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第16話

夏コン直前コンテスト

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 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 突然、私学の三保高校から顧問の三田の所にFAXが届いた。そこには、三保高校主催の「夏コン直前コンテスト」の案内が書かれていた。静岡市内の中学校吹奏楽部向けで、B編成5校、A編成5校の10校で、コンテストをやりましょうと。場所は、三保高校の学内ホールで、送迎は通学用スクールバスを差し向けてもらえ、ティンパニー等大型楽器は、三保高校の物を貸してもらえるという内容。ただし、会場が狭いので先着順で受付、保護者等の入場も人数を制限して行うとのこと。さすが、私学の高校で、やることが大胆である。
 すかさず申し込みを行い、保護者会会長に連絡を入れた。保護者会会長の美奈の父親は、二つ返事で承諾した。

 この三保高校の吹奏楽部の顧問が、かつて山田中学校を2年連続東海大会に連れて行った大島である。山田中吹奏楽部の保護者としては、正直戸惑いの声も上がるのである。大島は普段はかわいらしい女性の教師であるが、こと「音」の話になると、人が変わってストイックな性格へと激変するのである。葵上と般若の関係のようである。礼儀を重んじ、音に対してはストイックに攻めていく。その姿勢は良いのだが、まだ中学女子には厳しく映ったことであろう。
 大島の指導で、どんどん上達しセミプロをめざす者も多い。この子達への周りの音楽関係者からは、単に演奏という面だけではなく、礼儀正しさやいろいろな事を吸収し、自分を高めようとする姿勢が身についていると、評価が高いのも事実である。しかし、その反面、「いじめ」ともとれる執拗な追求に、心を閉ざし二度と楽器を吹くことを拒む生徒もいることもまた事実である。
 2度目の東海大会の演奏が終わった直後、楽屋で「二度とあなたの指揮の元では演奏しない」と吐き捨てて会場を去ったという伝説。しかも部長だったという噂。

 そんなことがあったのか、無かったのか、その年度の異動で大島は別の中学校に移っていったのである。
 その大島も、0から田舎の中学校で指導をはじめた。音楽に対するストイックさ、礼儀正しさを求める正義感は変わらず、でも、子供達を認め子供達を信じ、子供達に寄り添う事を学んだのであろう。田舎の中学校で指導された部員達は、大島の指揮の下、楽しそうに、それでいて「私が女王よ!私の音を聞いて!」と積極的に唄う演奏を奏でていた。
 そして田舎の中学校をB編であるものの、東海大会に出場し見事1位、朝日新聞社賞を収めた実力のある指導者である。その実力が買われたのか、私学三保学園からオファーがあり、移籍したようである。私学の学校からすれば、実力のある先生、対外的に「賞をとれる」指導者は、宣伝効果も高く、次期生徒募集活動としても優位である。また大島にしてみれば、制限の多い公立中学校の教師という立場より、私学高校の教師顧問という立場の方が、やりたいことができる。求めることがそのままできる環境であり、お互いの想いが重なったのであろう。

 その大島が異動直後、最初に仕掛けた施策が、中学校吹奏楽部に対し「夏コン直前コンテスト」である。もちろん目的は同じである。もっと吹奏楽を好きになり、もっと切磋琢磨練習をし、「浜松」を抜いて東海大会を常に狙える「静岡勢」を作りたいのであろう。
 中学生はまだ子供でもあり、覚えはじめでもある。浜松の高丘中学のように小学校の時から全日本出場を育てているところもあるが、それ以外は浜松勢と大きな開きが出てはいないはずである。しかし、高校はもう追いつかない。静岡一と呼ばれる高校も、かすりもしない。浜松からは、全国大会に常連校を含め、県大会金賞は、ほぼ全て浜松勢である。この圧倒的な実力の差を付け離されている、高校吹奏楽部を立て直すには、中学校吹奏楽部をやる気に指さなければならない。やらされ感をもって練習しても、どんなに上手い指導者であれ良い演奏には持って行けない。実際に演奏する生徒達が、その気になって練習し、その気になって演奏しなければ、「良い音」になるはずがない。大島はいろいろな事を学んだのであろう。どうすれば、子供達の「やる気スイッチ」を押すことができるか。
 逆に言えば、子供達が伸びるか、伸びないかは、指導者や保護者次第であろう。子供達の選択とかいうが、どんなものがあるか、どんなことができるか、ある段階までは辛いかも知れないが、その先に何が待っているか、そんな提案を子供達にしているのであろうか?なにも経験が無い。知識が無い、この子供達の自主性をと言って、何ができるのだろうか。
 従来、夏コン直前は、各校とも閉鎖的になる。どこまで詰めた練習をしているか、他校に知られたくない。他校の変な影響で、自分たちの求める音が追求できなくなるのでは、とナーバスになっている。それは、子供達では無くて、むしろ指導者や保護者であろう。ここにメスを入れたのである。

 夏コンまで、わずか3週間。絶妙なタイミングである。

               *    *    *

 当日、演奏会に来たのは、B編5校、A編5校であるが、必ずしも昨年県大会上位校とは限らなかった。昨年中部地区大会で金賞を取った中学校は、「マリナートBRASSカップ」の出場権がある。そこに出たからこちらはもう良いと判断した学校、逆に「BRASSカップ」に出て、こちらにも出てくる学校、そもそも、両方とも出ない学校。山田中は「BRASSカップ」は、修学旅行と重なり断念した。その代わりに「中部日本吹奏楽コンクール」に出てみた。でも、課題曲が違うし、夏コン直前での演奏経験は重要と捉えていた。でも、他の学校は学校なりに隠されたいろいろな問題点があるのであろう。人数の問題、たまたま上手い子がいたとか、学校全体の部活動に対する取り組み姿勢の変化や、顧問の異動など。山田中もそうであるが、昨年上手かったからと言って今年上手いとは限らない。2,3年生の2学年で演奏するので、昨年の3年が引退すると言うことは半分は入れ替わると言うことであう。ここに、「伝統校」という実態が実は存在しない理由がある。
 いくつかの中学校では、地域との連携を高めて地元の楽器経験者や演奏家(プロ、セミプロ)などと演奏指導などを共有したりしている地域もあるが、ほとんどは、地域との繋がりは無い。そこに持ってして顧問の異動があれば、地域とはほぼ完全に繋がっていないのである。

 そして、外部での演奏会の経験も乏しく、他校の音を聞くことも無い。山田中は、外部での演奏会は1ヶ月に1演奏会は実施してきたので、場慣れという意味では良いが、逆にほぼ毎週土曜日は1日練、日曜日は半日練と、他校の演奏など聴きに行く時間も無い。確かに、狭い静岡の中で競ったところで、敵は浜松であり浜松を意識しなければ先には行けない。静岡市内の他校の音を聞いたところで、と言う思いも分からないのでは無い。しかし、それは大人の経験論であり、子供達にとっては他校と直接聞き合う経験は、楽しく且つ自分を問う絶好のチャンスである。

プレコン課題曲

 コンテスト当日、三保高校の顧問の大島は、
「ここでの順位や、どこが下手とか、そういう評価はしないで欲しい。それぞれが、自分の課題を見つけるための場所と思ってください。」
と冒頭の挨拶で言った。確かにその通りである。戦う場所はここでは無い。夏コン本番である。それまでに調整するための機会である。相手の演奏をよく聴き、どこか必ず自分たちよりも優れたところがあるはずで、それを見つけ出して、自分たちの音としていく。そのために相手の音を謙虚に聞くし姿勢。それを鍛えるのである。
 「うちは人数も少ないし、あのパート下手だし、これで目一杯さ」と思うことがあったとして、それでいたら、その先は無い。そうでは無くて、「それでも、あそこの学校のあのパートは、目で合図して合わせていたよね。」とか、「なるほど、譜面台を斜めにすれば、音が前に出るのか。」とか、いろいろ観察すれば、どこかにヒントが隠されているかも知れない。それを探させるためにも、このようなコンテストは有効な手段であろう。

 三保高校の顧問の大島は、地域全体の底上げの上に東海大会常連という実績があるのだと考えたのであろう。1校だけが抜きん出ても長続きはしない。偶然できた東海大会でしか無い。たまたま運良く選ばれた「東海大会」では、「めざした東海大会」では無く、来年また狙えるかは、全く以て不明である。奇しくも山田中学で2年連続東海大会出場となるには、そのための施策があったからである。ただ、上手かったとかレッスンに外部講師を呼んで底上げしたとか、そういったことでは無く、地域も巻き込んで全ての方向性を整える。まさに「合奏」の精神であろう。
 この活動の先に、今や東海大会に出場する事もままならない、静岡の中高吹奏楽部の東海大会常連という名誉があるのであろう。東海大会をめざすのは、個人の努力でも顧問や講師の力だけでは無い。家族、地域住民、関わる全ての人の心が同じ方向を向いて、相互認め合って機運上昇スパイラルを巻き起こすこと。
 実は、浜松はこれができあがっているのである。単に、浜松市が補助金を出しているのではない。ヤマハが楽器を無償でばら撒いているのではない。地域の壁を無くし、保護者同士、学校同士の壁を無くし同じ目標を掲げお互いを尊重し、そして高め合っていく。その雰囲気を作っていかなければならない。

 山田中の保護者会会長の美奈の父は、強くそう感じていた。

 なるほど、今日の演奏は、まだ何もまとまっていなかった。

 課題曲は、何校もが課題曲IVの「空のマーチ」であったが、相変わらず山田中の弱い冒頭の10秒。他校では、そこができているところもあった。ここをそろえるには、単なる練習ではなく、メンバー全員の信頼関係であろう。静粛のなかで、「行くぞ!」と最初の一吹き。ここが揃うのは、万が一失敗しても、必ずフォローするぞとか、フォローしてねとか、みんなで作り上げる「合奏」だという「心」が無ければ難しい。この「心」を作ることが課題であろう。

 自由曲の「はかなき人生」は、演奏時間の関係で、いろいろ調整をしていたが、「スペイン舞曲」だけでなく「間奏曲(インテルメッツ)」も取り入れることとした。編曲は顧問の三田であるため、時間を見ながらまとめてみた。「はかなき人生」は、ストーリー的には、この間奏曲が全てだと想う。ここが無ければ、「スペイン舞曲」が引き立たない。ただ、この部分は非常に繊細なメロディーが多く、今の子供達にどこまで演奏出来るか、挑戦であった。
 今の時点で、トランペットはできていない。クラリネットもできていない。繊細なメロディーで引きつける肝心のパートが、まだ音的にバラバラである。そこで考案した奇策が、「合唱」であった。中学女子のかわいらしい声が、ちょうどストーリーの主人公の清純さと重なったのであろう。これは、挑戦である。
 この「間奏曲」は、前回の「コンサートシリーズ・夏」では演奏していない。この1週間前に追加した部分である。それにしてはよく演奏出来たという状況であるが、まだミスタッチも多く、音もバラバラである。
 「スペイン舞曲」は、逆に気分も盛り上がってきたようで、各パートとも音が大きくなり、「はかなき人生」ではなく「晴れやかな人生」のような「舞曲」であった。全体の音が大きいので、コンバスもハープもよく聞こえない。クラリネットのメロディーも今ひとつであった。

プレコン自由曲

 その後、三保高校の演奏となった。

 課題曲、自由曲を演奏してもらったが、高校生の選曲はかなりマニアックなもので、確かに素晴らしい合奏だったが、きょとんとしてしまった。その後、ちょっとしたコメディーの後、高校野球の応援の演奏となった。金管、サックス、すべてこれ以上の音が出ないかという大音量でぶっ放し、多少音が割れようが、ぶれようが強力なパンチ力で押し通す。逆に、音が割れたり揺れたりした方が、臨場感があり抑揚されていく。ド肝をの浮かれた感じである。たしかに、広い野球場で聞く音であり狭いホールでの「音」では無い。でも、心地よい者であった。
 広い音階の繊細なクラッシックも良いが、やはり吹奏楽は、この大音響であろう。誰もがワクワクしてくる。元気が出てくる。そんな演奏であった。

               *    *    *

 楽しい時間も終わり、三保高校顧問の大島がマイクを持った。総評である。

 「今日は、全体に影響することがいくつかありましたので、今日これからコンクールまで改善できるようにがんばって欲しいことをお伝えします。
 一つは、音が短すぎる。音がしっかり鳴っていないのに消えちゃうっていう場面がどの学校もとても多かったので、きちっと音にしましょう。短い音でもきちんと音にしましょう。ぱすぱすと、タンギングの発音ばかりが聞こえるような場面がありましたので、特に音の短い箇所で、どの学校にもありますよね。そういうことに気をつけて、もうちょっと息をしっかりと入れて、短い音を作るといいと想います。
 それと、音程を合わせるって事を、これからもっとシビアにやっていかないと、音程が合ってない場面が、今日はとても多かったです。
 三保高校も、合ってないんですけど....
 音程が合う、合わないってのを自分たちの耳でもっと感じ取って、これはだめ、これは良いっていうのをやっていかないと、先生が全部の箇所をつかまえて「ここの音出してごらん」ってやっていると、きりが無いから、自分たちで同じ音をやっている人を見つけて、一緒に音程合わせをやってくれると、先生達は助かる。
 今日ここに、皆さん来てるってことは、もうすでにですね、コンクールの金賞に一歩近づいているるよ。他の学校より。これに申し込んでこられているってことは、顧問の先生のやる気が違うんです。ここで何かを掴ましたいと想って、ここに申し込んでくれてるんです。感謝してよ。(笑
 連れてこられたとか、想わないでよ。休み潰れたって思わないでよ。(笑
。感謝してよ。(笑。
 顧問の先生がまずやる気だから申し込みの日にFAXを「ばぁっ」て送ってくれたんですね。今回ね、申し込みが遅かった学校は、お断りしました。やる気があるんですよ、先生達は....。(笑
 で、それに皆さんが答えてくれたら、今日一歩で先生達のやる気のある学校はこうやって集まって他と比較して、刺激を受けれたので、さらにね、よくなるから、みんなも、がんばって音程合わせをしましょう。」
 「ハイ!」
 「はい、で、えー....、返事してくれた...。」(笑
 「で、今から結果を言いますけど、こんな結果で、今日は練習だからね、こんな結果で喜んでテングになってもいけないし、落ち込んでもいけません。ここからコンクールで、どういう演奏をするかって事にちょっとだけでも活かせたらいいなって思って点を付けていますので、この結果にね、左右されて、帰り泣きながらバスに乗って帰らないでね。(笑
今日、良かった学校もしっかり反省をして、次に繋げてください。」
 「はいっ」

 山田中の保護者から、「大島先生も変わったねぇ、いままで、こんな言い方聞いたこと無いよ。ずいぶん田舎の中学校で苦労したのかねぇ、でも、良いよね、この雰囲気。」そんな声が漏れた。

 最後に、審査結果が、大会形式で発表された。金銀銅での発表であるが、山田中と、草薙中が、ゴールド金賞であった。草薙中は昨年の悔しさもあり、山田中をライバル視していたので、演奏順での発表だったこともあり、「草薙中、ゴールド、金賞」と呼ばれ、歓声と拍手が上がったのだが、その後に、「山田中、ゴールド、金賞」とアナウンスされた時、一気に熱が冷め、冷ややかな目を山田中のメンバーに向けていた。当の山田中のメンバーは、まだ全く完成していない自覚があったので、逆に素直に「金賞」を驚いていた。
 ここでの結果は、審査も素人レベルであり、たいしたことでは無い。その通りであろう。今日得たものは、結果では無く、他校の音作りであった。当然、自分たちも同様に、ここからレベルアップしていくのである。安心するための演奏会では無い。むしろ、コンクール形式に慣れるためと捉えていた。

 山田中は、この年「マリナートBRASSカップ」に出場していない。この「BRASSカップ」は、昨年の夏コン県大会出場組が出演権利を持っているが、修学旅行と重なったため辞退し、その代わりに、「中部日本吹奏楽コンクール」に出場した。あの時より少しはレベルが上がったと思えるか、いえ、まだ課題曲も自由曲も試行錯誤の段階で、何も見えていなかった。そういう段階での他校とのコンクール形式は、自分たちの現時点の音のレベルを再確認するのに、ちょうど良いタイミングであった。

 めざせ!東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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