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第17話

合宿練習

めざせ!大集合14人衆900-min.png

 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。

めざせ!東海大会♪ シーズン2

 2年と3年の喧嘩は、「コンサートシリーズ・夏」でドローとなった。2年も言うだけ言ったら気が済んだのか、見た目は収まったようである。突如舞い込んだ、三保高校による「プレコン」も、そこでの順位が何であろうが、とりあえずの今の実力を再認識する絶好のチャンスであった。
 例年、大会前は、マリナートホールなど、ホールを借り切っての「ホール練」を行う。昨年は3日もいれてみた。これは、狭い学校などの環境では無く、本番に近いホールで合奏する事で、音の響き方などを研究して、最適な「音場」を作り出すことと、部員に大ホールの環境に慣れさせて、当日緊張させないことが目的である。今年もその予定で、マリナートを3日予約をしていたが、今年は別のことをやろうとした。それが、夏合宿である。
 夏合宿の予約が可能なのが1月である事から、予約が出来た時点で、マリナートホール練をキャンセルとした。夏合宿の場所も、学校授業行事優先であるが、部活動は、学校授業と扱われず、もしその認定を受けるためには、教育委員会にいろいろな手続き屋をしなければならないことや、人員配置等、かなりのコストがかかることとなる。特に文化部となると、そもそも難しいようだ。
 そのため、保護者会主催行事として、顧問はたまたまお手伝いをしたという形での、実行となった。そのこともあり、美奈の父、保護者会会長が中心となって、保護者会行事として行われた。

               *    *    *

~1日目~
 さて、そんなこともありながら、いよいよ夏合宿の開催となった。

 みんなの心を一つにすることを目的に計画した合宿であるが、折しも異常気象とも言える酷暑で、県立焼津青少年の家は、エアコンが完備されているので、むしろ避暑の方が主な目的になったようだ。今日からの練習はエアコンの下で出きると、みんな楽器運びも汗だくになりながらも期待が大きく、施設に向かうのであった。
 ホテルでも旅館でもない。教育の一環で出来ている施設である。持ち込み制限や活動にいろいろと制約がある。現代っ子の部員達には一つ一つが引っかかる物であった。例えば、ドライヤー。現代っ子の中学女子は前髪を作るのに必死である。ドライヤーは必需品である。しかし87名全員がドライヤーを付ければ、確実に施設の電源が落ちる。従って、各部屋1台までと制限をした。
 これには、指導をお願いした高山氏も驚いていた。高山氏は、顧問の三田の師匠で昨年もいろいろと指導をしてもらっているのだが、東京やいろいろな中高で指導をしているようだ。もちろん、全国大会常連校なども見ているし、各地へ遠征に行く学校の指導もしている。その高山氏が、たかが2泊3日の荷物が馬鹿でかいバックなので、あきれていた。このあたりが、慣れていないというか、本気度が感じられないとのことである。
 吹奏楽部としての合宿は、山田中としても初めての経験だし、顧問の三田としても初めての経験であった。そのあたりの指導に気が回らなかったと言えばそれまでだが、今後宿泊を伴う活動のノウハウは研究する必要があるであろう。少なくても、東海大会は、おそらく「前泊」することとなる。修学旅行でも今回の合宿練習でもない、本気モードの「前泊」は、今まで経験が無いことでもある。そういう意味では、良い経験であった。

 さて、あまりにも当日の気温が高く、施設についてオリエンテーションをしたら、パート所定の位置に楽器を設置してそのまま昼休憩とした。また、合奏練習は体育室を使用することとしていたが、エアコンが無いこともあり急遽広い集会室を合奏練習場所とすることとした。
 そして、午後の練習が始まりしばらくすると、1年生が倒れ救急車による搬送となった。直接の原因は持病でもある「過呼吸」であるが、きっかけは暑い中の環境の変化と、楽器運び等による体力低下や水分減少であることは明確である。
 保護者会の会長は、急遽会社を抜け出し施設に向かうのであった。会長が施設に近づくと、その車の前を救急車がサイレンをならして横切り、施設の方角へ走っていった。会長は「いよいよだめか、だめだったかぁ、中学生には辛かったかぁ」とほぼ半べそ状態で車を急がせた。救急車は施設手前の小学校に横付けし、そこの工事の作業員を介抱していた。とりあえず、胸を撫で下ろすのであった。
 会長が現場に着いた頃は、夕方で少しずつ涼しさも出てきたが、体調不良で練習から離れ別室で静養している子が3人もいて、大事には至っていないが慌てる一幕であった。急遽、水分補給、栄養補給用のゼリーを買い求め、摂取をさせるのであった。このあたりの事前の対応も今後の課題であろう。この3人も風邪気味だったとか、精神的な事であったりとかで、直接熱中症とはいえないものの、この暑さと環境の変化が追い打ちを掛けたことは間違いないであろう。もう少し、メンタルな部分を考慮すべきであった。そうはいっても、まだ中学生である。

合宿練習

 琴音は、いらだっていた。そして精神的に自分を追い詰めていた。思い通りに進まないこと。それは自分に対してであり、同時に周りのみんなに対してでもあった。練習に関してストイックな性格で、だからこそ素晴らしい「セドナ」を演奏でき、今回も初めて挑戦したハープを演奏している。しかし、自分の思う姿になっていないのであろう。誰もいない廊下で、「あーっ、上手く動かない!いらつく!」と大きな声を上げた。以前はみんなにおどけて見せて笑いを取っていた琴音が、人格が変わってしまったようである。そして、暑さもあり、別室で静養することとなった。ストイックな性格故、ちょっと気がかりな状態であった。今までの山田中の快進撃の陰には、実は琴音がいたのである。
 パーカッションは、全ての音源のリズムの元であり、実は全体のバランスを見る重要なポジションである。パーカッションが素晴らしい学校の演奏は、やはり素晴らしい。目立つトランペットでも、可憐なフルートでも、かっこよいサックスでも無い。合奏の要はパーカスである。さらに、その全体を見るバランスは、活動全体をコントロールすることに繋がる。パーカスは、たくさんの大きな重い楽器を使う。これをパーカスだけの人員での移動は不可能である。フルートは、小さなケースを持っていくだけである。サックスは背中にショルダー背負えば、両手がフリーになる。自分の楽器を責任持っていけば、それで終わりである。しかし、パーカスはそうはいかない。そこで、他の部員からの協力を得ることになる。そのために、他の部員とのコミュニケーションを高めなければならない。ただ、単に楽器の移動ということでは無く、このような行動が、実は部員をサイドからまとめているのである。部長が縦方向の「まとめ」をするのであれば、パーカスは横からの「まとめ」をしている。それが、琴音であった。
 この琴音が、今追い込まれている。自分自身が新しい楽器である事もあるし、自分の理想と現実とのギャップに悩んでいるのであろう。同じパートの彩乃がしっかりとサポートしている。常に2人で出行動をしている。ここが崩れると山田中は崩壊するであろう。

 顧問の三田は、音楽に関してはストイックである。どうしてもこの合宿でやりたいことが多く、ピチピチの時間計画を立てたことも徒となっていた。結局パート練習もセッション練習も中途半端なまま次のステージへといってしまう。焦る気持ちもあり健康面への配慮が少し足りなかったことも反省点であった。
 夜のミーティングでは、そのあたりを改善し休憩を増やしパート練習よりも合奏を重視する方向に変更した。この合宿の最大の目的は、個々の技量を上げると言うよりも、他人の音を聞いてそれに合わせる技術と心を育てることである。ここで、メンバーが次々と静養する事態では「合奏」が出来ない。それを再認識したのである。
 消灯時間を迎えるが、素直に寝るはずもない。ここからが顧問や保護者会の巡視タイムである。22時半の消灯時間に対し、生徒が寝静まるのは、23時半頃。やれやれと1日を終えることとなる。

 問題は、真夜中に起きる。

 もともと、持病で自律神経系に問題がある1年男子がいた。夜中に胸が苦しくなり顧問も会長も対応することとなる。本人を家に帰そうとするのだが、かたくなに抵抗する。「ここでみんなと一緒にいたい」と。しかし、胸を押さえて苦しそうである。
 元々、今日は少し調子が悪かったところで、楽器の搬送を行ったことや施設の館内の部屋はエアコンが効いているが、廊下など共有スペースはエアコンが無く、部屋を出たり入ったりすることで温度変化が多かったこと、それとともに、水分補給が足りなかったことなどが原因のようである。水分補給のゼリーを2つ徐々に食べさせると回復してはきた。しかし、こんな状態では顧問の三田が休養が取れない。本人を説得して家族に迎えに来てもらうこととなった。
 本人は、体があまり調子が悪いことはもちろん知っていることであるが、だからこそ、吹奏楽でがんばりたいと言う意志が強かった。確かに、いつもお手伝いを募集すると、一番最初に手を上げてくる。今回、かたくなに帰りたくないというのには、家庭の問題もあるかもしれない。「家にいると、騒がしくて落ち着かないから」と漏らしていた。
 
 これだけの大所帯となると、いろいろな事情があるようである。この夜は一旦自宅で休ませるが、翌日体調が良ければ、合宿に参加して良いよと言うことにして自宅に帰らせ、やっと寝ることが出来たのが、深夜の1時でった。顧問の三田は、あっという間に寝付いていった。やはり顧問が一番疲れるようだ。
 翌日、朝、昨夜の1年男子は父の送りで合宿に合流してきた。顔色は回復して元気よく練習に入っていった。母親からのメールによると、父が本人に「簡単に送り迎えができると思うな!(帰ってくるな)」と強く言ったそうであるが、「何かあったら、母として迎えにいつでも行きますから、よろしくお願いします」と言うことであった。

               *    *    *

~2日目~
 翌日は、海沿いということもあり、爽やかな朝であった。起床後、朝の集いの前の自由時間、海岸へ散歩に出かけたり、子供達は元気であった。そして、各練習部屋にはいり、合奏を中心とした練習をすることとなる。

合宿朝体操

 課題曲IVのコンサートマーチ「虹色の未来へ」は、いきなりのファンファーレが難しい部分である。「プレコン」の際、ある程度できあがってはいるが、いくつか課題がある。それがトランペットパートである。杏のトランペットが安定するのに時間がかかったこともあり、トランペットパートがまだまとまっていないのである。1stトランペッターの杏の性格もあるが、まず音が小さい。このファンファーレは少々音が割れても良いので、大きくぶっ放す方が良いが、それが出来ない優しい音色である。さらに4本あるトランペットが牽制しあい、音が乱れ濁っているのである。それぞれがチューナーを持って、それに音を合わせているのである。まだ、他の人の音に合わせる琴が出来ていないのであろう。
 そして、魔の冒頭の1分を過ぎ、ファンファーレが終わると、クラリネットをはじめとする木管にメロディーが映るのだが、ここのボリュームが少ない。明日香である。もともと気弱な明日香の性格が、正確で優しい音色を作るのだが、マーチの音ではない。またクラリネットパート全体がおとなしいのである。これには、そもそもの楽器選びに遡ることとなる。絵里がなぜバスクラとなったのか。花愛をクラからサックスへなぜ転向を許したのか、梨華をなぜエスクラにしたのか。明日香をなぜクラに残したのか。それは顧問の三田の感覚でしかない。クラはどちらかと言えばその他大勢というところがあり、そういう意味で、大きな音が出せたり性格がしっかりしている子を他の楽器に回して、残った子がクラという面が強いようだ。先輩の時も体が小さくおとなしい子が多く、それは今の3年も2年も、今度入った1年も同じ傾向である。それぞれの楽器にしっかりした子を回せば、自ずと戦力が弱まる。仕方の無いことかも知れない。その中で明日香がレッスンを重ねて良い音を出すようになり、パート全体を支えられるようになってきたが、そもそもパート全体の結束力からしてバラバラであった。これでなぜ問題にならないかというのは、個々が弱くて自己主張しないからである。なんとなくまとまっているように見えるのは、音が小さく自己主張しない子達の集まりだからであり良い方向ではない。しかし、これが今の山田中の現状である。

 もう一つは、トロンボーンや、ホルンが音が揃ってきたことも影響している。いままで、3本のトロンボーンで、3つの音がした。それが、同じ音になって、まっすぐに音が飛んでいくようになった。つまり優子が3人重なったような感覚で、ボリュームが大きくなったのである。それは今まで弱いとされた金管が、やっとまとまってきたことでもあるが、金管の音がまとまって、ぶっ放してくると、どうしてもクラが相対的に弱くなるという、バランス感覚では悪影響になっているのだった。また、彩乃もティンパニーを気持ちよく叩くので、ティンパニーの音に隠れてしまうこともあった。ひとりひとりの実力が上がるにつれて、音が大きくなる。演奏して気持ちが良いのであろう。しかし、この大きくなる音のコントロールが難しいところである。
 高山氏が、「ティンパニー、気持ちよく叩いているが、他の音を潰しちゃってるんだよ。もう少しおとなしくなれ!」と叱ると、彩乃はペロっと舌を出し苦笑いをした。

 トランペットも高山氏から指導が入る。「私がトランペットです。聞いてください!」そういう気持ちで吹け!」とか、「ここは譜面では「フォルテ」だけど、「フォルテッシモ」のつもりで吹いてかまわない!」とか、「ここは、ベルを持ち上げて、音を飛ばすように」などと、いずれもボリューム対策であった。その効果もあり徐々に音量は上がってきた。が、これも良いも悪いも今の山田中の「音」である。そこにさらに拍車がかかる。指導者の感覚の相違である。顧問の三田は繊細さを求め、高山氏は勢いを求める。この「虹色の未来へ」のトランペットパートは、勢いでぶっ放す冒頭と、他のパートの伴奏や相の手のようなフレーズが入ったりする。その一つ一つのボリュームの出し方に微妙な相違があるのである。顧問の三田は、今の山田中のレベルを考慮してボリュームダウンを求め、高山氏は、目立たせるフレーズは、外しても良いからボリュームアップしたいようだ。この問題は、マーチの場合は比較的大きな問題とならなかったが、次の自由曲に顕著に表れることとなる。

 自由曲の「はかなき人生」は、時間のこともあり、「間奏曲(インテルメッツォ)」を追加して、そのまま「スペイン舞曲」へと流れるようになった。曲想が変わるのである。間奏曲は、主人公のジプシーのサルーの恋仲であるパコに対する不信感と、それでも愛しい思いとが入り乱れる曲であるのに対し、続く「スペイン舞曲」は、そのパコが別のスペイン人のカルメーラと結婚してしまう、その結婚式で舞う「スペインの踊り」と戸惑うサルーの心境が書かれている。

               *    *    *

 さて、アンサンブルコンテストの、「17世紀の古いハンガリー舞曲」、定期演奏会の「交響詩イタリアより、イタリアーナ、シチリアーナ」に続く、クラッシック系ダンス曲だが、今回のリズムはラテン系の3拍子で、1拍目にほんのわずか「間」がはいる、難しいテンポで、音の入るタイミングが難しく、日本人にはなじみが無いテンポである。カスタネットが響き、「スペイン」をイメージさせてくれるが、スペインに誰ひとり行ったことがなく、イメージが共有できていないようだ。

 「コンサートシリーズ・夏」より、「スペイン舞曲」は練習を重ねてきているため、そこそこの音であるが、「インテルメッツォ」は、7月の頭に譜面をもらって、まだ1か月も立たない状況である。そこに、大人の女性の不安と喜びをイメージしてと言って、中学女子に分かるわけも無い。とにかく音を出そうと必死になり、全てがフォルテッシモになり、雰囲気も何も無い。「恋に落ち不安と喜びで死にかかっている小鳥」このかわいらしくも儚い思いが込められた、この「インテルメッツォ」の良さであるが、とてもその思いをイメージすることは難しいようである。「はかなき人生」ではなく、「げんきな人生」となっていた。

 インテルメッツォは、1幕の最後に、パコに婚約者がいて、近く結婚式を挙げることが、ばれたところで幕が下りる。その繋がりでの「間奏」であるため、冒頭は「あぁ、なんてこった!」と叫ぶ様な心の動揺を曲にしている。怒りにも近い心の動揺が、山田中の演奏は優しい表現となる。まず、プレストを強くと指示が飛ぶ。その直後、オーボエのソロ。バックにテナーサックスが伴奏する。原曲は2ndオーボエか、クラリネットである。今のメンバーでは、2ndオーボエは2年であり、オーボエの中音域でのソロとなるが、2年と言うこともあり、音がまだまっすぐに出ない。微妙に音程がずれることで、音に濁りがあり、高山氏から何度も「汚い」と指摘され、とうとう、1stクラの明日香にバトンが渡ることとなる。、音程は問題が無い。まさに「か弱い少女の思い」にはぴったりだが、テナーサックスの伴奏に負けている。今度は、「小さい」となり、回り回ってアルトサックスの花愛にバトンが渡される。
 花愛のいる場所が、向かって右側の一番客側の最前列であるが、練習場所の関係で、すぐ壁となる。それも影響してか、「大きいんだよ。もっと、か弱い女性の不安な心を読めよ!」と指摘される。もともと勝ち気な花愛に「か弱い」など演じれるはずが無い。気持ちよく太い大きな響きで演奏するので、何度も「でかい!」と叱られる。そのたび、花愛は「やってられない!」と後ろを振り返り、仲の良いバスクラの絵里に同意を求めるが、絵里は「私に振らないで」と、とばっちりを食らいたくないのか、目をそらす。
 顧問の三田と高山氏と微妙に求める音色が違うので、言われる部員の方が、どちらを聞けば良いのか迷うのである。「大きい」というのであれば、もっと小さな音を得意とする、オーボエに戻せば良いではないか。そんなところである。普通、冒頭のソロともなれば、取り合いになるものだが、今は、たらい回しになっていた。

 さて、インテルメッツォの中盤から終盤にさしかかるところで、原曲ではトランペットパートのパートソロであるが、今の山田中のトランペットでは難しいと判断したのか、ここを「合唱」とした。さて、ここが賛否の分かれるところである。コンクールの規定で、「合唱」は認められている。が、「合唱」を取り入れて上位入賞はまず無いと言う事実。さらに、この子達まともに「合唱」の経験が無い。また顧問の三田も、自身は声は良いが「合唱」の指導の経験は無い。事実、プレコンでは「鼻歌」の状態で演奏してしまった。
 「合唱」は意表を突くし、今のトランペットパートよりは確実な選択かも知れないが、それにしても「鼻歌」ではまずい。ここの解釈で、顧問の三田と高倉氏の意見が対立した。高倉氏は、余分なことはしないで、本筋でちゃんと仕上げたいと考えるが、三田は、自分の解釈を実現したいようだ。少女の心は少女の歌声でと考えたようだ。これは審査員でももめるポイントであろう。仮にそれを押しきって「合唱」とするならば、もっと完成度を上げる必要がある。
 高山氏が反対するので、このセッションの練習を外していると、高山氏から「合唱だっよ、やるなら合唱のとこ」と指摘が入った。口を大きく唄うようにと言うことで、「リンゴを持ってみて。それを、がぶりと丸かじりする、そのイメージで声を出してみて」と言うのだが、今の子達、リンゴを丸かじりという、その経験が無い。小さくカットされたリンゴしか食べたことが無い。イメージが伝わらない。2年のフルートの子は、イメージが分かったようで、大きく口を開け、喉元、頬を震わせて声を出している。これは良い声であろうが、他が「鼻歌」である。しかし、それ以上、どう歌えば良いかの指導が出来なかった。子供達には理解が出来ていないまま、次のセッションへと移っていく。

 そのあと、可憐なサルーの小鳥のような思いのセッションが、梨華のエスクラ、明日香のクラ、今日子と彩のフルートと、ピッコロでさえずるように奏でて、サイレンサー付き杏のペット、ホルンと繋いで終演となる。ホルンの奈菜が、また緊張して音がゆがんでしまう。自分の音に思わず笑ってしまうが、心はへこんでいた。

 スペイン舞曲は、結婚式を怒りを抑えて見に来るサルーとその家族の想いから、可憐なスペインの踊りの演奏となる。本来のこのダンスの演奏は、ラテンの速いフラメンゴの3拍子の演奏である。が、山田中にその速度は出せない。一度120で演奏したが、もうバラバラとなる。そこでウィナーワルツのような優雅な3拍子としたが、それでも、カスタネットを入れ、1拍子直前にほんのわずかな「間」を入れて、フラメンゴの雰囲気だけ匂わせたいのだが、それはそれで無理に近い。それどころか木管全体でのメロディーが、「汚い」何度やっても、「汚い」と高山氏。
 そこで、タンギングが出来ない、もしくは苦手だというメンバーを挙手させ、スラーでやるように指示。スラーと、タンギングを混ぜても「汚い」そこで、とうとう顧問の池田が、その場で全員のオーディションを行った。エスクラ、クラ、ピッコロ、フルート、オーボエと、その場で順番にダンスのフレーズを吹くこととなる。
 いきなり話を振られ準備も無く、梨華のエスクラの演奏。で、いきなりの「だめ!」。だめって何?動揺が走る。梨華は確実に油断していた。たしかにこの曲は木管高音域パートが重要であり、そのリーダーは梨華のエスクラである。丸く綺麗なタンギングが出来なければ「だめ」であった。
 次は1stクラの明日香。さすがにひょうひょうと吹いて「よし」。でも次が「だめ」。軒並みクラは「だめ」となった。列が下がって、ピッコロ、「うーん、三角」。次、今日子のフルート。さすがフルートの女王、今日子だけあって、さらっと「よし」。2ndフルートの彩は、あれだけ勝ち気の性格であるが、ちょっと焦ってミスがあり、「んーっ、よし」の訳あり合格。その後2年フルートは3人共「だめ」。
 そのまま、オーボエ2年。緊張のあまり、音が出ない。ぴっ、すーっ、ぶぴっ、3回チャレンジして「だめ」。そして美奈のオーボエ。このフレーズは2ヶ月みっちり練習して目隠しして吹けるところであるが、ボロボロ。でも「三角」。そしてソプラノサックスは「よし」。
 みんな、もちろんもっと吹けるのであるが、あまりの緊張で、手が震えるは呼吸が乱れるは、唇は震えるはで、演奏にならない。
 「よし」と、「三角」だけ演奏して、後は「エアー」となった。
 このままでは、らちがあかないので、夜の合奏練習を個人レッスンとして、このメンバーのみ高山氏がひとりずつ面倒を見ることとなった。顧問の三田の判断も、もちろん緊張することを見込んでの、ちょっとしたスパルタのやり方であるが、当事者は相当なプレッシャーを感じたようである。そのまま休憩となったが、その時点で、美奈が倒れて別室で静養となる。意外と打たれ弱い一面である。

 そんな突っ込んだ練習をする傍ら、保護者会は、2泊目の夜のお楽しみ花火大会の準備を開始した。異常気象とも言える暑さと、台風の接近に伴う一過性の集中豪雨の予報があり、準備の気が気では無かった。手持ち花火総数1000本、吹出花火60本、幅14mのナイアガラの滝と、かなり本格的な演出である。30分の催し物である。駿河湾に面した砂浜の防潮堤の部分にちょっとした広場があり、そこに設営をしたが準備万端となると雨が降り出し、撤収。玄関前で待機となる。

 そのうち、レクレーション係の生徒が合流して再度、浜に設営を開始すると、また大粒の雨で、急いで撤収。時系列天気予報でも、これから30分強い雨となる模様。ぎりぎりのタイムスケジュールで動いているため、もう後に引けない。練習が終わった部員が玄関に集まり、保護者会の会長は決断した。この後、すぐお風呂である。濡れても大丈夫と。「みんなで持てる物もって、一気にやろう!」もう、一気に火を付けて、パート毎別れてお祭り騒ぎとなった。保護者がセッティングした60発の吹出花火も誰も見る暇が無い。もう、やけくそのような花火大会。でも、みんな満面の笑みであった。そこら中から歓声が上がっていた。合唱練習の時の硬い緊張した面影は既に無かった。

合宿花火大会

 部長の花愛の言葉が終わると、14mのナイアガラに点灯。総勢85名の心が一つになった瞬間であった。みんな静寂になり花火に見入っていた。
 火が消えると、「撤収!」みんなでゴミを拾い、手分けして荷物を持って撤収した。髪から部Tまでかなり濡れたが、元々暑い気温もあり、むしろ気持ちが良いほどである。3年から順にお風呂となった。
 お風呂が終わると、夜食タイムで、今日は、プリンかゼリーがひとり1個配給となる。ちょっと多めに発注してあり、8個余ったので、顧問の三田が、「お代わり欲しい人!じゃんけん」となると、歓声を上げる。「私は、最初に「グー」を出すから、いいね」といって、「最初はグー!、じゃんけんぽん!」出したのは、パーであった。一斉に「ずるーい」と言う声をかき消すように、顧問の三田が「最初は、グーを出したよね、私は嘘はついていないよ!」と。もう、大騒ぎである。先ほどの緊張した練習はどこへやら。このあたりは、中学生といえど、まだ子供であった。

 さて、この後は3年はミーティングとなった。2年1年は、それぞれ自習となり、宿題をやる子、のんびりとくつろぐ子、パート毎何やらレクレーションをやる所。まちまちとなった。
 この3年のミーティング。そのままパーリー会議も兼ねて、顧問の三田が他をシャットアウトしての密室のミーティングとなった。みっちりと40分。顧問の三田が部屋を出ると、3年のほとんどの生徒が目を赤くして号泣したままであった。しかし、叱られて泣いているのでは無いことがよく分かる。笑いながら号泣している。そして、2年生に駆け寄り「ありがとうね」とハグをしている。1年生に駆け寄り、「ごめんね」とハグをしている。
 何の話をしたのかは、当の本人達しか分からないが、どうやら3年生のみんなを、2年や1年が感謝をしている様な内容であったことが想像できた。2年のと軋轢。1年が動かないことを「2年のせいだ」と、言い放った3年生。そこに「喝」が入ったのであろう。このあたりは、三田の教師たるところであろう。2年も1年も、最初は何が何だか分からなかったが、3年生の真剣な涙を見て、もらい泣きの渦となった。この日の消灯までの20分間は、異様な時間であった。

 そして、次の朝を迎えた。静かな朝であった。

               *    *    *

~3日目~
 3日目は、合奏練習だけとした。1年を中心としたB編成も別室で練習を重ねていた。B編成は実質合奏練習はこの合宿が初めてのような状況である。わずか3ヶ月前は楽器すら持ったことが無い子達である。
 それぞれ、2時間練習したら、本番さながら、B編、A編と、演奏を披露してお互いにそれを観賞することとなった。そして、それがこの合宿の最後のカリキュラムとなった。
 今までの1年はこの時期、まともな演奏はしたことが無かった。正直ほとんど野放し状態であった。それがどうだろう。まだまだであるが、なんとか「曲」になっている。ちょっと感動して、3年生などは目を潤ませていた。
 そして、A編である。合宿の集大成である。折しもお手伝いの保護者も集まってのミニ演奏会となった。昨日、個人レッスンとなった木管高音域パートも、ちゃんとまとまった音となっていた。まだ、ミスタッチがちょこちょこあるが、まぁ、まだ本番まで時間はある。それはなんとかなるであろう。合唱はまだちゃんと声になっていない。このセッションは賭けであろう。

合宿合奏練習

 最後の片付けをして昼食を取った。その際、顧問の三田から雷が落ちた。「遊びだったら、こんな合宿二度とやらないぞ!だらだら動くし、夜もすぐ寝ないので、睡眠不足も重なって練習を抜ける人が多い。体調管理が出来ないのなら、合宿練習の意味が無いじゃ無いか!これで終わりじゃ無い。学校に着くまでしっかりと行動しろ!」
 まぁ、これはある種、お決まりであろう。最後まで気を抜くなというイベントである。しかし、さすがにみんな疲労が大きく、楽器の積み込み作業は時間がかかった。保護者会の会長が間に入り、パーカスの琴音と彩乃がトラックに乗り込み、入れる楽器を決め、それを会長が大きな声で伝え、担当の部員が楽器を積み込む。手分けをしての作業であった。
 どうしても、木管のメンバーは涼しい顔をしている。みんなで動けと言われている割に、これだけ多いとコントロールがきかないであろう。みんなで動けば、トラックの周りが混雑して、かえって効率が悪くなるからである。もう少しこのあたりを研究する価値があると誰もが感じていた。

 ともかく、初めての経験である、2泊3日の合宿練習は、1名の救急搬送があったものの、大方問題も無く、終了することとなった。学校で解散すると、みんな足早に家に帰り、いつもより早く睡眠となるのであった。

 何はともあれ、心に残る、合宿であった事は確かである。この成果がどう出るか。

めざせ、東海大会♪

※ この物語は、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。
※ この作品は、一般市民団体「まちなか演奏会実行委員会」によって公開されています。

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