音である。高貴なストラディバリウスが、やっと微笑んでくれた。そんな音を奏でられた。杏は決して諦めなかった。初心者には難しい楽器であることを決して言い訳にしなかった。大ホールで音が出なくても諦めなかった。辛かった。でもまっすぐ音を出すことに専念をしてきた。「今なら吹けるんだよねぇ」明るく「呪われた海賊」のソロ部分を吹いてみせる。そんな余裕が演奏に出ていた。「ソロかっこよかったよ」との声に、「そう...嫌なのソロ...」と言うも、足取りは堂々としていた。

 オーボエの美奈と、ファゴットの美由のダブルリードのダブルソロとなる。お互いステージ前に出てくると、ニコッと目を合わせ、そして演奏が始まる。このコンビ、アンコンの木管五重奏からである。ダブルリード同志、音が合うので、心も通じ合うようだ。まるで、映画のようにお互いが導かれるような出会いである。まるで、アニメ映画の二人の主人公が出会うシーンそのものであった。

コンサートシリーズ夏2第2部ソロ

 そして、定演を湧かせた、美咲のユーフォニアムのソロである。心に響くユーフォニアムの音色である。アニメ「響け!」のように、ユーフォニアムの音色は、人の心を優しく豊に変えてくれる。
 その後、サックスパートソロとなり、花愛が3音ずれの美しーハーモニーを醸し出す。映画の美しい風景が目に映るような一瞬であった。

 次は、忍たま乱太郎の「勇気100パーセント」である。琴音が生徒指揮となる。琴音はパーカッションだけで無く、ハープをマスターし、指揮までやってしまう。才能があるようだ。
 フルートの優しいメロディーの後、ドラムセットがうなるとともに1年生が飛び込んできた。恒例の1年のダンスである。うん、今年はちょっと違う。1年の動きがしっかりとしているのである。毎年恒例であるが、ちゃんと踊る子と、恥ずかしがる子、指の先まで力が入らない子、いろいろいるのだが、今年は指先まで力が入っている。ちょっと間違う子もいるが、堂々としている。男の子も9人もいるのに、なんとか踊っている。これは盛り上がる。今年の1年は、この夏B編成で出場するという大役もある事からか、やる気が伝わってくる。毎年のどことなく、やらされ感の強いダンスではなかった。

コンサートシリーズ夏2第2部

 3曲目は、エヴァンゲリオンから「残酷な天使のテーゼ」である。冒頭のソロは彩である。2年からフルートを始め、「私、ソロを吹きたい!」とみんなから総スカンをもらってから1年。彼女はいま、ソロを吹いている。それも、澄んだ響きで会場を魅了させている。背筋を伸ばし、楽器を高く持ちまっすぐに演奏をする。ソロが終わると、嬉しいのかニコッとして席に戻る。もともと綺麗な子であるが、達成感と充実感が伝わる、すがすがしくかわいらしい笑顔であった。

 クラリネットパートが立ち上がった。先頭は梨華のエスクラで、明日香のクラリネットと続いている。総勢10名の大所帯である。前から順にくるっと向きを変えて楽器を高く持ち上げる。梨華は背が低いのだが、エスクラも短いので、大きなアクションをしても目立たない。しかし逆にそこがかわいらしくて、目線を集めていた。ホルンパートはホルンをくるくる回しての演奏である。トランペット、トロンボーンが一斉に立ち上がってぶっ放す。総勢11名で迫力がある。
 バスクラのソロは2年である。まさかの絵里はソロ落ちである。定演の時から1stを2年に奪われたままである。仕方が無い。実力勝負である。
 演奏終盤は、最後列のトランペット、トロンボーンから、扇形に順に全員が立ち上がり、放射状に楽器を掲げて終演を迎えた。

 そして、部長 花愛の言葉である。

 「本日は、お忙しい中、会場にお越しいただき、誠にありがとうございます。

 仲間と共に走り続けた3年間。私自身が多くの挫折を味わい、何度も涙を流しました。でも、どんなに辛いことも乗り越えて来れたのは、いつもそばに、部員、家族、そして応援してくださった、たくさんの支えがあったからです。

 このコンサートシリーズは、私たち3年生にとって最後のコンサートシリーズです。一つの節目でもあります。3年生の残された時間は、どんなにもがいてもあと2ヶ月。ここからは引退に向かって走り続けるしかありません。

 私たちが引退して新体制になっても感謝の気持ちを忘れず、1,2年生らしい部活を作っていって欲しいです。

 最後になりますが、いつも私たちを支えてくださる、たくさんの方々に部員を代表して御礼申し上げます。そして、これからも山田中吹奏楽部への変わらぬご支援よろしくお願いいたします。

 本日は、ほんとうにありがとうございました。」

 締めはの曲は、定期演奏会でも盛り上がった、ジャパニーズグラフィティXVIII「アニメヒーロー大集合」であった。
 鉄腕アトムから始まりガッチャマン、ゲゲゲの鬼太郎とメドレーが続く。ゲゲゲの鬼太郎では、杏が「水木太郎」という名前で出演した。トランペットに消音器(サイレンサー)を付けるのだが、この開口部に手のひらを当て、ふわふわと開口面積を変えることで、独特の「ポヨヨ~ン」という音を作るのである。吹く奏者は吹くので手一杯なので、杏がフォローしているのだが、鬼太郎の黄色と黒のゼブラの「はんてん」を着ている。なるほど、確かに杏の髪型は、「鬼太郎」である。

 そんな折、突然絵里が立ち上がり、バスクラのソロを吹いた。ほんのわずか、一瞬の出来事であった。この選曲は、顧問の三田の計らいであろう。わずか1小節だけの極低音のソロ。「ちぇっ、これだけ?」と思えばそれまでの事であるが、絵里はこの一瞬を大切に演奏した。ピシッと立ち上がり、姿勢良くまっすぐに吹き、会釈をして座り、また合奏に紛れ込む。残念ながらバスクラリネットの1stは2年生に取られてしまった。でも絵里の頑張りは十分分かっている。だからこそ、最後の曲は、絵里のソロであった。

 演奏が終わった。拍手が鳴り止まない。定期演奏会でもない、小さな地域演奏会である。しかし、曲の完成度は、定期演奏会を超え、このメンバー最高のできであった。
 アンコールは、世界の終わりにの、「R・P・G」であった。
 この曲も、みんなのパートがほどよく入り、よくアンコール曲で演奏してきた。琴音のグロッケンが響き、優しさと広がりのある曲である。クラとサックスも安定した中音域を守り、フルート、エスクラ、オーボエの高音域が優しく引っ張る。まさに吹奏楽の合奏を意識した展開である。

 そして、これが本当に最後の曲となるのである。

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 後片付けが始まる頃、入場者数の集計が出てきた。午前の部で、263名、午後の部で、168名、合計で431名であった。
 コンサートシリーズが徐々に人気が出てきて、1部制では立見が多くてせっかく来てくれた人に悪いという思いと、また、この6月はまだ1年生が演奏していないので、1年の保護者は入場できなかったが不満も多く、それならばと、午前、午後の2部制にした。中学生には体力的に少しきつかった。そうは言っても観客が来なかったらどうしようと不安で演奏した1年前は、午前の部は、保護者だけの90名。午後が一般で147名の、合計237名であった。
 今年の2月は、3年生が引退しているので、2年1年の2学年だけなので、保護者も少ないと言うこともあるが、午前午後で220名であった。山田地区生涯学習センターのホールは、300名程度の講演会用に作られていて、50名を超える吹奏楽の演奏には狭すぎる環境である。ステージだけでは足りず、客席の1/3を、ステージとして使わざるを得ない。そのため、椅子は150席しか用意できなかった。それでも、2月の「コンサートシリーズ冬」は少し寂しい観客であった。

 今回の午前の部は、ホールに入りきれず扉のところで外で聞いていた人も多く、学校関係者などは、ちらっと覗く程度で帰った人も多かったようだ。SNSの情報拡散が上手くいったのだろうか。それよりも、すでに今年の山田中の吹奏楽部は注目され始めてきたと言うことである。お客さんが多ければ、演奏する側は顧問にせよ生徒にせよ、こんなに嬉しいことは無い。一昔前の定期演奏会に匹敵する集客をこの時期に達成してしまっているのだ。そしてそれは、多くの客が期待をしているということを実感するのでもあった。

 431名と言えば、3年前のAOIでの定期演奏会の客数とほぼ同じである。どうしてもみんなでダンスが踊りたく、なんとラジカセを置いて、その流れる音楽で全員でダンスしていた、楽しかったと言えば楽しかったであろう、すでにA編成の維持も難しくなっていた黒歴史の時代の定期演奏会である。「これではだめだ。私が3年で東海大会に連れて行く」と顧問の三田が宣言をした、三田が赴任する直前の定演である。そして、今年は3年目となる。

 程なくすると、A編成、B編成が決まる。しかし、それも暫定である。3年であろうがまさかのB編落ちがあるかも知れない。どのみち7人は演奏が出来ない。1年生を巻き込んでのサバイバルが始まるのである。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

© 2021 まちなか演奏会実行委員会 

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